13章
4人目はいまだに見つかっていない。
キャッチやホストから情報を手に入れる方法は難しそうだった。利害関係の異なる人間、例えばライバル店からならば情報は得られるかもしれないが、まずその情報がない。
小西より先に見つけた2人目のスーツの男。
月曜日から木曜日は、出勤したりしなかったりだ。見張っている時間帯を外している可能性もあったため、試しに1時間遅い時間帯に切り替えて監視したところ、案の定、スーツの男が姿を見せた。フレックスタイムだろう。
出勤が9時の日と10時の日が混在していることは確認できたが、曜日で固定されているわけではなかった。
しかし、金曜日だけは例外なく、事故発生時刻とほぼ同じ時間に駅へ姿を現す。
だから、先にこのスーツの男をなんとかすべきだと考えた。金曜日に限って行動を詳細に把握することにした。
スーツの男は9時前に都心のオフィスビルに入り、昼過ぎには同僚と食事に出掛け、6時過ぎに退社する。そして同僚と飲みに行き、終電を逃すことなく帰宅する。
それが、3週間に及ぶ追跡で得られた行動パターンだった。
「いやあ、失敗した。シンジの言うとおり、前場で見切りをつけるんだった。まさか後場であんなに下げるとは」
今、話している男はババ。
「じゃあ、全部アホールドだろ。何株だ?」
これがタケシタ。
「2000だ。週明けも流れが変わらなかったら、損切りも視野に入れておかないと」
「慌てて動かなくても、そのうち戻すさ」
これが、シンジ――スーツの男だ。漢字でどう書くかはわからない。
彼らより少し遅れて店に入り、空いていたカウンターに座った。背中越しに彼らの会話は耳に入る。特にアルコールのせいで、ババとタケシタの声はよく通ってくる。
「他人事だと思って。ああ、話は変わるけど、今日もまだ貼ってあったな、駅の改札のところ。タケシタには話したっけ」
「貼ってあったって、あれか? 先週お前が言ってた、人命救助の目撃者を探してるってやつか?」
「そう。『見かけた方は最寄りの消防まで』ってやつ。そういえばシンジは何たら講習の修了証持ってたよな」
「救急救命な」
「それそれ。あれってお前じゃないのか?」
間髪をおかず、シンジが答える。
「さあ、知らないな」
「シンジはともかく、よく人命救助とかするよな。女にCPRとかしたら、下手したら訴えられるだろ。特に馬場なんかは一番危ない」
「そんなわけないだろ。生きるか死ぬかなんだし」
「いやいや、わからんぞ。『この人、私の下着を脱がして触ろうとしました』って」
「考えすぎだよ。ババ、お前が不純なんだよ」
「不純で結構。――2人とも、今日こそ風俗付き合えよ。今週はえらく疲れたから、このあとどうだ?」
「俺はパス。金がもったいない。払った金は、ホストに貢ぐかブランドバッグに変わるだけだぞ」
「シンジはどうする?」
「俺もいいや」
「なんだよ。風俗だって悪くないぞ。時間効率は最高だよ。恋愛してデートに誘ったって、不確実極まりない。投資効率が悪すぎる」
3人とも、世間ではエリートと呼ばれるような経歴と収入のはずなのに、くだらない話ばかりだ。
席を立ち、支払いを済ませて割烹料理の店を後にした。須賀駅に先回りして、イートインで帰ってくるタイミングを確かめる。
今日も終電かその2、3本前に帰ってくるはずだった。行動パターンはほぼ掴めたと言っていいだろう。
鳥居をくぐり、社殿まで続く石畳を進む。手水舎で両手を清めた。9月も半ばを過ぎ、ひんやりとした水が心地よい。万が一、汚れるようなことがあったとしても、ここで洗い流せる。
まとわりつく空気は夏の盛りを過ぎ、立っているだけで汗をかくようなこともなかった。
八幡神社。スーツの男が必ず通り抜ける場所だった。
宮司は常駐していない。夕方や夜の早い時間は通り抜けの人間と時折すれ違うため、やはり決行するなら深夜だと考えた。
鳥居から社殿までは、最低限の灯りで照らされていた。
賽銭箱に5円玉を投げ入れ、2回頭を下げ、柏手を2度、最後にもう一度頭を下げた。宗派ごとに作法の異なる寺院に比べれば、神社はわかりやすくていい。
ここに祀られている神のご利益は知らない。だが、たった5円で最後の男が現れるなら安いものだった。
社殿の奥は漆黒に沈んでいた。鳥居から社殿までが明るい分、奥の闇がいっそう深く見えた。実際に近づいて確かめてみたが、暗さに目が慣れず、手を伸ばした先にあるものすら判別できなかった。
陰に身を潜めていれば、まず気づかれることはないだろう。足元には落ち葉が薄く広がり、踏みしめる音もほとんど出ない。あのスーツの男は、両耳をイヤホンで塞ぎ、スマホを見ながら歩くはずだった。
神社の反対側の出口まで歩き、通りに出た。周囲には戸建ての住宅やアパート、マンションが並び、見える範囲で明かりのついた部屋は3つほどしかない。
叫び声や物音は、神社の木々がある程度吸収してくれるだろう。仮になんらかの異音がしたとしても、わざわざこの暗闇の中を確かめに来る者はいない。
そのまま想定される逃走ルートを歩き、門の上や玄関の軒下、ガレージのシャッター上に監視カメラがないか確認した。いくつかのカメラの視界を避ける経路を組むこともできた。
駅から大きく離れていない場所に自転車を置いておけば、同じルートで先回りすることも可能だった。
小西事件のあと、池田の事件が未解決なこともあって、報道は一時的に加熱したが、警察からの有力情報がないのか、すぐに下火になった。
あの2人に面識があったかどうかは知らない。だが、もうそんなことはどうでもよかった。
あと2人だ。奴らにはきっちりと責任を取らせる。なんのことはない、それまで、警察に捕まらなければいいのだ。もう、それしか優也にしてやれることはない。
一度、自宅があった場所を見に行った。そこは更地になっていた。建っていた家がなくなっただけで、とても狭く思えた。結局、不動産屋は中古物件として売り出すことを諦め、土地だけで扱うことにしたのだろう。
割烹料理屋での会話が頭に浮かんだ。あのスーツの男が人命救助などするはずがなかった。――そんな話があってたまるか。
もう、充分だ。来週、決行する。




