↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の使用には神様の許可が必要です  作者: 申請堂
第一章 トワル 台帳の上では、まだ使用中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/26

第11話 何を直す

用途廃止の届出の用紙は、約束どおり翌朝には事務所の机にのっていた。登記と測量のメイの細い字で、持ち主の欄にも日付の欄にも書きこみが済んでいる。空いているのは、何を廃止するのかを書く一行だけだった。


「そこはあんたが書きなさい。あの地下を直したのは、レトでしょ」


ミレアはレトに自分の机を明け渡し、自分は棚の前の丸椅子で、財産処分の用紙を膝に広げていた。


座ってみると、ミレアの椅子はレトには低かった。机の端には付箋の束が色ごとに並び、ペン立てのペンは、どれも軸がインクで汚れている。うかつに肘をつくと、何かの山が崩れそうだった。


レトはペンを握って、しばらく欄をにらんだ。それから、大きな字で書いた。


振興会館の地下。


ペン先を紙から上げたところで、棚の前の丸椅子のほうから問いが来た。


「地下の、どれ? 壁の石? 床の陣? 水路?」


ミレアは、自分の用紙から顔も上げていなかった。


「陣だよ。止まってるやつ」

「陣の、どこからどこまで」

「どこって……床に描いてあるとこ、全部」

「床の溝に流しこんだ銀の模様が、陣でしょ。壁の際で、水路の石の下へ潜りこんでる所も入るの?」


レトは答えに詰まった。


銀の模様が水路の石の下へ潜っているのは、知っていた。あの夜、膝をついてその上を這ったのだ。溝の縁の冷たさは、まだ指が覚えている。


「……潜ってるとこは入れない。石をはがさないと届かないし、水路はまだ使う」


ミレアは何も言わず、ペン先で自分の用紙をたたいた。次、という合図らしかった。


「……なんで今日は直さないんだよ。いつもなら、もう線引いてるだろ」

「あの石を一つずつ積み直したのは、あたしじゃないもの。直した人の言葉で書かないと、窓口で一つ聞き返されただけで詰まるわよ」


それだけ言って、ミレアは自分の用紙に一行書き足した。


「銘板は?」

「壁に打ってあるから、壁だろ」

「模様は」

「入れる。床の溝の中の銀は、全部」


答えるたびに、頭の中の地下が狭くなっていった。壁が抜け、水路が抜け、床の溝だけが残る。


「……これ、このまま出してたら、地下ごと廃止じゃん」

「そうね。あんたが積み直した壁も、水路もね」


レトは「振興会館の地下」に線を引き、その下に書き直した。


振興会館地下の、止まった刺激陣(しげきじん)(床の溝の銀の模様)。壁と水路は含まない。


書き終えたとき、事務所の戸がたたかれた。


近所の金物屋の子が、工房のおじさんに頼まれたと言って薄い封筒を差し出し、返事も待たずに駆けていった。


封筒の頭には、天上府(てんじょうふ)の丸い印が押してあった。開けなくても、厚さで分かった。


封を切ると、見慣れた書式が出てきた。この前出してきた包括許可(ほうかつきょか)の十三回目も、不許可だった。


理由の欄は、一行きり。


「何を」の特定が不十分。


レトは通知を持ったまま、机の上の下書きに目を落とした。線を引いたばかりの一行が、その下にあった。


「……さっき言われたのと、同じこと言われてる」


ミレアが丸椅子から首を伸ばして、通知をのぞいた。


「包括で、何を直したいって書いたの」

「包括なんだから、まとめてだろ。大きい修繕、まとめて」

「まとめて、何を」


レトは答えなかった。廃止する物なら、いま一行に絞れた。直したい物のほうは、町じゅうの大きい修繕、としか書いていない。


通知を二つに折って、鞄に押しこもうとした。


その前に、ミレアの指が伸びてきて、折った背に付箋を一枚貼った。「十三」とだけ書いてある。


「数えとくの。あんた、束ごと持ち歩くだけでしょ」

「数えてるって。十三だろ」

「通知に書いてあるからでしょ」


レトは付箋ごと、鞄の中の十二枚の束の上に通知を重ねた。


**


工房に戻ると、親父のドーマは作業台の前に立っていた。


崩落の怪我は治癒院で塞がったが、痛めた脚だけは休ませないと戻らないと言われていて、現場にはまだ出られない。作業台で鉋をかけるのが、今の親父の仕事だった。見積もりを出して現場を回すのは、レト一人だ。


事務机には、書きかけの見積書が三枚たまっていた。去年までの控えを横に開いて、親父の書いた単価を一つずつ写していく。写しながら、この数字でよかったのか、毎回少しだけ迷う。


