step7 雨上がりの空
step7
明るいオープンオフィス。丸いスツールに座った細身の男が、コーヒーを飲みながら小さなモニターを見ていた。
「どうして途中で出てきちゃったの?」
男が横に立っている白シャツの二人組にきいた。
「仕事は終えていましたし、アレが出なければすぐに撤収という話でしたので」
「出るってさ、どうせ作り物でしょ?しっかし、よくこんな面白い場面で席を立てたね」
二人は顔を見合わせた。
「面白いってクルーンさん。間違いなく部長に怒られますよ」
「まあね。窓際部署のつまらん仕事なんだから、あの人も楽にやればいいのにね。あっ、それと賭け屋の数と内情は?」
「数は約30で、ほとんどが居酒屋です」
「はいはい了解。さて、いきますか」
WBL管理局。調査部部長室。
ドアをノックする音。
「どうぞ」
黒いスーツを着た女がキーボードを打つ手を止めた。書類を携えたクルーンが入ってくる。
「リーン部長、例の調査の報告です。結論から申し上げますと、球場に特徴はあるもののチームや賭け屋はありふれたものかと」
「それは報告書を読んでから私が判断します」
女はクルーンを冷たい目で見た。
「Tシステムに異常フラグが立ったのに、何もないと思ってるんですか?しかも、局長たってのご用命ですよ?」
「いえいえ、わかっています。ただ特に問題はなかったようで……」
困ったクルーンは頭をかいた。その様子を見たリーンの表情がますます険しくなった。
「それで、例のアレは確認できなかったんですか?」
「はい、やはり見なかったそうです」
「目撃談は?」
「えーっと、それはあったとか、なかったとか」
リーンは平手で机を叩いた。
「どちらなんですか?」
「……あったようです」
目を伏せるクルーン。
「では、例のチームを手配してください」
「ええっ!それほどのことなんですかね、部長」
「私の判断です。とりあえず来週にも現地へ向かってください」
「はい、了解しました。では」
廊下に出たクルーンはネクタイを緩めた。
「はあ、まあいいか。温泉旅行、温泉旅行」
クルーンは歌うようにいいながら自室へ戻っていった。
◇
踏切を越えて川沿いの道を歩いているうちに、細かい雨が降ってきた。ボック、ショウタ、チャック、リンコの4人は、それぞれの土産を雨から守った。
「何だそれは?ゲルラングリラン様はハトじゃないのね」
チャックが呆れたようにいった。ショウタの破れたリュックから、トウモロコシの束がのぞいていた。
「チャックさんこそ、何でフルーツ盛り合わせなんですか?FBは病人じゃないんですよ」
笑いを堪えながらリンコがいった。
「ボックさんのお土産は何ですか?」
「考えたんだけど、よくわからなかった」
ボックの紙袋には、動物、植物、地球、科学、歴史と、子ども向けの図鑑が何冊も入っていた。
「ボック、神様はもう何でも知ってるよ。まったく気が利かない奴ばっかりね」
チャックは空いている手を広げて、勝ち誇ったようにいった。
元々農協の集会所だったというコンクリートの廃墟には、FBが住んでいるはずだった。汚れたガラスの向こうに変色したカーテンが見えた。散々探し回った末に、4人は雑草が生い茂るビルの裏手に入口を見つけた。
「ヤア……ミンナ」
ドアが開くと、彼がいた。炎の色は普段より少しだけ青く、あの黒いフレームの眼鏡をかけていた。
「お邪魔します」
薄暗い部屋の空気は冷たく湿っていた。壁に4人の影が揺れる。ボックたちは錆びて変形した鉄のテーブルに案内された。
「あの、本日はお招きいただきありがとうございます。これ、つまらない物ですが」
ショウタが土産を差し出した。受け取ったFBはしばらくトウモロコシを眺めてから、軽く頭を下げた。ボックとチャックもそれぞれの贈り物を渡す。間近に立つと炎の奥にうっすらとルビー色の瞳が見えた。
「私は、これを」
恥ずかしそうに取り出したリンコの土産は、手作りの焼き菓子だった。
「……アリガトウ」
