step23 FBの帰還
step23
WBL管理局調査部。部長室。
真新しいネームプレートをデスクに置くクルーン。
「クルーン部長、昇進おめでとうございます」
直立した白シャツの二人組が背後から声をかけた。椅子に座ったクルーンは両足を投げ出した。
「Tシス信者の前任者が、余計なことして左遷されただけだよ。これって昇進っていうのかね?」
二人組は口ごもって困ったような表情を浮かべた。
「しっかし、傑作だよね。聞いた?大盛況だってさ、あの街」
「部長、またそんなことを……」
片方の男がいった。
「まあ、いいんじゃないの。これから楽しくなるよ」
そういったクルーンは、天井を見上げて小さく笑った。
◇
砂埃が舞い上がる操車場。駅から流れてきた大勢の人々が、線路を横切って歩いていく。
車両基地に沿って、ずらりと屋台が並んでいた。給水タンクの前では、若者たちのバンドが陽気なスカを演奏している。
「それで、火事場で飛び回ってたアレはどこで見られるんだい?」
革製のトランクを持った老夫婦が、ホットドッグを受け取りながらきいた。
「お客さん、まあ焦らないことだよ。この街にいれば必ず現れるからさ」
女店主がこたえた。老夫婦はお礼をいって歩いていった。
隣のイカ焼き屋が煙の向こうからいう。
「また適当なことを。消えちまったじゃねえか」
女は口を尖らせた。
「だって本当のことだろ。それにさ、あんたもわかってるんじゃないのかい?ぼちぼち戻ってくるって」
「まあな。そんな気はするんだが……」
客たちが急かす声も気に留めず、二人はしばらく青い空を見上げた。
セキの街の繁華街。伊勢屋の親父が小窓から顔を出した。
「すまねえ、この有様でな!」
店の前は入り切らない客でごった返していた。
「いいんだ。また夜にでも覗くよ」
そういったボックは、ニトロと連れ立って歩き出した。
「ヘイ、どうなっちまったんだ?腹ごしらえもできやしねえ」
大通りでは見慣れない車が渋滞して、黒煙を撒き散らしていた。道の脇を埋める人々に、あちこちから呼び込みの声が飛んでいる。
「歩きにくくて仕方ないな」
身体を横に向けながら、ボックがいった。
二人は人波をかき分けて球場の方へ進んだ。
温泉宿やサウナ屋が立ち並ぶ辺りまで来た二人の目に、空地を埋める数十台の車が飛び込んできた。
材木に打ち付けたトタン板に「街一番の安さ!ギン姉さんの駐車場」という手書きの文字。パラソルの下に、サングラスをかけたギン婆さんが座っていた。横では、マッケンジーと仲間たちが木箱の上に弁当を並べている。
「あんたら、何やってんだ?」
呆れたようにニトロがいった。
「わからんか?ビジネスチャンスじゃ」
ギンはサングラスを外して、気取った表情を決めた。
「野次馬万歳!今こそ稼ぎ時でしょ!」
マッケンジーは親指を立ててみせた。
「ワシは小銭を貯めて、いつか遊園地を作るんじゃ。そういえば、あんたらのママはあそこをホテルにするって勢い込んでたぞい」
ギン婆さんが指差した先には、草木で覆われた廃校舎があった。
ボックはニトロと顔を見合わせた。
「だって……肝心なものがいないじゃないか」
ギンが不思議そうに首を傾げた。
「はて、朝方に見かけたが。気のせいじゃったかな?」
丘を上っていくと、足場に囲まれたセキドーム球場が見えた。
正面ゲートがあった場所で、モグラが操縦するブルドーザーが唸りを上げていた。チームの選手たちや街の人々が、それぞれの作業に汗を流している。
図面を片手に指示を出していたリンコが、二人に気がついて駆けてきた。
「お疲れ様です!」
「また少し片付いたな」
ボックがいった。焼け落ちた瓦礫はなくなって、剥き出しの地面が平らになっていた。
大穴の足場の上からダイクが叫ぶ。
「おい、お前ら昼飯食わせねえぞ!」
肩をすくめたニトロが、ゆっくりシャツを脱いだ。
「こんなものかしらー?リンコ、ちょっと確認して!」
地面に掘った深い竪穴から、コジローの声が響いた。
「いいと思います!」
覗き込んだリンコが大声でいった。
「こっちもいいぞ!」
ボックが叫ぶ。2本の丸太に渡した分厚い半円形の杉板。新しいメインゲートは、どの球場のものより大きかった。
2本の脚が竪穴の上にかかるまで、ブルドーザーがゲートを押す。
「もう少し、もう少し。はい、ストップです!」
リンコは念入りに脚の位置を確かめる。
そして、空に向かって声を張った。
「お待たせ!ワイヤーをお願い!」
──ギャアーーーーー!
