131 魔物除けを作りますわよ!(1)
「これは来たな」
と地面にしゃがみこみ、呟いたのはオタルさんだった。
落ちていたのは散らかったラズベリー。
真っ赤に潰れたラズベリーが散らかる様は、なんだか不吉なようにも思えた。
「来たって……何がですの?」
オタルさんの顔に影が差す。
「夏に出て来る魔物だ」
「魔物……?魔物とはなんですの……」
アセリアが問おうとて顔を上げると、オタルさんはもう、そこには居なかった。
アセリアは村へと向かう。
魔物とは、なんですの。
アセリアの知る魔物は、歌に出て来るものだ。
長い長い歌の中で、魔物は人々を襲い、子供を食べてしまう。
主人公の男はその魔物に対抗するため、剣を携え屋敷へと足を運ぶのだけれど。
その屋敷というのが、蜘蛛の巣が張り、カラスが鳴き、コウモリが飛ぶ。なんだかそういうおどろおどろしい場所なのだ。
アセリアは、正直、演劇などは見たことがない。
勉強がてらなにか見なくてはと思うことはあったけれど、その機会もなく令嬢としての地位は追われた。
ただ、これは貴族女性たちの間で流行りに流行ったので、夜会でも度々話題にあがり、流石に内容のひとつも知らなくては話についていけないと、ハルムやメイドたちから色々と話を聞いたというのがアセリアの知識だった。
まさか、そんな魔物が存在するといいますの?
悩んだままの顔で歩いていくと、向かいの方角からハルムがやってきた。
畑の脱穀が終われば、またいそいそと橋造りに戻って行ったハルムは、やはりなかなか家には帰って来なくなった。
こうして、お使いがてらわざわざ橋を見に行かないと、ろくに会えもしないのだ。
「ハルム」
じ……っと見上げて目線を合わせると、ハルムが少したじろいだのがわかった。
「なんですか、お嬢様」
「夏の魔物ってなんですかしら」
ハルムとじっと目が合う。
少しして、ハルムが慎重に口を開いた。
「お嬢様は、どういう文脈でその言葉を?」
「オタルさんが言ってましたわ」
「オタルさんが……」
ハルムが顎に手を当てて考え込む。
そこへ一人の子供が村へ走って行くのが見えた。時折ハルムと一緒にいる子供のようだった。
「魔物だー!」
どうやら、少年はみんなに触れ回っているらしい。
「なんですの!?」
声をかけると、少年がこちらを振り返る。
「ハルムの奥さん!」
“ハルムの奥さん”という言葉に一瞬、ドキリとしてしまう。
チラリとハルムの様子を窺う。
……表情が変わりませんわね。ちょっとはドキドキしませんの?
「ハルムの奥さんも来たほうがいいよ!」
そう言われ、現実に引き戻される。
「これからばあちゃんと魔除けを作るからさ!」
さて、この村の夏の夜はどんなものなのでしょうか。




