172 それは見たくはなかったものだ
薄暗い闇の中で、村の人たちが大騒ぎしている。
舞台の上では、腕相撲大会が自然発生していて、やはり舞台を作ってよかったと改めて思う。
けど、流石に疲れたな。アセリアも子供たちの世話をしに行ってから戻ってはこないし。
ハルムは、少し離れた場所で、腰の高さまでの塀に腰かけた。
一つ、息を吐く。
空になった木製のジョッキを塀の上に置いた。
揺れるランプの灯りの中で、小さく笛の音が聴こえた。
「お疲れ様」
ふいに声がかけられる。
顔を上げると、ウィンリーが一人で立っていた。
料理関連の責任者をやっているだけあって、少し疲れているみたいだ。
「お疲れ様です」
ウィンリーは、どうやらここで休憩することに決めたらしい。
ハルムの隣に腰かけた。
「劇の最後のさ、二人のやつ、すごかったよ」
「ありがとうございます」
「ほんと、見せつけてくれちゃって」
ウィンリーが笑う。
見せつける、ということは、恋人や夫婦のようだという意味だ。
果たしてそうだろうか。
俺一人が、空回っているだけなんじゃないだろうか。
「そうですか」
その一言に、俺の気持ちが乗っかってしまったのかもしれなかった。ウィンリーが、俺の顔を見据えた。
「ただの執事?」
「そうですよ」
「あれが、ただの執事?」
それは、つまりただの執事には見えなかったということで。
それは、俺の気持ちがユニコーンの詩に乗せて見えてしまったということだ。
「…………」
主人に、ただの執事にあってはいけない気持ちを抱いている。
俺は確かにそうで、そこにはできる言い訳もなかった。
子供たちの世話から離れて、広場に出てきたアセリアの姿が見えた。
バルドに声をかけられ、楽しそうに笑う。
アレに嫉妬しているなんて、言葉にすることはできない。けれど。
「それってさ、」
ウィンリーの声が、夜のしじまに響く。
「アセリアちゃんが、結婚しちゃったらどうするの?」
「……え?」
予想外のことを言われ、何を言われているのか頭の中で整理する。
……結婚?
誰が。誰と。
「この村の女は、村の男とくっつくよ?それは、誰でも同じ。みんな同じ。自分で相手を見つけられなかった子は、お見合いとかしてさ、なんだかんだみんな、結婚するの。それは好きとか、嫌いとか、それだけじゃなくて」
「…………」
それは、確かに王都でも同じことだ。
貴族同士の結婚は、本人が自由に決めていいものですらない。
"家同士の強固な契約"――――それだけだ。
けど、アセリアには、……俺がいるのに?
いや、確かに恋人でも、夫婦でもない…………。けれど。
「もし、あの二人が、結婚しちゃったら?」
視界の中に、『結婚』という言葉を背負って、アセリアとバルドの笑い合う姿が見えた。
確かに最近仲がよく、よく会っては話をしているようだった。
「執事がついていくことは、出来ないんじゃない?」
「…………」
もう、何も言葉にはならなかった。
それはあまりにも苦く、はっきりとした輪郭を伴って、そこに存在していた。
さて、ラストまで駆け抜けるよ!最後までどうぞよろしくね!




