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魔法の使用には神様の許可が必要です  作者: 申請堂
第一章 トワル 台帳の上では、まだ使用中

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第21話 石が疲れてる

坑道の入口の詰所に、セルマが座っていた。乗り換えの駅の届けが長引いて、きのうの晩の軌道車で上がってきたのだという。


「柵の向こうへ入るんなら、保証人が判を押したきりってわけにもいかんさね」


レトたちは番の年寄りに「客」の札を四枚もらって、釘に掛けた。ティルは自分の名札を掛け、ランタンを提げて先に立った。完了の札の下をくぐり、途切れた溝の横を過ぎて、新しいレールに沿って奥へ進む。ティルは柱を一本通るたびに、口の中で数を数えていた。


つるはしの音が、少しずつうしろへ遠のいていった。三十六本目の先で、坑道を横切って杭が一列に打ちこんであった。杭のあいだには縄が張ってある。レトは通りしなに一本の頭へ手を置いて、軽く押した。根は、しっかり噛んでいた。


「町はずれのより、まっすぐだ」

「こっちは、誰も蹴らんさね」


セルマが縄を持ち上げ、一人ずつくぐらせた。


湿った石のにおいが、急に濃くなった。壁の青白い光もここから先は薄く、足もとを細い水が音もなく奥へ流れていた。


レトは右手を壁に当てながら歩いた。冷たさが、一歩ごとに指の腹を移っていく。しばらく行って、足を止めた。


右の壁の根もとが、えぐれていた。指を入れると、石の角が丸く削れて、ぬるりとする。振り返って左の壁にも手を当ててみたが、こちらは鑿の跡が角のまま残っていた。


「水、右だけ削ってる」


ティルがランタンを下げて、首をかしげた。


「図面だと、水は逆向きに流れることになってるんですけど」

「図面のほうが違うんだろ。水は嘘つかないじゃん」

「その図面は、当職が測ったものではありません」


メイはしゃがんで、えぐれに巻尺を当てた。


「右の壁、床から三十六センチまで削れています」


ティルは、メイの帳面とレトの手とを、かわるがわる見ていた。


四十本目のあたりで、ティルがランタンを持ち上げた。天井に、梁が二本並んでいた。片方だけ、まわりの柱と木の色が違う。


「これです。図面にない補強」


色の違うほうは、左に寄せて渡してあった。レトは槌の柄で、二本の梁を順に叩いてみた。左の梁は、詰まった、いい音がする。右の梁は、音が途中で抜けた。


「左のは、いい仕事だな。誰が入れたか知らないけど、分かってるやつだ」

「……図面にないのに、ですか」

「図面に描いてなくても、梁は梁だろ」


レトは背伸びして、天井の石に手のひらを当てた。左側だけが硬く張りつめていて、押しても少しも返ってこない。右へ手をずらすと、張りがふっと抜けた。


「右が弱ってる。そのぶん、左だけで重さ受けてんだ。……石が疲れてる」

「申請書に『疲れてる』って書く気?」


ミレアだった。整理屋の事務所を黙って出てから、初めての憎まれ口だった。


「書かないって」


ティルが、おずおずと天井へ手を伸ばした。レトのしたとおりに、左から右へ手のひらをすべらせていく。右の端で、その手が止まった。


「……ほんとだ。こっち、抜けてる」

「だろ」

「どこから、どこまでですか」


メイはもう水準器を梁に載せていた。レトが張りの抜けている所を端から端まで指で示すと、メイはそこへ巻尺を当てた。


「八十五センチです」


レトが一つ言うたびに、メイは測って、帳面に一行足した。


奥の暗がりで、ぬちゃりと音がした。


腐った土のにおいが、湿った石のにおいに混じった。床の水をかき分けるようにして、泥獣(でいじゅう)が一匹這い出してくる。犬ほどの大きさだった。


セルマが、単発の元込め銃をレトに渡した。


「習ったとおりさね。引きつけてから……」


レトは弾をこめ、銃身の下に左手を添えた。柵の向こうで撃ったときほど、銃口は揺れなかった。泥獣が水を跳ねて、もう一歩寄ってくる。


引き金を引いた。弾は泥獣の胴に当たり、泥の塊は形をほどいて、ただの土に崩れた。


レトは、崩れたのを見届けてからしゃがんだ。弾の帳面を腿に乗せ、刻と相手を書き、最後の欄に「当たり」と書いて印鑑を押す。


セルマは、帳面のほうを見もせずに言った。


「当たって喜ぶより先に帳面を開いたのは、褒めてやるさね」

「喜ぶ間なんか、なかっただろ」


ミレアが、肩越しに帳面をのぞいていた。


「……字、震えてる」


頭の上で、木がきしんだ。


見上げると、二匹目の泥獣が壁を這い上がって、ティルの頭の上の梁に取りついていた。補強のない、右の梁だった。泥の重みで梁が鳴り、天井から石の粉がぱらぱらと降ってくる。ティルはランタンを抱えたまま、首をすくめて天井を見上げていた。


