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step5 海の奴ら

step5


ゲン爺のイノシシ倒しが終わると、スタジアムはいつもとは違う騒めきに包まれた。パークビジョンの上、ガストンズの球団旗と並んで青と白の旗がなびいている。

「ヘイ、退屈な時間が始まるぞ。誰か終わったら起こしてくれ」

 ニトロは背もたれに身体をあずけて、顔の上に帽子を置いた。


 再び場内のライトが落とされた。腹の底に響く汽笛が鳴る。それを合図にレフトスタンドを占拠した一団が立ち上がった。センターのフェンスが開く。船を模した巨大な山車と、横一列に並んだゴールデンシップスの選手たちが入場してきた。

 暗く重いブルースと和太鼓のリズムに合わせて、観客たちは足を踏み鳴らし、選手たちは力強く胸を叩いた。


 ボックは、身体を乗り出してその出し物を見ていた。

「ボックちゃん、初めてだったかしら?嫌よね、野蛮で」

 隣に座っていたコジローが声をかけた。

「ゴールデンシップスとは長年のライバルでね。セキとグワーナは川でつながってるでしょ?だから、あの子たちとの戦いはリバーシリーズって呼ばれてるの」

 ボックはビジョンに映る選手たちの中に、ノザキと呼ばれていた青年の姿を見つけた。

「海の奴らは、山の僕たちにやたらと突っかかってくるんですよ。こっちが切り出した材木を運んで稼いでるくせに!」

 ショウタが声を荒げた。


 4回裏。1対1。ガストンズの攻撃。

「おらー、やっちまえ!ぶつけたってかまわねえぞ!」

 ダグアウトから罵声を浴びせるのは、監督のマーチンだった。

「相変わらず口が悪いな、あの監督さんは」

 ダイクがタカハシの方を向いた。

「でもね、彼はスナックでは敬語で話すんだよ。WBLの悪口をいう時もね」


 打席に立っていたニトロが、際どいボールを見極めて出塁する。ファーストベースで待ち構えていた男は、ニトロよりさらに身体が大きい。

「よお、バットの振り方を忘れちまったみたいだな。また教えてやろうか?ハッハッハ」

「口を閉じろ、ノット。今夜は何回出塁した?俺は2回だ」

「まあ、次の打席を見てろ。あの天井をぶち抜いてやるぜ」

 プレイがかかっても、二人は言い争いをやめない。その様子を見ていたジョディーがボックにいった。

「ちょっと似てるだろ?兄弟なんだ」


 5回表、ノザキが打席に入った。簡単にツーストライクに追い込まれたが、そこから1球、2球、3球、ゲン爺のでたらめに曲がる変化球に必死に食らいついた。

「やるじゃないか、あいつ」

 ボックはショウタにいった。

「まあ、しつこいのは認めますよ。しつこいのと足が速いだけが取り柄のバカですよ」

 ボックはまたノザキを見た。泥まみれのユニフォーム。ノザキはバットを短く持ち直してホーム寄りに立つ。それから刺すような目つきでゲン爺を睨んだ。

「あんな顔できる奴は、そうそういない」

 内角に落ちるシンカー。ついにノザキのバットが空を切った。

「ご苦労さーん!」

 悔しそうにベンチに戻るノザキの後ろ姿に、ショウタが野次を飛ばした。


 試合は7回表まで進んで、4対1でガストンズがリードしていた。

 先頭打者のノットが、豪快に素振りをして右打席に入る。

 初球。サインにうなずいたゲン爺が振りかぶる。外角に伸びるストレートに踏み込むノット。強烈なライナーが飛んだ。

 レフト線へ切れていく打球を追ってコジローが走る。スライディングしながらアームを伸ばしてキャッチ……と思った瞬間、アームが捻れてボールがこぼれた。

 レフトスタンドのゴールデンシップスファンから罵声が飛ぶ。

「ナイスエラー!」

「インチキ野郎!その左腕はポンコツかよ!」

「ポーンコツ!そらっポーンコツ!」

 一団からコールが湧き起こった。


 うずくまっていたコジローは起き上がって、男の顔でスタンドを睨みつけた。そして子供時代に左腕を奪った瓦礫の冷たさを感じた。ビジョンにその様子が映し出されると、今度はライトスタンドの観客たちが立ち上がった。球場全体が騒然として収まりがつかない。

「タイムじゃ!」

 後ろに手を組んだゲン爺がマウンドから降りてきて、ベンチでおろおろしているリンコに声をかけた。

「リンコや、あいつを連れてきてくれんか?」

「え?は、はい!」

 リンコは駆け出す。タカハシが無言で立ち上がって、主審にピッチャーの交代を告げた。騒ぎを無視するようにアナウンスが入る。

──ピッチャー、ゲンに替わりましてロボリス3号

 ビジョンからゲン爺の名前が消えて、ロボリス3号という文字が表示された。

再び騒がしくなる場内。センターのフェンスが開いて、リンコが乗ったリリーフカーが入ってきた。荷台には、あの錆びだらけのピッチングマシンが積まれていた。


 リンコは、マウンドの上にロボリス3号を置いてあれこれ設定すると、一呼吸置いてからスイッチを入れた。赤いランプが点灯してモーターが回り始める。

「どういうことだ!」

 ダグアウトを出たマーチンが怒鳴りつけた。

 ゲン爺が素知らぬ顔でこたえる。

「はて?うちの選手じゃが?」

「何だって?バカいってんじゃねえよ!」

 激怒したマーチンは主審を睨みつけた。主審はメンバー表を取り出して目を落とすと、苦笑いしていった。

「そういうことだ。さあ試合を続けよう」

 マーチンは地面を蹴り上げてからベンチに戻っていった。

 ショウタを呼び寄せたタカハシが、そっと耳元でささやく。

「あれは自律型だから、ねっ!」

 