「親父、漆喰の単価、去年のままでいいよな」


返事の代わりに、鉋の音が一度止まって、また続いた。たぶん、いいということだ。


帳簿を開くと、市からの発注書が一枚挟まっていた。毎年この時季に来る、市場の排水溝の縁石の据え直しだ。去年と同じ件名の下に、役所の活字で一行刷り足してあった。


魔凪(まなぎ)につき修繕費を縮減。


マナの額の欄は、去年の七割だった。役所の言葉は、「縮減」の二文字だけ読めば足りた。


帳簿を閉じたところで、店先に影が差した。


向かいの乾物屋のおかみが、前掛けで手を拭きながら、自分の店の軒を指さした。


「レトくん、うちの軒、また下がってきちゃってさ。見てくれる?」


見るまでもなかった。通るたびに、軒の端が少しずつ下がっていくのを目で拾っていた。軒を支える木の楔が痩せて、梁との間に隙間ができているのだ。楔を打ち直して、腕木を一本足せば済む。


レトが帳面に見積もりを書いて見せると、おかみは眉を下げた。


「魔冷え(まびえ)だからさ、どこも財布を閉めてんのよ。誰も借りないし使わないから、マナが回らないんだって。そこを何とか」

「市は魔凪で縮減、客は魔冷えで値切りかよ。呼び方が違うだけじゃん。誰も頼まなきゃ、ずっと冷えたままだろ」

「だから頼んでるじゃないの。安く」


言い返せなかった。


レトは作業台のほうを振り返った。鉋の音は同じ調子で続いていて、親父の背中はこちらを向かなかった。親父なら、ここで何と言うのか。黙って首を振るのか、黙って引き受けるのか。レトには、どちらとも分からなかった。


「……その額でいいよ」

「助かるわあ。お茶、出すからね」


**


午後の日が、乾物屋の軒の下に斜めに入っていた。


レトは脚立の上で、痩せた楔を抜き、新しい楔を梁と柱の隙間にあてがった。いつもなら左手で楔を押さえ、右手の槌で叩きこむ。けれど今の左手では、槌の振動に負けて楔が逃げる。


レトは楔に肩を当てた。体の重さで押さえつけ、右手の槌で短く叩く。三度目で楔が噛んだ。軒の端が、指一本ぶん持ち上がった。腕木を足すのは、明日だ。


脚立から下りかけて、レトは手を止めた。


通りの向かい、工房の戸口に、親父が立っていた。柱に片手をかけ、痛めた脚に体重をのせないようにして、こちらを見ている。鉋の音は、いつのまにか止んでいた。


レトは足もとの道具袋を左手から右手へ持ち替えた。左手は、甲を内側に向けて腿の横に下ろした。


親父は何も言わなかった。しばらくそうしていてから、柱から手を離し、工房の中へ戻っていった。


入れ違いに、おかみが湯気の立つ湯のみを盆にのせて出てきた。


「お父さん、見に来てたねえ。心配なのよ、やっぱり」

「……見てただけだろ」


レトは右手で湯のみを受け取った。


**


夕方、レトは明日の腕木の作業に使うマナの届けを出しに、配分所へ寄った。


王府の古い石造りの庁舎の二階は、昼間の熱がまだ壁に残っていた。窓口の列には、同じような届けを持った職人が三人並んでいる。軒一本ぶんのマナの欄に、レトは小さな数字を書いた。帳簿に挟まっていた市場の縁石なら、こうはいかない。縁石は市の物で、使うマナは王府の物で、直す許可は神殿の物だ。窓口が三つある。


前の職人は、届けを三枚まとめて出していた。レトの番が来ると、窓口の若い係は欄をのぞいて、少し笑った。


「軒一本で、届けを出す人も珍しいですよ」

「出さなきゃ使えないんだろ」

「使えません」


係は笑ったまま判を押した。


控えを受け取ったとき、窓口の奥の扉が開いて、配分課長のネイラが出てきた。首に下げた真鍮の流量計が、歩くたびに長衣の胸で揺れた。


階段のほうから、制服の配達人が上がってきた。配達人は窓口の端で、ネイラに封書を一通差し出した。厚手の封筒で、裏は赤い封蝋で閉じてある。蝋に押された印は、レトにも見覚えがあった。町の掲示板に貼られる布告の、いちばん上に刷ってある王府の印だ。


ネイラは受け取りの帳面に名前を書き、封書を受け取った。


裏を返して、封蝋を一度だけ見た。流量計を読むときと同じ顔のまま、封の上で指が止まった。それから封を切らずに、奥へ持って入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。