黒焦げの屋根の向こうから声が響いた。太陽の光の中でも、はっきりとした輪郭の赤い火。長く炎を引いて羽ばたく姿が影を作る。舞い降りたFBは、くわえてきたワイヤーの束を丁寧に地面に置いた。
ボックはただ身体を震わせていた。
「……どこへいってたんだ」
「ボックさん」
リンコは、なだめるようにいって前に出た。
「おい、何なんだよ一体!」
自分の口から出た強い言葉に驚くボック。
二人の間に吹いた風が、焦げた木片を転がした。
FBを包む炎が少し小さくなった。消え入りそうな声が聞こえる。
「カザン……ミテキタ」
「火山?火山だって?」
ボックはFBの家で見た伏せられた図鑑を思い出した。それからルビーのような目をじっと見つめた。
パイプを担いで歩いてきたジョディーが、軽い調子でいった。
「そうだったんだな。きれいだったか?」
「……ウン」
「そりゃよかった」
ジョディーはそのまま通り過ぎた。
思わず周りを見るボック。みんな淡々と作業を続けていた。
「おかしいだろ?あんなに心配してたじゃないか。驚いてないのか、セイヤ!」
穴の脇に土嚢を積んでいたセイヤは手を止めずにいった。
「ボックさん、必ず戻ってくるって自分でいってた」
「それはそうだけど……」
ボックの背中をリンコが押した。
「これでいいんです。さあ、作業を続けましょう!」
ゲートの所へ戻ったボックの肩をザイオンが叩いた。
「俺も驚いたよ。だけど、どうしようもないだろ?」
そういってザイオンは両手を広げた。
アーチに打った楔にかけたワイヤーを引いて、ブルドーザーが後退する。土嚢の上を滑った2本の脚が、低い音を立てて穴にずり落ちた。
「ゆっくりいくぞ!」
運転席からモグラが叫んだ。
慎重に引っ張ったゲートが、やがて真っすぐに立ち上がる。ニトロ、ザイオン、ボック、大男たちが総出で脚を支える。残りの者は、穴との隙間に延々と小石を流し込んだ。
全員が手を休めて、新しいメインゲートの前に立った。
杉の一枚板に浮き彫りされた「セキドーム球場」という力強い文字。真っすぐに立つ無骨なゲートは、古代の鳥居のように見えた。
「やっとできたな」
ジョディーがうなずいた。
「ちょっと皮が残ってるけどね」
チャックもうなずく。
「こうして見ると、左右の太さが違うじゃねえか、ったく」
ハヤタが舌打ちをした。
「ヘイ、誰だよあんなことしたのは?」
ニトロが指差したアーチの右隅に、おかしな生き物が彫り込まれていた。
「ネコか?」
「いいや、タヌキだろう」
みんなが動物の名前を挙げる中、ショウタが大声でいった。
「おお、実に芸術的なイノシシですねー」
冷たい視線がショウタに集まる。
「お前、やってくれたな。さあ、あれを削ってこい!」
ワイヤーをつかんだアンガスが、ショウタの身体に巻きつけようとする。
「やめてくださいよ!ああ、また腰が痛くなってきた!」
ニトロやダイクが、逃げ出そうとするショウタを抑え込んだ。
滑るように飛んできたFBがゲートの上にとまった。
「火山を見てきた……か」
その姿を見上げたボックは大きなため息をついた。