「そこ、動くな!」


レトの声に、ティルの肩がびくりと跳ねて、そのまま固まった。


セルマがレトの手から銃を取って、次の弾をこめた。レトは、空になった左手の甲を見た。印は、まだ薄く残っている。


梁ごと組み直せば、天井は持つ。けれど、その大きな修繕の許可は、まだ下りていない。


レトは開きかけた左手を、握れるところまで握った。


「メイさん、その梁、どっちに傾いてる!」

「左に四センチ五ミリです」


メイは水準器から目を上げずに答えた。


レトは右の柱に駆け寄って、拳で叩いた。詰所の柱とは違う、水を吸った鈍い音が返ってくる。ティルが申請書に書いたとおりの音だった。水を吸ってやわらかくなった柱の頭が、梁の重みでつぶれて、そのぶん梁とのあいだが空いている。


工具帯から楔を一本抜いて、柱の頭の、緩んだ古い楔の脇に当てた。手のひらから魔法を通すと、楔は木目に沿ってすべりこみ、梁の下にぴたりと噛んだ。梁のきしみが、止まった。


楔一本なら、簡単な修繕の包括許可(ほうかつきょか)で足りる。左手の甲の印は、薄いままだった。


セルマが梁の上へ一発撃った。泥の腕が一本崩れて、泥獣は梁からずり落ち、ティルの足もとをかすめて床の水へ落ちた。一匹目よりひと回り大きい。崩れた所へ、もう泥が寄り集まっていく。レトは槌の柄を泥の背に当て、体ごと壁ぎわへ押しつけた。


ミレアが一歩寄って、泥の肌をにらんだ。泥獣の体から、水が絶えずしたたっていた。セルマの弾で崩れた腕の跡は固まらずに、床の水へ溶けて、濁った筋を引いて奥へ流れていく。


ミレアが、胸の資格章に手を当てた。


『所管確認(しょかんかくにん)。……本件、所管は、水と確認する』


資格章が光った。泥の中の水だけが澄んで抜け、白い霧になって、ランタンの光の中を天井へ上がっていく。レトの槌の柄の下で、残った土くれがぼろりと割れ、床の水に散った。槌の柄を押し返していた重さが、ふっと抜けた。セルマはしゃがんで、さっきの一発の記帳を済ませた。


ティルは頭を抱えてしゃがみこんでいたが、やがて恐る恐る顔を上げ、肩に積もった石の粉を払った。どこにも、けがはなかった。


レトは、霧の抜けた天井を見上げた。


「……土のときと違う。上に抜けた」

「水は、コクド様じゃない神様の引き取りなの。窓口が違えば、戻り方も違う」


ミレアは資格章から手を離さずに言った。


メイが梁の水準器をのぞいた。


「左に、九ミリになりました」


ミレアが、レトの工具帯を横目で見た。


「……ついでに直して、添付を十五種類にしないでよ」

「しないって」


ミレアは、それ以上何も言わなかった。


ティルが立ち上がって、噛んだばかりの楔を見上げた。


「それだけで、いいんですか」

「今だけな。ちゃんと直すのは、許可が下りてからだ」


言ってから、レトは鞄の上から、不許可の束を軽くたたいた。


水は、さらに奥へ流れていた。


四十本目と四十一本目のあいだで、床の銀の線が途切れていた。第四期の刺激陣(しげきじん)は、描きかけの模様のまま、そこで終わっている。四十二本目の先は、掘るのが止まって、むき出しの岩の壁だった。


細い水は、その壁の根もとの割れ目へ吸いこまれていく。割れ目が、薄く光っていた。


レトはしゃがんで、割れ目の上に手をかざした。指先が冷たくしびれた。石垣の割れ目なら、手をかざせば奥の深さが分かる。ここは、何も返してこない。割れ目のへりの岩から、細い光の糸が何本も立っていた。町はずれの柵の向こうで見た地面と、同じほつれ方だった。


メイが巻尺の先を割れ目に当てた。


「幅は、十二センチです。……深さは、測れません」


そう言って、メイは帳面にその一行を書いた。うしろで、セルマが銃に次の弾をこめる音がした。


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