第12話 ヒロインはエンディングにたどり着く
「やればできるものなのね」
アンジェリーナは卒業を控えて自分の成績にたいへん満足をしていた。平民の生徒の中では常にトップで、乗馬に至っては貴族の生徒に引けを取らない、いや、一部の貴族の生徒よりも成績が良かった。何よりもマナーに至っては、悪役令嬢アルテマのロドリゲス公爵家で住み込みのメイド修行をさせてもらった結果、次席という成績を修めることができた。もちろん、主席はアルテマである。
だがしかし、このマナーの試験の際、アルテマが危惧していた事が起きてしまった。マナーの試験を執り行った講師がロドリゲス公爵家に属さない派閥が生家だったのだ。本来なら貴族間の派閥のしがらみのないように配属されるべきなのが講師である。それなのに、試験を執り行ったマナー講師のイザベル夫人は、アルテマとアンジェリーナを同じ席につかせ、ケーキ皿にミルフィーユを乗せて出してきたのだ。
もちろん、それを見た他の生徒たちはざわついた。自分たちとは明らかに違うケーキが出されたのだから。大抵は、出されたケーキとお茶があっているのかを質問されるのだ。それなのに、そもそも食べ方が難しいとされ、社交界では【ライバル落とし】との異名までも持つミルフィーユが出された。しかも、粉砂糖がたっぷりとふりかけられた状態で。これは明らかにその意図がある。誰もがそう感じたのだが、たとえ貴族の子女であったとしても、ここは学校、生徒である自分たちよりマナー講師の方が身分が上であることぐらい承知しているし、試験の最中に発言をしてはいけないことぐらいわかっている。だからこそ、誰もが固唾を飲んで静観していた。アルテマとアンジェリーナは朗らかに談笑し、出されたケーキなどものともせずに美しい所作でミルフィーユを、攻略した。当然だが、大量にかけられた粉砂糖をこぼすことなく、である。
口元を軽く抑えるのは揃いの白いハンカチ……と見せ掛けて、アンジェリーナはクラウディオから賜ったハンカチを使った。お守りである。だが、アンジェリーナはこうなることを知っていたので、あえてクラウディオからのハンカチを使用したのだ。もちろん、パッと見は分からない。誰の目から見ても白いハンカチであり、正しく絹を使用したものであることは分かった。だからこそ、口許を抑えた時に陽の光の反射でそのハンカチが誰からの賜り物か周囲に知らしめたのだ。そう、これは乙女ゲームにおいて最後のイベントなのである。平民であるヒロインが、正面切って攻略対象者に告白なんてできるはずがない。だからこそ、好感度が上がった証に貰えるハンカチを使って告白をするのである。家紋の入ったハンカチで口許を抑える。非常に上品な告白である。もっとも、アンジェリーナは攻略対象者を攻略するつもりはなかったので、クラウディオから賜ったハンカチを使ったのは、マナー講師に対する牽制である。ロドリゲス公爵家とアルディルモ侯爵家を敵に回す覚悟はあるのか?と。
結果は誰の目にも明らかで、アルテマはもちろん、アンジェリーナも合格点だった。文句のつけようもなく、むしろ文句をつけようものなら、最後の二人だけが違うケーキを出されたことに対して文句がつけられるというものだ。まぁ、言い訳は「ケーキの数が足りなかった」と言う、なんともお粗末なものだった。そんなこと、発注書を確認すればすぐにバレることなのだから。結果、平民の生徒だけれど、後ろ盾が2つもあるアンジェリーナは、誰からも文句を言われることなどなかった。
乗馬に至っては、クラウディオの母の愛馬であることがバレていたため、厩舎で馬に何かしようとするものはおらず、音楽についてはアルテマが平民の生徒の為に自らすすんでデュオをしてくれた。それに感化されたのか、クラウディオもパートナーの見つからない生徒のためにデュオをかってでていた。芸術については、一年がかりで描きあげた絵画はそれなりの出来栄えではあった。口頭での質疑応答はロドリゲス公爵家のメイド頭リマルテにしこたま特訓されたため、下手な貴族子女よりも知識豊富となったアンジェリーナなのであった。
成績表を胸にアンジェリーナは感慨にふけっていた。明日は卒業式で、卒業パーティーもある。そう、最後の試験で使用したハンカチの相手からダンスに誘われるか否か。ハッピーエンドならその攻略対象者からダンスに誘われる。もちろん、好感度がMAXならドレスのプレゼント付きだ。
「アルテマ様から頂いているのよね。ドレス」
