表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
窯番パティシエの俺、地味なテンパリング技術で異世界の砕けた魔晶結晶を救って帰還します  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/22

第十章 砂糖の中の証拠

翌日、エルディオス侯爵が私財を投げ打って、近衛隊長と組合長を動かした。国王陛下は意識不明のままだったが、息はあった。毒は遅効性だった。薬を投じても十分に効かない、特殊な毒だった。処刑までの猶予は、三日。


 俺はノートと、晩餐会の皿の破片を持って、議会に引き出された。被告ではあったが、エルディオス侯爵が「弁明の機会を」と請願し、王妃陛下がそれを許した。


 長卓の左に俺。右にクルガ。中央に王妃陛下と十二人の宮廷議員。部屋の壁には歴代の国王の肖像画が並び、すべての絵がこちらを見ているように感じられた。


「陛下を毒殺せんとした者が、今日のこの場で明らかになる」と王妃陛下が低い声で言った。「ツルミ、申し開きを」


 俺は深く頭を下げ、ノートを開いた。


「晩餐会の前日、私は二十時間にわたり、皿の仕込みを行いました。すべての工程の温度と時刻を、このノートに記録しています。エルディオス侯爵閣下が派遣した書記官も、別ノートに同じ記録を取っております」


 俺はノートを掲げた。もう一冊、書記官のノートをエルディオス侯爵が議会に提出した。二冊のノートが、議員の前に並べられた。


「皿が完成した時、表面の星見草の砂糖は、きれいなβ型結晶でした。六角形の、安定した結晶です」


「それが、何だ」


「皿は私の手で晩餐の間に運ばれ、給仕役に渡された後、王の前に置かれるまで、約三十秒かかります。その間、皿に介入できた人物は、給仕係を除けば、ひとりだけです」


 俺はクルガを見た。


「主任菓子司殿。あなたは、王の右手後ろに立っていましたね」


 クルガの顔が強張った。


「私は皿に触れていない」


「触れる必要はありません。粉を一つまみ、振りかけるだけで足りる」


 俺はノートに描いた紋様のスケッチを、議員たちに回した。


「王が口にする直前、皿の表面の結晶構造はα型に変わっていました。これは、強い熱、または別の物質との化学反応がなければ、起こりません。私の仕込んだ皿には、そんな反応を起こす素材は使っていません」


「証拠は、お前の手書きのノートだけか」


「いえ」


 俺は晩餐会の皿の破片を取り出した。破片は宰相閣下の指示で、当夜のうちに保管されていた。透明な水晶の小箱に納められ、封蝋が施されていた。


「破片は、宰相閣下の指示で保管されていました。表面の結晶構造、現在も残っています。専門家に検証させれば、α型混在は確認できます」


 議員たちの中で、宮廷魔導士のひとりが立ち上がった。


「私が、確認します」


 彼は破片を顕微鏡らしき魔法器具にかけ、しばらく沈黙した。器具の中で虹色の光がゆっくり回転していた。その回転が徐々に停止した。それから、震える指で議会の中央に進み出た。


「ツルミ殿の主張、事実です。表面の結晶は、別の粉末によって干渉されています。粉末の成分は――主任菓子司の常用する『シルヴィア茸の粉』と一致します」


 議会がざわめいた。クルガが立ち上がった。彼の顔は、もう取り繕う余裕を失っていた。


「待て、待て、待ってくれ。それは、私が陛下のためにいつも調合している」


「主任菓子司殿」と王妃陛下が初めて声を低くした。「あなたが陛下のために調合した粉が、なぜ晩餐会の皿の上に、後から散らされる必要があるのですか」


「いや、それは」


「お答えなさい」


 クルガの唇が震えた。言葉は出なかった。倉橋と同じ顔が、初めて完全に剥がれた。その下から出てきたのは、ただの追い詰められた小さな男の顔だった。


 その時、議会の扉が開いた。松葉杖をついたリリアが、入ってきた。左手で何かの小袋を握りしめていた。


「王妃陛下」と彼女は深く頭を下げた。


「私、見てしまいました。晩餐会の前夜、主任菓子司様が、私の砂糖樽に、この袋から粉を移しているのを」


 彼女が小袋を差し出した。中身は灰色の粉だった。魔導士がそれを検めて、ゆっくり頷いた。


「シルヴィア茸の粉、純度九十八パーセント。ほぼ純品の毒です」


 議員たちのざわめきが、ぴたりと止んだ。長い沈黙が訪れた。暖炉の薪がぱちん、と一度爆ぜた。その音が議会の天井まで響いた。


「ツルミは無罪」と王妃陛下が議会に告げた。「主任菓子司クルガを、毒殺未遂の咎で拘束せよ」


 近衛が動いた。クルガがはじめて叫んだ。


「結晶が、私から地位を奪った! 私はあれで生きてきた!」


「黙れ」と近衛隊長が彼の口を塞いだ。クルガは引きずられて、議会の外へ消えた。彼は最後まで何かを叫んでいた。しかしその声は、扉が閉まると聞こえなくなった。


 俺は深く息を吐いた。倉橋と違って、この男は自分で自分を吊り上げた。俺はただ、ノートを開いただけだった。


 議会の閉廷後、王妃陛下が俺を別室に呼んだ。部屋には王妃と、エルディオス侯爵と、宰相と、俺だけ。他の者は退出させられていた。


「ツルミ。陛下を、救えますか」


「毒の解毒は」


「魔導士団が試みていますが、難しい」


「では、別の道を」


 俺は深く息を吸った。


「魔晶結晶を、再結晶化させてください。結晶が安定すれば、王国全体の魔力流が回復します。陛下の体内の毒も、結晶の波長で分解できると、私は推測しています」


「八時間の作業、と聞きました」


「はい。今夜から、入ります」


 王妃陛下は深く頷いた。彼女の目に、初めて生きた光が戻っていた。彼女は俺の手を取り、両手でしっかりと握った。彼女の手は、思ったよりずっと、温かかった。


「お願いします、ツルミ殿。あなただけが頼みです」


「はい」


「ご無事で、戻ってください」


「はい」


 俺は頷いた。頷きながら、無事で戻れる保証はないことを知っていた。しかし、それを王妃陛下に言う必要はなかった。俺の三十二度は、戻ってくる前提では、ない。戻ってくるかどうかは、結晶が決める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