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  作者: 渡辺正巳
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 そのころ私は勤めていた会社を辞め、六畳一間のアパートに引きこもり、貯金を少しずつ食いつぶして暮らしていた。三年前の、暑い夏のことである。


会社を辞めてそんな生活を始めたのは小説を書きたかったからで、来る日も来る日も私はパソコンに向かって作品を作るのに没頭していた。


その時私には貯金が三十万円ほどあったから、私はそれと失業保険を切り詰めて数ヶ月間は新しい仕事を探さずに生活し、小説を作るつもりでいた。私の小説はそれまでひとつも売れたことは無かったし、その時書いていた小説も売れる保証など無かったから、はたから見れば会社まで辞めていったい何をしてんねん、とでも言いたくなるような状況だった。しかしそれでも私は書きたかった。私などとは比べようも無いかも知れないが、太宰治がとある小説の中で言っていたように、「これが出来たならば」、――そんな気持ちで私は書いていた。


朝、目を覚ましてから昼食を挟んで昼下がりまで、アパートにこもって書いたり消したり、何も浮かんでこない時は部屋をうろうろ動き回って、ときどき独り言を呟いた。そうして夕方が来るころには大抵完全に煮詰まって、白い画面に途中まで書かれた文章が映っているパソコンから逃げ出すように散歩に出るのだった。オレンジ色に染まる夕暮れの街中を一時間ほどさまよって、帰りがけに近所のコンビ二で夕食用の弁当を買って帰る、それがいつの間にか私の日課になっていた。


そうやって毎日散歩に出るようになってしばらくしてから、私はある不思議なことに気がつくようになった。当時私は散歩のコースを三通り持っていて、その三つのコースを几帳面に順々にローテーションさせて散歩をしていたのだが、その散歩コースの一つに「不思議なこと」はあった。それというのは、その散歩コースを歩くと、人気の無いとある踏み切りのそばに、かなりの確率で女の子が立っている、ということだった。


その踏み切りは、私のアパートからしばらく住宅街を歩き、ローカル線の走る線路沿いの道に出て、その道を十分ほども行ったところにあった。道は細く、線路の反対側には住宅が建ち並んでアスファルトに影を落としている。辺りはいつもひっそりとして、車も人もまるでいない。そんな通りの途中に、その踏み切りはあるのだった。


踏み切りは幅が狭く、「軽、二輪以外自動車通行禁止」と書かれた白い看板が警報機に取り付けられている。その鉄製の警報機は黄色と黒色の縞模様をしたペンキに塗られているのに赤錆が浮いて、作られてからかなりの年数が経っていることが一目に分かった。警報機と同じく黄色と黒をした遮断機が、じっと押し黙って空に向かって縦に伸びている。――その踏み切りのそば、私が歩いていく方から見ると踏み切りの手前がわに、十歳ほどの女の子がひとりで立っているのである。


もちろん私は、はじめから女の子がそこに立っていることを特別不思議に感じたわけでは無かった。しかし三日に一回、その踏み切りの前を通ると、二回に一回、いや、三回に二回くらいはその女の子が立っているので、私は何度もその脇を通るうち「ああ、またあの子が踏み切りの前にいるな」と思うようになった。女の子はいつも線路の方を向いて、踏切を渡るわけでもなく、ただ黙って立っている。いったい何をしているのだろうと、私はそこを通るたびに考えるのだった。


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