第13話 推し活は推しの為ですが推しの推しも
「ねぇ、アンジェリーナ」
「はい。なんでしょうか、アルテマ様」
ついさっき手渡した手紙を開いてアルテマが、嬉しそうにアンジェリーナを呼んだ。手紙の封印を見たから何処から出された手紙なのかぐらいアンジェリーナは知っている。あの家紋はアルディルモ侯爵家の家紋だ。それはすなわち、アンジェリーナの推しであるクラウディオの家からということだ。
「ほら、見てちょうだい」
アルテマが嬉しそうに手紙をアンジェリーナに見せてきた。内容は夜会の招待状である。乙女ゲームでは単なるカードとしてしか登場しなかった招待状は、実は手書きだった。誰が書いたのかアンジェリーナが推測する前に、アルテマがあっさりと答えを口にしてくれた。
「アルディルモ小侯爵様から直々の招待状よ」
つまり推しである。
ずっと学校で共に過ごしてきたが、アンジェリーナは一度もクラウディオの直筆を拝んだことがなかった。なぜなら、女子生徒が男子生徒に教えを乞うのははしたないとされていたからだ。もっとも、誰も攻略しないと決めていたアンジェリーナは、迷うことなく悪役令嬢であるアルテマにお願いをしていたのだけれど。そのおかげでアルテマ付きのメイドになれたわけで、まずはこの世界での推し活の目標をひとつ達成できたと言っていいだろう。何しろ、将を射んとする者はまず馬を射よ。大作戦なわけで、推しのクラウディオの子の乳母になるための序章なのだ。
だって、アンジェリーナの推しのクラウディオは、アルテマにほの字なのだ。そう、クラウディオはアルテマが推し、いや、アルテマに求婚したいと密かに願っていたのだ。乙女ゲームの世界では。だが、ここが乙女ゲームの世界であったとしても、今はもう乙女ゲームは終了している。ヒロインのアンジェリーナは悪役令嬢の家のメイドになった。乙女ゲーム的にはバッドエンドだろう。
「と、いいますと?」
招待状とアルテマの顔を交互にみながら、アンジェリーナはあえて質問した。本来ならこんなやり取りは許されるものではない。公爵令嬢と、公爵家に仕えるメイド、線引きはしなくてはいけないところだが、アルテマの方からそんな態度をとられれば、専属メイドとして付き合わなくてはならない。それに、あの夏を境にクラウディオが変わりすぎて、貴族の女子生徒たちの目の色が変わったのだ。ショタっ子が好青年になってしまったのだから。学生の身だけれど、小侯爵と呼ばれあちこちの御婦人方がお茶会の招待状を送りつけてきたらしいことをアンジェリーナはアルテマから聞いていた。けれど、クラウディオが誘いに乗ることはなく、「学生の身ですから」とお断わりしていたそうだ。けれども、アンジェリーナは知っている。アルディルモ侯爵夫人がアルテマにお茶会の招待状を送っていてことを。そして、その誘いをアルテマが受けていたことも。
つまり、ひっそりと水面下でやり取りが交わされていたのだ。去年の夏、サンマリーノでアンジェリーナはアルテマ主催のお茶会に参加した。もちろんメイドとして。目の前で自分の話をされるというのはなんとも恐ろしいことである。けれど、誰にも悟られることなく給仕ができて、アンジェリーナはリマルテにたいへん褒められたのであった。
そんな経緯があるからこそ、アンジェリーナはアルテマにあえて、質問したのである。
「夜会の招待状よ。小侯爵様のお誕生日のパーティーですって」
そう言いながら、頬を赤らめるアルテマをみて、アンジェリーナは自分の推し活が順調なことを悟ったのであった。
そして後日、アルテマに壮大な贈り物が届けられた。一番目立ったのは金の台座に大きなエメラルドがはめ込まれたブローチだ。そして何よりも、自己主張が激しすぎる一着のドレス。
(確かに乙女ゲームではクラウディオ様は俺様感満載ではあったけれど)
