step22 再生の土台
step22
朝日が照らすセキの街の操車場。ガストンズ専用客車から、大きなバッグを抱えた選手たちが次々と降りてきた。
「ヘイ、迎えはなしかよ。寂しい帰還だな」
バットを杖にしたニトロが、手をかざして周りを見渡した。忙しく動き回る作業員以外には誰もいなかった。
「仕方ねえだろ、このザマじゃ」
ジョディーが持っていた新聞をニトロの胸に叩きつけた。
一面を特大の活字が埋める。
──アジアカップ、ベンジャーズが優勝!規約違反のガストンズ、失格処分!
「ヘイ、そうだったな。飲み過ぎて忘れてたぜ」
そういってニトロは、こめかみの辺りを押さえた。
「ちょっと!もういいじゃないの!アタシ早く温泉に入りたいわ!」
コジローが強引に二人の間を通って足早に歩いていった。
「おお、打撃違反の有名人だ!おい、コジロー!いつ逮捕されるんだ?」
その後ろ姿を、右腕を吊ったアンガスがはやし立てた。
「やめろよ、アンガス。頼むからやめてくれ」
段差で顔を歪めたボックが、アンガスの肩に手を回した。
「おお、こっちには暴言で処分されたならず者がいるぜ」
にやにや笑いながらダイクがいった。
「まだ飽きないのか?勘弁してくれよ、もう」
ボックは困ったように笑った。
荷物を持ったガストンズの選手たちが、街の大通りをぞろぞろと歩いている。
車椅子のショウタを乗せたリアカーを、セイヤが引いていた。
「もう歩けるくせに」
セイヤが恨めしそうな顔を向ける。
「いっただろ、このほうがパレードっぽいって」
ショウタは目を閉じて胸を張った。
「お帰りなさい!ありがとう、ガストンズ!」
古着屋の手伝いをしていた少年が大声でいった。チャックが手を振ってこたえる。
「やあ、チャックもみんなも頑張ってきたよー!」
後ろから店主が現れて少年の首根っこをつかんだ。
「ふざけんな!いくら負けたと思ってやがるんだ!」
「そうだ、ぬか喜びさせやがって!」
振り向いた客たちも、チャックを睨んで口々に文句をいう。
「おい、目を合わせんなよ、ったく」
横にいたハヤタが前を向いたままいった。
露店から物が飛んできた。
一瞬身体を引いたザイオンが、大きなカキを受け止める。
「すかっとしたぜ!これは気持ちだ!」
若い店主は、手当たり次第にカキを投げた。
「ありがてえ」
片手でキャッチしたダイクが早速かじる。
「おい、金返せよこの野郎!」
「セキのチームなんだから、こんなもんだろう?」
「失格なんてあんまりだ。可哀想に!」
だんだんと集まってきた街の人々が言い争いを始めた。息を潜めた選手たちは、その間を縫うように進んでいった。
◇
アスナロ亭。オーナーとガストンママの前に、緊張した表情の選手たちが立っている。
「みんなよく戻ったね。本当に、本当によくやってくれた。私はこのチームを誇りに思う。最高だったよ、息子も娘も。ガストンズが……」
言葉を詰まらせたオーナーは目頭を押さえた。タカハシが折り畳んだ球団旗をオーナーに手渡して、深々とお辞儀した。部屋の隅にいたゲン爺が、後ろからマナの手をとって拍手させた。パチパチという小さな音に気がついた選手たちは、満足そうにうなずいた。
続いてママが前に出た。
「そうだねえ、よくやったよ坊やたち。いい働きをした」
全員の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「で、アタシの金はどこだい?」
ママも同じように笑っていた。
「あ、あの、何の金でしょうか?」
みんなが黙り込む中、引きつった顔のアンガスが口を開いた。
「優勝賞金が消えちまったのさ。だけど、お前たちが約束を破るわけがない。身の回りの物を売るなり、いや借金してだって同じだけの金を持ってくるんだろうよ」
ママは表情を変えずにいった。
さっと手を上げたのはセイヤだった。
「ショウタ、社長のドラ息子だから加工所売ればいい」
セイヤを睨みつけたショウタも手を上げる。
「コジローさんの店は変な酒ばっかり出すし、たぶん密造でボロ儲けしてます!」
「あら、アンガスがトラック買ったって、しつこく自慢してたわよ。あれを潰してサンノベで売ればいいわ!」
「気持ち悪い話だけど、ジョディーは高いアクセサリーを集めるのが趣味なんだよな」
「ザイオンは何の趣味もないつまらない男だからな。たんまり貯め込んでるに違いないぜ!」
いつまでも押し付け合いは止まらない。
「うるさいね!」
ママがいつの間にか担ぎ上げていた椅子を床に叩きつけた。
静まり返るアスナロ亭。
折れた椅子の脚を拾ったボックを、ママが射るように見た。はっとしたボックは慌てて脚を背中に隠す。背筋を伸ばしていた選手たちが必死に笑いを堪えた。
「とにかく、まずは球場だ。明日から、全員で修理に取りかかるんだ!わかったね、坊やたち!」
「はい!」
選手たちは息を合わせて大声で返事した。
「あの、店の椅子は……」
マスターが恨めしそうにママを見ていた。
◇
「おい、そこのも何とか使えるだろ」
足場に立っているザイオンが、ボックに網を差し出した。
セキドーム球場の屋根の上。細い梁に乗ったボックは、命綱のカラビナを確かめて身体を乗り出した。それからバールをこじって六角形の板を外して網の中に入れた。
焼け残った板は、茶色い樹脂の泡を吹いていた。汗を拭ったボックは、穴からグラウンドで作業している選手たちを見下ろした。
「おーい!おーい!そこ、だいぶ斜めになってるぞ!」
ボックは、ダグアウトの土台になる材木を指差して声を張った。
下からコジローが叫ぶ。
「いいのよ、これで!このほうが、前よりオシャレでしょ?」
「安心してくれ!ピンクには塗らせねえから!」
ホームベースの辺りでアンガスが手を振った。
横からザイオンの笑い声が聞こえた。
ボックも諦めたように笑った。
夕暮れが近づいていた。
「先に降りるぞ」
束ねた板と工具が入った袋を背負って、ザイオンが梯子に向かった。
心地よい風が吹いていた。ボックは座り込んで街を眺めた。
「身体はもう大丈夫なんですか?」
タオルを渡しながら、リンコが心配そうにいった。
「ああ、平気だ。俺だけ休んでるのも何だかおかしいし」
ボックは笑顔を作るが、リンコの表情は曇ったままだった。
「あの処分のことなら、ほとんどの人はもう気にしてませんよ」
「わかってる」
遠くから賑やかな音楽が聞こえてくる。川を上ってくる運搬船も、温泉街の湯煙も、大通りの人混みも、何も変わっていなかった。
「本当に、いい街だよな」
ボックは胸が一杯になるのを感じた。
リンコが道具箱からそっとカメラを取り出した。ボックは少し横を向いている。ファインダーを覗いたリンコは、ピントを合わせて静かにシャッターを切った。
「何だよ、いきなり」
ボックは驚いてリンコを見た。
「エルダさんからいただいたんです」
「いや、カメラのことじゃなくて」
リンコが小さく笑った。
「ボックさんが……ちゃんと働いたって証拠写真ですよ」
「別にかまわないけど」
ボックは不満そうにいって立ち上がった。
「さあ、暗くなってきた。早く降りなきゃ」
「はい」
歩き出した二人の背後。海へ続く街道に白い光が並んでいた。トラック、高級車、バス……途切れない車列が、セキの街を目指していた。




