138 そんなロマンスがありますの?(2)
結局借りて来てしまいましたわ。
一人の家。
目の前のテーブルにあるのはミラから借りてきた例の本『夫を亡くしたミラノが幸せになるまで』だ。
一人、黙々と読み耽る。
本の中では、主人公であるミラノとそのミラノにアピールしている年下の青年トリエステがデートの最中だ。
怖いもの見たさで、つい続きを読んでしまう。
トリエステがボートに乗り、ミラノを手助けするため手を差し出す。
トリエステはそのミラノの手の甲に口付けた後、ボートの上へ引き寄せる。
抱き止められるミラノ。
その背中に、トリエステの手のひらが伝う。
ボートの中に横たわるトリエステとそれに引き寄せられるミラノが……。
「何読んでるんですか?」
「きゃあああああああ!!」
唐突に横から声がかけられ、アセリアは部屋に響くほどの大声をあげた。
「な、ななななな、ハ、ハルム……」
なんとかハルムの顔に視点を合わせると、慌てて口を動かした。
「ハルム、いらっしゃいましたのね。わたくし、てっきりいないのだと思って、読書の耽ってしまいましたわ。あの、ウィンリーとミラとベラが読んでいた本で、これはミラがファエンから買った本なんですけれど。わたくし、特別読みたかったわけではないのですけれど、貸してくれるとミラが仰るものですから。ミラったら、主人公の名前が自分に似ているから買ったのですかしらっ」
おかしな早口になる。
わたくし、動揺しすぎですわ。こんな風に喋ったら、ハルムが怪しむじゃありませんの。別にやましい本ではありませんもの。大丈夫ですわ。特別、犯罪を犯しているわけでも、不倫なわけですらない、純粋な恋愛の本なのですから……!
「落ち着いてください」
ハルムが困ったように笑う。
「今帰ってきたばかりですよ。お嬢様が、集中しすぎてたようですね」
「あ、あら、そうですの」
言いながら、開いているページがボートの上で横たわるシーンだということに気付いた。
ど、どうやって隠しますの?手で隠したらよけい気を引いてしまいますわ。
「あ、あの……っ!ハルム!!」
視線を別の方へ向けようと、アセリアは慌てて立ち上がる。
ギッ、と音を立てて動いた椅子に引っかかり、ぐらついてしまった。
トサッとアセリアを抱き止めたのは、ハルムの腕だった。
「大丈夫ですか?」
……近い、ですわ。
熱くなる顔の熱を無視しながら、アセリアはハルムの顔を見上げた。
「お嬢様……?」
ハルムの瞳をじっと見る。
もう少し近付ける?
「あの……」
そして、沈黙が訪れた。
探るようなハルムの視線がアセリアに注がれる。
アセリアの背中に添えられたハルムの手に力が入る。
きっと、少し意識すれば届く距離。
「お嬢様……」
けれど、そこで、ハルムは一つ息を吐いた。
「どうしたんですか、お嬢様」
そう言ったハルムは、もういつもの通りだった。
「もうすぐ食事にしますから、本は片付けておいてくださいね」
そう言って、キッチンへと行ってしまう。
なんだ。
一人取り残されたアセリアは、指でそっと、自分の唇に触れた。
……キスはいたしませんのね。
これはもういけるんじゃないでしょうか!




