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そんな日々が続いていた中の、とある一日のことである。この日もひどく気温が高く、夕方になっても暑さが続いていた。そんな中、私は例の散歩コースを歩いていた。私はいつものように、自分の文章のまずさを思い、下を向きながら、ぶつぶつ、独り言を呟いていた。
(なんで自分の書く文章は、あんなに醜いのだろう?恐らくこれは、自分が自分の頭の良さや知識、そしてこれまで経験してきたことを鼻にかけて、文章を斜に構えて書いているからに違いない。であるならば、それはもう性格上の問題だから・・・)、性格上の問題だから、直しようが無いのではないかと、私は途方に暮れるのだった。
そんなことを考えながら歩いていると、空気がぐっと冷え込んで、辺りが暗くなった。
ふと見上げると、いつの間にか空には黒い雲が広がり、あっちには晴れ間が見えるけれどこちらは入道雲が湧き立っているというような、いかにもにわか雨の降りそうな天気になっていた。と、思う間もなく、ぬるい雨がぽつぽつと降ってきた。
その時私はすでに例の線路沿いの細道に出ていた。私は雨を気にせず道を歩いた。もうここまで来てしまうと、引き返してもそのまま行くのと同じくらいの距離があったし、何より、雨にうたれようがもうどうでもいい、という捨て鉢な気分になっていたからだった。
そうしているうちに空がごろごろと鳴って、雲がそれまで抱えていた雨水をがまんできなくなってぶちまけたかのように、ざっと雨が強くなった。雨は一気に私のTシャツを、髪の毛を、温かく濡らした。
覚悟していたとはいえ、雨に濡れるのはいい気分ではなかった。私はため息をついて前を見た。すると、私の視線のずっと先、あの踏み切りの前に、やはり女の子が立っていたのである。
私は若干の薄気味の悪さを覚えながら女の子のいる方に歩いていった。まだ夕暮れ時ではあったが、もしかしたらこれは怪談の類いではないか、などという考えが頭をかすめた。ばかばかしい考えだったが、少女は人気の無い線路沿いの道路の上に、たった一人で立っている。その姿は雨の中で青白くぼうっと光り、なんとも怪しげなのだった。しかし近づいていってよくよく見てみると、女の子は脚もあるし肌も半透明などではなくしっかり肉感のある、紛れもなく生きている人間である。その黒髪は雨にずぶ濡れになり、濡れた髪先からしずくがしたたっていた。
私は横目で女の子を見ながら、その横を歩き、抜き去った。抜き去って、少し行ったところで、思いなおし、女の子の方を振り向いた。そうして女の子のそばまで引き返していき、思い切って声をかけた。
「あのさ」
「・・・」
女の子は私の声が聞こえたのか聞こえないのか、それを無視してじっと線路の方を向いている。
「何してるの?濡れちゃうでしょ。寒くない?」
「・・・」
「おうちに帰るか、どこかで雨宿りした方がいいんじゃないかな」
女の子は白のプリントTシャツに、赤いフリルの付いた膝までの丈のスカートをはいていた。Tシャツは雨に濡れて、肌にくっつき肌色に透けていた。痩せすぎと思えるくらい痩せていて、スカートから出た脚が細い。顔は能面のように真っ白で、つるんとした卵型である。目は細くつり目で、鼻は低く、鼻の穴が上を向いている。唇は薄い。一言で言えば、例えは悪いがガイコツのような顔立ちだった。髪の毛は肩に届かないくらいのショートカットで、前髪を分けてヘアピンで留めてある。先ほども述べたとおり、その髪は雨に濡れていた。
女の子は私の問いかけにようやくその薄い唇を開いた。唇を開くと、その中には矯正器具のつけられた歯がのぞいた。こういってはなんだが、ガイコツのようなその顔に矯正器具はよく似合っていた。
「お父さん待ってんねん」
矯正器具を見せながら、高い平板な声でそう言ったのである。
「お父さん?」
私は女の子が返事をしてくれたことにうれしくなりながら、声を強めて聞き返した。周りに落ちる雨音で、声が聞こえづらくなっていたからだった。
「うん、お父さん、次か、次の次の電車で会社から帰って来んねん」
「そうなんだ。でも、濡れちゃうよ」
「ほっといて。おじさんには関係無いやろ」
私はぐっと黙った。おじさんと言われたことが、ことのほか頭に来たのだった。
私が黙っていると、女の子の方が話の穂を継いだ。
「ほんとは駅まで迎えに行きたいんやけど、駅は家からちょっと遠いねん。それに、お父さん、駅からは自転車やから、一緒に帰られへんしな」
やはり高い、平板な声でぺらぺらっとしゃべる。私は気を取り直して、女の子に話題を返した。
「おうち、ここから近いんだ?」
「うん、あっちの方」
女の子はそう言ってくるりと振り返り、住宅街の方を指差した。
「よっぽどお父さんのこと好きなんだね」
私がそう言うと、女の子は私の方に顔を振り向いていぶかしげな顔をした。
「あ、いや、いつもここで待ってるでしょ、お父さんのこと。だからさ」
「そりゃあ好きやで。好きじゃない子なんておるん?今日はな、お父さんが帰ってきたらお母さんと三人でたこ焼きパーティーするんや」
口の端に笑みを含ませて、うれしそうな顔をして早口で言った。ガイコツのようなその顔に、ようやく子供らしい表情が浮かんだので、私の方もちょっとうれしくなった。
「そう。それはいいね。お父さんは優しい?」
「めっちゃ優しいで。こないだもな、那須にキャンプに連れて行ってくれてな――」
女の子は話し出すと止まらなくなり、彼女の父親が遊んでくれたことを話してくれた。その話がキャンプの話から先週父親と行ったという花火大会の思い出に移ったところで、雨が止み、空から陽射しが降り注いできた。雨に濡れた女の子の顔が、その陽の光に輝いた。
「でな、お父さんにあんず飴とたこ焼き買ってもらってな」
「好きだね、たこ焼き」
「うるさい!でな・・・あっ」
かんかんかんかんかんかんかんかん・・・
その時、踏み切りの警報機が鳴り始めた。そして間もなく、たたんたたん、たたんたたん、と遠くの線路が鳴り、電車が向こうの方からやってきた。
「来た!」
女の子はうれしげに叫ぶと線路の方を向いた。銀の車体にえんじ色のラインが入っている各駅電車がこちらに来、踏切を渡った。
どどんどどん、どどんどどん、ごとごとごとごと・・・
女の子は踏切を渡って私たちの前を走り抜けて行く電車をじっと見つめていたが、やがて、何両目かの車両が通ったところで、
「・・・・・・!」
無言のまま、満面の笑みで、電車に向かって右手を必死に振ったのである。
電車はあっという間に踏切を渡り、私たちの視界から小さくなって、やがて消えた。電車が行ってしまうと、女の子は、私に、
「お父さん、三両目に乗ってたで。いつも三両目なんや。こっち側の席に座っててな、首を曲げて窓の外の方を向いて、手を振り返してくれた」
と、うれしげに言ってきた。私も女の子につられて電車の中を眺めていたが、それらしき人は見当たらなかった。見落としてしまったのだろう。
「じゃあ、お父さん帰って来るから、私、帰るね」
女の子は私にそう言うと、「ばいばい」と手を振りながら、小走りに走って行ってしまった。線路沿いの道をちょっと走り、すぐ先にあった路地に入って、私の前から姿を消した。
電車も女の子もいなくなってしまい、後には静けさだけが残った。西の空に顔を出した太陽が、道の上にさっきできたばかりの水溜りを照らしていた。




