第7話 添付書類、十二種類
地上に出ると、夜が明けかけていた。
結界が持ったのかどうか、自分の目で見たくて、レトはガルムの肩を借りて町はずれまで歩いた。ガルムは何度か「休め」と言ったが、肩は貸したままだった。
柵は立っていた。
その手前に、セルマが座り込んでいた。単発の銃を膝に横たえ、記帳の束を胸に抱えている。足もとには、泥の跡がいくつも乾きかけていた。
セルマはレトを見上げ、角の丸くなった印鑑を指先で転がした。
「……今夜だけで帳面一冊さね」
レトは、うなずくことしかできなかった。
土手の下の長屋の戸口には、年寄りが出していた椅子だけが残っていた。奥の窓に、ランプの灯りが見えた。
振り返ると、旧市街の通りに街灯がともっていた。屋根の上に朝日が出て、遠いほうから一つずつ、街灯が消えていった。
**
何日かして、工房に槌の音が戻った。
ドーマは作業台の前で、石の角を落としていた。脚の包帯は、もう取れている。節の太い指が、前と同じ速さで動いていた。
レトは戸口に立ったまま、しばらくその音を聞いていた。
「親父」
槌は止まらなかった。
「通った。……条件付き、だって」
槌が止まった。
ドーマは振り向かなかった。横顔の目だけが、壁ぎわの棚へ動いた。いちばん奥の段に、紙一枚ぶんの埃の跡が四角く残っている。
それから、また槌の音がした。
**
町はずれの柵は、明るい所で見ると、思っていたより低かった。
傾いた杭は、まだ傾いていた。
簡単な修繕の包括許可の範囲です、と受付の神官は、書類を一度見ただけで言った。念のため印鑑を、とも言った。
据える前に、レトは杭を叩いた。いい音がした。
杭を起こし、上から押し込む。最後のひと押しで、左手の指が杭の上でゆるんだ。握りの最後のひと締めだけが、まだ戻っていない。レトは肩を当てて、体ごと押し込んだ。
杭が、すとんと落ち着いた。
柵の手前で、セルマが銃を膝に置いて見ていた。
「……やっと直ったかい」
「遅くなった」
セルマは帳面を開いて一行書きつけ、角の丸くなった印鑑を押した。
**
帰りに配分所の前を通ると、窓口からネイラが手招きして、一枚の電報を差し出した。
チョウセイヲ マテ ゲンドウ ツツシメ
「所長からです。電信が戻った朝に、届きました」
「……今ごろかよ」
ネイラはペンを置いた。電報を台帳に綴じ、綴じ目を指でもう一度押さえた。
台帳の同じ頁に、あの晩の決裁の紙が綴じてあった。朱の字が、窓口のこちらからも読めた。
所長不在につき、配分課長代決
「所長が、王都から戻られます」
「……それ、まずいのかよ」
「代決の判は、私が押しました」
**
ミレアの事務所の机に、分厚い封筒が載っていた。
けさ、紙の鳥が運んできたのだという。レトは両手で持ち上げてみた。重い。こんなに厚い封筒は、初めてだった。
「なあ、これ全部……」
「全部、何?」
「許可証、とか」
ミレアはペンの尻で封筒を指した。
「開けなさい。宛名、読めるでしょ」
封を切ると、いちばん上の紙に、条件付き承認と大きく刷ってあった。
「……ほんとに通ってる」
ミレアから聞いてはいた。それでも、刷った字で見ると、膝から力が抜けそうになった。
「その下も見なさい」
その下が、重かった。紙の束が、まだ封筒の半分以上を占めている。
ミレアが束を取り上げ、指先でめくりながら、だんだん早口になった。
「添付書類、十二種類。事前着手理由書、生命力使用報告書、ザイム様との協議記録、修復後の……とにかく、あと八種類。様式はばらばら、提出先もばらばら。それから……」
めくる指が止まった。
「全部出し終えるまで、担保の一部は戻らない」
「世界救ったんだぞ、俺!?」
「だからって、書類がなくなると思った?」
レトの目は、自分の左手に落ちた。手の甲の印は、薄くなっただけで、まだそこにあった。
ミレアの目も、同じ所で止まっていた。
「……いつまでに」
「一年。出しそびれた分の担保は、没収」
レトは左手を握った。杭を押しこんだときと同じ所で、握りがふっと抜けた。
「……一年で、全部出す。この手は、返してもらう」
ミレアは束を封筒に戻し、その上に、一枚の紙を置いた。
「……では、ハイネ様。添付書類十二種類の作成、当事務所でお引き受けいたします。こちらが見積書です」
「有料かよ!」
"本日の不受理
申請:添付書類十二種類の免除
申請者:トワル在住 修繕屋の子
結果:不受理(理由:世界を救ったことは、添付書類に代わりません)
サカドの診断
診断の対象:この連載
所見:序章はここまでだ。続きを読むかどうかは、読んだ人が決めることだな
処方:続きが気になったら、ブックマーク。面白かったら、下の★で数字にしてやってくれ。数字がなけりゃ、作者も診断のしようがないだろう"