FBはそういうと、キッチンへ向かった。凹んだヤカンに水を注いで、もう一方の手を底にかざす。その部分の炎だけ真っ赤に変わって一瞬で湯が沸いた。
「手伝うわ」
リンコが席を立った。木製の棚にはコップと歯ブラシ、野球のボールや砂時計などがきれいに並べてあった。リンコはウサギの絵がついたティーポットを手にとった。
「いただきます」
ティーカップを手に、それぞれがお茶を飲んだ。
チャックが目を輝かせてたずねた。
「ずっと、ききたかった。あなたはゲルラングリラン様なのか?」
FBはカップを置いて考えた。
「……シラナイ」
「そんなーーー!チャックの国の神様だよ。あなたと同じ炎に包まれた鳥の神様。ママへの手紙に書いてしまったよ」
チャックは訴えるようにいってから、うなだれてしまった。
窓の外では、少し雨が強くなっていた。
「そういえば、オキナワにファイヤーバーズっていうチームがあったな」
ボックが慌てて話題を変える。
「代打屋さんで、いろんな場所で野球してきたんですものね。すごいよね?」
リンコがショウタに目で合図した。
「で、ですよね。僕、本当にずっと尊敬してます!」
ショウタが続けたが、チャックはうつむいたままだった。FBは自分の火でランプを灯した。それから部屋の一番奥へいって、鎖を軋ませて天井から吊るされたブランコにとまった。
「雨漏り?……」
そうつぶやいて、ボックは部屋を見回した。キッチンの隅で、ひしゃげたバケツが水滴を受け止めていた。下を向いていたチャックが、テーブルを叩いてその音にリズムを乗せた。
「ハハッ」
ショウタが小さく笑った。
「チャックさんの故郷は、とても賑やかなんでしょうね」
笑顔のリンコがいう。
「とても楽しい所ね。太陽と海、暮らしは厳しいけどみんなとっても元気よ」
チャックはそういって顔を上げた。
「リンコさんはカントウの出身でしたよね」
ショウタがきいた。
「赤ちゃんだったから何も覚えてないの。オーナーに引き取られてからは、セキが故郷かな」
リンコはボックに向き直った。
「ボックさんも街に馴染みましたよね」
「どうなんだろう」
ボックは顎に手をやって考えた。そして、ふと思い出して付け加えた。
「そういえば、伝えたかな?セキは父親の出身地だった」
「オトウサン?」
部屋の奥からFBの声が聞こえた。
「ああ、そうだよ」
「お父さんは、やっぱり山の男だったんですか?」
ショウタが声を弾ませた。
「ああ、たぶん。詳しく聞く前に別れてしまったけど。だからこの街に来られてよかったんだろう」
全員が静かにうなずいた。
少し迷ってからボックがきいた。
「FBはどこから来たんだ?」
少しの沈黙の後、FBはこたえた。
「オチテキタ……キュウジョウニ」
雨はますます強くなった。リンコはキッチンの隅で天井を見上げた。ショウタがいくつか木箱を運んでくる。バッグから工具箱を取り出したリンコは、足場に乗って応急処置を始めた。
大きくなった雨漏りの音とセッションするように、リンコが釘を打つ。チャックがステップを踏んで、ショウタはおかしな歌を歌い出した。外で吹く風がホーンセクションのような陽気な音を奏でた。
吹き出したボックに、足場の上からリンコがいった。
「ボックさん、最近やっと笑うようになりましたね」
「そうかな」
ボックは少し照れたように横を向いた。修理が終わるまで賑やかな音楽会が続いた。
夕方になると雨は上がった。茜色の陽射しが照らすドアから4人が出てくる。
うっすらとかかった虹を見上げて、ショウタが伸びをした。
「なんて美しい世界!FBはやっぱり神様ね!」
チャックは両手を広げて叫んだ。
戸口に立ったFBが小さな声でいった。
「ミンナ……マタキテ……クレル?」
ボックは力強くうなずいた。
「ああ、必ず」
リンコは笑顔で顔をくしゃくしゃにした。
「ええ、もちろん。また呼んでね」
帰り道に4人の影が伸びる。楽しげに話し合う声が途絶えることはなかった。