アンジェリーナの推し、クラウディオは乙女ゲームの中において悪役令息であり俺様感満載のショッタ子だった。悪役令嬢アルテマが好きなくせに告白もできず、ツンデレな態度で助け舟を出してきたり、へんなところで自己評価が低かったりする扱いの難しい隠れ攻略対象者であった。だが、アンジェリーナの助言?のおかげでひと夏で急成長してしまったクラウディオは、他の略対象者たちに引けを取らない大層ご立派な青年に変貌してしまったのである。もともと真面目で領民思いのクラウディオであったから、小侯爵と呼ばれ慕われている。もちろん、社交界では一番人気の御曹司である。そんなクラウディオが自信をもってアルテマにプロポーズをしたのは先日開かれた自身の誕生を祝う夜会でのことだった。招待客の中で一番身分の高い独身のご令嬢をファーストダンスに誘ったのは社交辞令、かと思いきや、そのまま三曲連続で踊り続けたというのだから恐ろしい体力と執着である。御呼ばれした他のご令嬢たちは、自分たちが絶対に誘われないことを悟ったらしい。
もちろん、ダンスの最中にクラウディオは、熱心にアルテマを口説いたそうだ。アルテマの見た目はもちろんのこと、その知性、なにより平民の生徒たちに分け隔てなく接する態度を褒め、最終的にはアンジェリーナを立派な上流貴族に仕えるメイドに育て上げた手腕を褒めたたえたのだそうだ。生前、ウォーキングはおしゃべりをしながらすると効果的。なんて聞いたことを思い出したアンジェリーナなのであった。
「どうしましょう、アンジェリーナ」
ドレスを前にして、アルテマが頬を赤らめ瞳を潤ませていた。それはそうだ、送られたドレスの自己主張の激しさはと言ったら半端なくえぐいのだ。推し活推し活言っているアンジェリーナだって、ここまで推しの色を身にまとったことなんてなかった。確かに推し活の基本は推しの色を身に着けることではあるが、異世界物あるあるで自分の色の贈り物をするという執着心丸出しエピソードはよく聞く話ではある。だがしかし、ここまでハッキリきっぱり俺様の色を押し付けてくるとは思わなかったのである。確かに、クラウディオは、隠れ攻略対象者であったから、髪の色は金色で、他の攻略対象者たちからすれば平凡だった。
だがしかし、その二色を組み合わせると、存在感が半端なくえぐいドレスが出来上がるようだ。
(真緑のドレスに金糸でできたレースをかぶせるとか、想像の斜め上だわ)
だがしかし、それを着たアルテマはさぞや美しいだろうことぐらい容易に想像がつくというものだ。黒髪のアルテマが身につければ、エキゾチックな美しさが全開となるだろう。あの巨大なエメラルドのブローチをつけたら、クラウディオのどや顔しか浮かんでこない。見たことないけれど。
「大変すばらしい贈り物です。アルテマ様」
アンジェリーナが褒めちぎれば、アルテマは少し恥ずかしそうにうつむいた。
「お返しの品は、アメジストのカフスを注文してありますのよ」
恥じらう顔があまりにも愛らしく尊いので、アンジェリーナは心の中でガッツポーズをするしかなかった。
(推しの推しはやっぱり推せる)
そんなアンジェリーナの手を取り、アルテマは真面目な顔で話し始めた。
「輿入れの際にはもちろんあなたもご一緒して頂戴ね」
「もちろんです」
間髪入れずに返事をすれば、アルテマは安心したかのようにほほ笑んだ。
「それでね、アンジェリーナ」
「はい、何でしょう」
手を握られたまま名前を呼ばれ、アンジェリーナは小首をかしげた。
「わたくし、ね。閨教育がまだですの」
「はい?」
思わず声が裏返る。
「小侯爵様もアンジェリーナなら安心して任せられる。とおっしゃられたの」
「はぁ?」
そこ、頬を赤らめていうところじゃないよね。アンジェリーナ口が大きく開いては閉じるを繰り返す。そして、視界の先にいたはずのメイド頭リマルテが他のメイドたちを下がらせているのが見えた。
「わたくし、アンジェリーナになら……」
両手を握りしめられて、潤んだ瞳で見つめられてしまった。遠くで扉が閉まる音が聞こえる。そして施錠の音。そう、貴族の私室は外から鍵がかけられるのだ。そしてそのカギを持つのは筆頭執事とメイド頭である。
(悪役令嬢って、攻略できたんだっけ?)
今更ながらに考える。
そして思い出したのはアルテマから貰ったハンカチの数だった。
(六枚……)
それは完略の証であった。
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