アンジェリーナは学校卒業後、推しであるクラウディオのアルディルモ侯爵家にメイドとして務めることは叶わなかった。推し活の最高峰、生涯を捧げることは難易度がとてつもなく高かったのだ。だがしかし、ロドリゲス公爵家にメイドとして就職することとなったアンジェリーナなのであった。卒業パーティーで着るドレスは、いわばロドリゲス公爵家からのお祝いなのである。ヒロインが着るのにふさわしく、フワフワとしたレースがタップリとあしらわれたドレスである。そのドレスには攻略対象者の色はどこにもない。強いていえば、袖口やウエスト周りのレースがアルテマの瞳の色だということぐらいだろうか。基本ピンク色のフワフワとしたドレスだから、ぼんやりとしたシルエットにならないように濃いめの色を刺しているのかもしれないけれど。平民であるアンジェリーナが着るドレスなので、過度な装飾がないのはありがたかった。卒業パーティーで他の平民の生徒に妬まれるの勘弁して貰いたいし、何より、下級貴族の女子生徒より仕立のいいドレスを着る訳にもいかないのだ。とは言っても、見る人が見れば生地はそれなりでも仕立てた職人の腕が確かなのは丸わかりなのだけれど。
「アンジェリーナさん、動かないでちょうだい」
卒業パーティーの支度をなぜだかリマルテが手伝ってくれた。卒業したらロドリゲス公爵家に務めるアンジェリーナの部屋は既に用意されていて、ドレスに着替えようとしたらリマルテが、アンジェリーナの部屋に入ってきたのだ。
「公爵家よりの賜り物ですからね。きちんと着てもらわないと困ります」
まだ正式にロドリゲス公爵家のメイドとなっていない学生の身のアンジェリーナに対して、リマルテは優しかった。
「メイド見習として働いていた期間を試用期間としてくださった奥様に感謝するんですよ」
「もちろんです」
「公爵ご夫妻も参加されますから、おかしな行動をしてはいけませんからね」
「もちろんです」
学校の卒業パーティーは、卒業生の保護者が主催である。各家庭から寄付が集められ、開催される立食パーティーだ。もちろんダンスもあるけれど、それは保護者に感謝の気持ちを込めて卒業生全員で披露する。曲がり間違ってもそこで断罪劇など開催はされないのである。
「お嬢様のお支度は、他のメイドたちがしているから心配は無用です」
「はい」
「明日から、あなたはお嬢様に使える身。今日は思う存分楽しみなさい」
リマルテはまるで娘を嫁に出す母親のような台詞をアンジェリーナに言ってきた。まぁ確かに、今日までは学生、明日からはロドリゲス公爵家のメイドである。公爵家の筆頭執事と契約書を交わした時は流石に緊張でアンジェリーナの手が震えていた。それを見守っていたのはメイド頭のリマルテである。自分の新しい部下であるから、しっかりと確認の為に立ち会ったのだ。その時にロドリゲス公爵が一瞬だけ顔を見せ、頭を下げた。とてつもない男前で、さすがは乙女ゲームの悪役令嬢父だなぁ、なんて、アンジェリーナは思ったのだった。
「髪飾りは、お嬢様からこちらのリボンを賜っています」
そう言ってリマルテはアンジェリーナの少し伸びた髪の毛を結い上げてくれた。乙女ゲームのヒロインアンジェリーナの髪の毛は、卒業パーティーでも肩までしかなかった。けれど、ロドリゲス公爵家のメイドとなることを決めたアンジェリーナは、髪を伸ばしていた。アンジェリーナのセルフイメージからすると、メイドは髪をひとつに束ね、お団子にするのがマストなのである。
「うわぁ」
アンジェリーナは新人の使用人であるから、部屋は相部屋である。それでも、公爵家のメイドの部屋であるから姿見が置かれていた。2人部屋なので、二人で1つの大きな鏡である。それでも、アンジェリーナの実家にはこんな大きな鏡はなかった。あったのは顔しか映らない小さな鏡が洗面台に一つだけだった。
「まぁ、見られるようには出来上がりましたね」
リマルテ自身も満足のいく出来栄えなのだろう。
「ありがとうございます」
アンジェリーナが深々と頭を下げれば、リマルテは優しく微笑んだ。
「お嬢様の御学友として過ごす最後の時間です。特別にお嬢様と同じ馬車に乗ることが許されていますから、遅れないように」
「はい。かしこまりました」
アンジェリーナはドレスの裾を翻さないように慎重な足取りで、三階の使用人部屋から二階にあるアルテマの私室へと移動した。差し出がましいかもしれないが、御学友として最後のお出迎えをするのだ。
「ごきげんよう、アルテマ様」
会心のカーテシーをして、アンジェリーナはアルテマに挨拶をしたのだった。