「プレイ!」

 打席にはゴールデンシップスのピッチャー、サルベージが立っていた。

「オンボロだな。うちのマシンはずっときれいだぜ」

 サルベージが笑う。ショウタは黙って外角低めにミットを動かした。

 ベンチでは、強く目を閉じたリンコが祈っている。回転を上げたモーターの音が甲高く変化した。破裂するような音がして豪速球が内角高めに決まった。

「ストラーック!」

「何で内角なんだよ」

 ロボリスに向かってショウタがつぶやいた。

「よし、それなら同じ球だ」

 今度は内角高めにミットを置いた。

 マシンのアームが回転して、軋むような音を立ててボールを放つ。弧を描いたカーブが外角低めに決まる。

「ストラーック!」


 たまらず打席を外したサルベージがショウタにいった。

「おい、あいつ中に人が入ってるのか?」

「人?そうかもしれませんね」

 ショウタは真顔でこたえた。

 3球目。ショウタは腰を浮かせて高めに構える。ロボリスのストレートが、そのミットに正確に収まった。

「やっぱり、そうなんだな」

 4球目、ショウタは確信をもって外角低めにミットを置いた。マシンのモーター音がまた甲高くなる。

「速球だな。もらったぜ!」

 サルベージがにやりと笑った。

 マシンがボールを投げる。

──パスッ

 空気が抜けるような音がした。腰砕けになったサルベージを嘲笑うように、ど真ん中にカーブが決まった。 

「ストラーック!アウト!」

「イェーーーッ!」

 コジローが全身で吠えた。その声に合わせるように、ガストンズの選手たちがそれぞれ雄叫びを上げる。

 ベンチでは、飛び跳ねたリンコがゲン爺に抱きついた。観客たちの歓声と罵声が木造ドームに響き渡った。


   ◇


 試合後、アスナロ亭でいつものように大騒ぎしているガストンズのメンバー。

「まったく今夜は傑作だったな。見たかよボック、あの海の奴らの慌てっぷり!」

 ペイジがジョッキを片手に笑った。

「そ、そうか、よかった」

 ボックはうまく返せなかった。壁際には、MVPのたすきをかけられたロボリス3号が置いてあった。

「ハッハッハ、久しぶりに喉が枯れちまった」

 ロボリスに寄りかかったダイクがビールを飲み干した。

「なかなかの配球だったな」

 ジョディーが思い出して笑う。

「こんな感じでしたよね」

 ショウタが三振した時のサルベージの真似をしてみせた。みんな大笑いして、また酒を流し込んだ。


 リンコはしょんぼりして、ちびちびとワインを飲んでいた。

「あら、あんまり進んでないじゃないの?今夜は気持ちよかったー!さあ、もっともっと飲みましょ!」

 コジローがリンコのグラスに、自分のジョッキを合わせた。

「アームが壊れちゃって……ごめんなさい。私がもっと優秀なエンジニアだったら……」

 リンコの目は涙で一杯だった。

「ほら、もう何もいわないで!」

 コジローはリンコの肩を抱いて、アームで頭を撫でた。

「みんな知ってるわよ。あなたが最高の仲間だってことを。いつもありがとうね、リンコ!」

 堪えていたリンコが、子どものように泣き出した。その様子を見ていた選手たちが、優しい笑みを浮かべた。


「あのね、楽しんでるところ悪いんだけど」

 飲み会が終わりに近づいた頃、タカハシが進み出た。

「負けたんですけど」

 静まり返る店内。だが、すぐに騒がしさが戻った。

「ママが怒ってるんですけど」

 タカハシは少しだけ声を大きくした。今度こそ全員が口を閉じた。


 ロボリス3号の後を受けて登板したのは、抑えのペイジだった。9回表、ノットの特大ホームランを皮切りに、サルベージのツーベース、ノザキのタイムリー。怒り狂ったゴールデンシップスの集中力は凄まじく、最後は5対4で敗れた。

「兄貴の野郎、本当に天井をぶち破るとはな。ハハハッ……」

 ニトロが笑ったが、空気は変わらない。ダイクは手元にあったおしぼりでロボリスの錆を擦り始めた。

「こっちだって全力で戦ったさ。街の奴らも賭けてんだし」

 アンガスが少しむっとしてつぶやいた。


 タカハシがノートを開く。

「えー、本日の反省点を一言で表すと……思春期の長男です」

 何人かがテーブルに顔を伏せた。

「まず、ノット。あれはでかい、でか過ぎる」

「ひでえ分析だな」

 ハヤタがぼやいた。

「次に、ノザキが粘る。あいつは納豆」

「それ褒めてます?」

 ショウタがきいた。

「褒めてはいない。ただの事実ね」

 タカハシは真顔で続けた。

「負けたけどね、悪い負けじゃない。覚えておきなさい。つまり、思春期の長男なんだ。それはね……」


 ボックは、そっと周りを見回した。選手たちのおどけたり不貞腐れたような顔が、だんだんと真剣になっていく。試合に負けた重さからは逃れられない。アンガスがいったことがすべてなんだろう。ボックは思った。


 タカハシの説教を子守歌に、リンコがすやすや眠り始めた。


「ハーーークションめ、コンチクショウ!」

 自宅のバルコニーでタバコをふかしていたガストンママが、大きなくしゃみをした。



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