第十章 砂糖の中の証拠
翌日、エルディオス侯爵が私財を投げ打って、近衛隊長と組合長を動かした。国王陛下は意識不明のままだったが、息はあった。毒は遅効性だった。薬を投じても十分に効かない、特殊な毒だった。処刑までの猶予は、三日。
俺はノートと、晩餐会の皿の破片を持って、議会に引き出された。被告ではあったが、エルディオス侯爵が「弁明の機会を」と請願し、王妃陛下がそれを許した。
長卓の左に俺。右にクルガ。中央に王妃陛下と十二人の宮廷議員。部屋の壁には歴代の国王の肖像画が並び、すべての絵がこちらを見ているように感じられた。
「陛下を毒殺せんとした者が、今日のこの場で明らかになる」と王妃陛下が低い声で言った。「ツルミ、申し開きを」
俺は深く頭を下げ、ノートを開いた。
「晩餐会の前日、私は二十時間にわたり、皿の仕込みを行いました。すべての工程の温度と時刻を、このノートに記録しています。エルディオス侯爵閣下が派遣した書記官も、別ノートに同じ記録を取っております」
俺はノートを掲げた。もう一冊、書記官のノートをエルディオス侯爵が議会に提出した。二冊のノートが、議員の前に並べられた。
「皿が完成した時、表面の星見草の砂糖は、きれいなβ型結晶でした。六角形の、安定した結晶です」
「それが、何だ」
「皿は私の手で晩餐の間に運ばれ、給仕役に渡された後、王の前に置かれるまで、約三十秒かかります。その間、皿に介入できた人物は、給仕係を除けば、ひとりだけです」
俺はクルガを見た。
「主任菓子司殿。あなたは、王の右手後ろに立っていましたね」
クルガの顔が強張った。
「私は皿に触れていない」
「触れる必要はありません。粉を一つまみ、振りかけるだけで足りる」
俺はノートに描いた紋様のスケッチを、議員たちに回した。
「王が口にする直前、皿の表面の結晶構造はα型に変わっていました。これは、強い熱、または別の物質との化学反応がなければ、起こりません。私の仕込んだ皿には、そんな反応を起こす素材は使っていません」
「証拠は、お前の手書きのノートだけか」
「いえ」
俺は晩餐会の皿の破片を取り出した。破片は宰相閣下の指示で、当夜のうちに保管されていた。透明な水晶の小箱に納められ、封蝋が施されていた。
「破片は、宰相閣下の指示で保管されていました。表面の結晶構造、現在も残っています。専門家に検証させれば、α型混在は確認できます」
議員たちの中で、宮廷魔導士のひとりが立ち上がった。
「私が、確認します」
彼は破片を顕微鏡らしき魔法器具にかけ、しばらく沈黙した。器具の中で虹色の光がゆっくり回転していた。その回転が徐々に停止した。それから、震える指で議会の中央に進み出た。
「ツルミ殿の主張、事実です。表面の結晶は、別の粉末によって干渉されています。粉末の成分は――主任菓子司の常用する『シルヴィア茸の粉』と一致します」
議会がざわめいた。クルガが立ち上がった。彼の顔は、もう取り繕う余裕を失っていた。
「待て、待て、待ってくれ。それは、私が陛下のためにいつも調合している」
「主任菓子司殿」と王妃陛下が初めて声を低くした。「あなたが陛下のために調合した粉が、なぜ晩餐会の皿の上に、後から散らされる必要があるのですか」
「いや、それは」
「お答えなさい」
クルガの唇が震えた。言葉は出なかった。倉橋と同じ顔が、初めて完全に剥がれた。その下から出てきたのは、ただの追い詰められた小さな男の顔だった。
その時、議会の扉が開いた。松葉杖をついたリリアが、入ってきた。左手で何かの小袋を握りしめていた。
「王妃陛下」と彼女は深く頭を下げた。
「私、見てしまいました。晩餐会の前夜、主任菓子司様が、私の砂糖樽に、この袋から粉を移しているのを」
彼女が小袋を差し出した。中身は灰色の粉だった。魔導士がそれを検めて、ゆっくり頷いた。
「シルヴィア茸の粉、純度九十八パーセント。ほぼ純品の毒です」
議員たちのざわめきが、ぴたりと止んだ。長い沈黙が訪れた。暖炉の薪がぱちん、と一度爆ぜた。その音が議会の天井まで響いた。
「ツルミは無罪」と王妃陛下が議会に告げた。「主任菓子司クルガを、毒殺未遂の咎で拘束せよ」
近衛が動いた。クルガがはじめて叫んだ。
「結晶が、私から地位を奪った! 私はあれで生きてきた!」
「黙れ」と近衛隊長が彼の口を塞いだ。クルガは引きずられて、議会の外へ消えた。彼は最後まで何かを叫んでいた。しかしその声は、扉が閉まると聞こえなくなった。
俺は深く息を吐いた。倉橋と違って、この男は自分で自分を吊り上げた。俺はただ、ノートを開いただけだった。
議会の閉廷後、王妃陛下が俺を別室に呼んだ。部屋には王妃と、エルディオス侯爵と、宰相と、俺だけ。他の者は退出させられていた。
「ツルミ。陛下を、救えますか」
「毒の解毒は」
「魔導士団が試みていますが、難しい」
「では、別の道を」
俺は深く息を吸った。
「魔晶結晶を、再結晶化させてください。結晶が安定すれば、王国全体の魔力流が回復します。陛下の体内の毒も、結晶の波長で分解できると、私は推測しています」
「八時間の作業、と聞きました」
「はい。今夜から、入ります」
王妃陛下は深く頷いた。彼女の目に、初めて生きた光が戻っていた。彼女は俺の手を取り、両手でしっかりと握った。彼女の手は、思ったよりずっと、温かかった。
「お願いします、ツルミ殿。あなただけが頼みです」
「はい」
「ご無事で、戻ってください」
「はい」
俺は頷いた。頷きながら、無事で戻れる保証はないことを知っていた。しかし、それを王妃陛下に言う必要はなかった。俺の三十二度は、戻ってくる前提では、ない。戻ってくるかどうかは、結晶が決める。




