step19 憂さ晴らし
step19
ホテル・マグノリアの2階。大広間に3台のベッドが並んでいた。
部屋から出てくる医者や看護師と入れ替わりに、ガストンズの選手たちが賑やかに入ってきた。ニトロとアンガスは、自力で起き上がってベッドの縁に座った。
「おい、調子はどうだ?」
ジョディーが、いきなり包帯で吊ったアンガスの右腕を叩いた。
「やめろ!痛てえに決まってんだろ!」
「元気そうじゃねえか」
アンガスを指差してダイクが笑った。
「ヘイ、俺はだいぶ落ち着いたぜ」
立ち上がろうとするニトロの肩をザイオンが押さえた。
「無理しないほうがいい」
ニトロは枕元にあった新聞を乱暴につかんだ。
「気分よく寝てもいられないさ。どいつもこいつも、俺たちのことを完全に八百長チームだってほざいてやがる」
「ああ、毎日よく飽きないもんだよ」
ボックが受け取った新聞をゴミ箱に投げ捨てた。
「あのー、皆さん。僕の心配は?」
窓際のベッドで寝たままのショウタがいった。
「もちろん、みんな心配してるぜ。早く新しいキャッチャーをスカウトしないとなってな」
「ひどくないですか、もう!」
ダイクがからかってもショウタは起き上がれない。少し笑った後、みんなが真剣な顔になった。
「ところで、明日の決勝戦はどうする?正直いって俺たち3人は使い物にならない」
ニトロは悔しそうに左足をさすった。
「残った面子で何とかするしかないだろ、ったく」
ハヤタが苛ついたようにいった。
「問題はキャッチャーだな」
ボックは天井を見上げる。
みんなが黙り込む中、思いつめたような顔をしたセイヤが歩み出た。
「……子どもの頃にやったことある」
「そうか。野球の才能からいって適任かもしれないな」
ザイオンがセイヤを見ながらいった。
「ちょっと、ちょっと!キャッチャーには頭脳が要求されるんですよ。せめて人並みの頭脳が!」
寝たままのショウタが叫んだ。
「頭脳的に息の根を止める」
そうつぶやいたセイヤがベッドに歩み寄って、ショウタの首を絞めにかかった。
「うん、今のは怒ってもいいな」
腕組みしたジョディーがうなずいた。
◇
ナトリの街の中心部。高層ホテルのエントランスに白いクラシックカーが停まっている。
「とにかく、お気を付けて」
運転席のエルダが、ルームミラーに映るボックとザイオンにいった。
「大丈夫。話をするだけだ」
ボックはそうこたえると、ふっと息を吐いた。
車を降りた二人は、回転ドアからホテルに入っていった。
タイル張りのロビーを横切ると、ガラスの壁の向こうに中庭が見えた。手前のラウンジで、数人の大男がくつろいだ様子でシャンパンを飲んでいた。
嘲るような冷たい視線が二人に注がれた。
「よお、久しぶりだな」
細身の黒人が立ち上がって、へらへら笑いながらザイオンに近づいた。
「WBLのサンタナが、なぜここにいるんだ?」
男が差し出した右手を無視してザイオンがいった。
「サンタナ?誰だそれは。俺はマードックだぜ。それより、お前らこそ何でここにいる?そうか、八百長の交渉にきたんだな」
他の男たちが口笛を吹いてはやし立てた。
ボックは注意深く端から順番に顔を見た。
「少なくとも、半分はWBLの選手ってわけか」
サンタナは、にやにや笑うばかりでこたえない。
「おお、元ドラフト候補だったか!結局、WBL選手にはなれなかったがな」
そういって立ち上がった男は大きな金の指輪をしていた。
「ビショップか。俺たちがWBLにいれば、あんたが最優秀投手に選ばれることもなかっただろうな」
鋭く睨みつけるボックの肩を、ザイオンがつかんだ。
「お前らに用はない。監督はどこだ?」
中庭に面した一番奥の席で、小太りの中年男が小さく手を上げた。
「あのー、私だが」
二人はゆっくりとテーブルの間を歩いて、男の前に立った。
ボックが静かに力を込めていう。
「ひとつだけ忠告しにきた。これ以上仲間を傷つけるような真似をしたら、一生後悔させてやる」
引きつった顔の男に背を向けて、二人はラウンジを後にした。
◇
ホテル・マグノリアの2階大広間。
「ヘイ、おかえり」
カードから目を離さずにニトロがいった。部屋の中にいくつも長椅子が持ち込まれて、ベッドの位置まで変わっている。ルームサービスのワゴンには、大量の酒瓶と灰皿。いくつかできたゲームに熱中する輪には、地下室にいた街の人々も加わっていた。
ボックとザイオンは、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「ああ、まともな人たちが戻ってきた。みんな賭けに夢中なんですよ。明日の夜には試合だっていうのに!」
思い切り端に寄せられたベッドで、寝たままのショウタが嘆いた。
「まあ、いいじゃないか。まだ時間はある」
ボックは空いている長椅子を引き寄せて座る。ザイオンがグラスを二つ持ってきた。
「ボックさん、気が付いてます?最近すっかりならず者っぽくなってますよ。セキに来た頃とは別人ですからね!」
ショウタが呆れたようにいった。
アンガスは器用に片手でカードを持っていた。
「よお、ならず者。ちょっと俺にも酒くれねえか?」
ボックは笑いながらこたえる。
「傷口にかけるのか?じゃあ強い酒がいいな」
「あら、面白そうね。アタシにやらせて頂戴!」
コジローが身を乗り出すと、アンガスは慌てて背中を向けた。
──カチャッ
ノブを回す音がした。
エルダの姿が見えると、全員が慌ててカードを隠した。
「あら、紳士の皆さん。まだお楽しみでしたの?まだ?」
部屋中を見渡すエルダの目は笑っていなかった。
開け放したドアの向こうから、聞き覚えのある足音が近づいてきた。
「こら!何をやってるんだい、お前たちは!」
怒鳴りつけたのは、ガストンママだった。
ガストンズの選手たち一斉に立ち上がる。無理にでも立とうとするニトロを、一緒に入ってきたリンコが座らせた。
「……何しに来やがったババア」
顔を背けたダイクが小声でつぶやいた。
「聞こえてんだよ、ダイク!」
ママはずかずかと部屋の真ん中に進んで、平手でダイクの頭を叩いた。
「ママ!応援に来てくれたの?」
チャックが嬉しそうに拍手した。
「けっ、幼稚園の運動会じゃないんだ。だらしないね、まったく」
ママはニトロを見て舌打ちした。
「アタシは忙しいんだ。とっとと用件だけ済ませるよ。ほらっ、入っておいで!」
全員の視線が入口に集まった。
ひょっこりとゲン爺が入ってくる。部屋中が喜びの声であふれた。
「もう完全に治ったのか?」
声を上ずらせたザイオンがゲン爺にいった。
「完全とはなんじゃ?完全は不完全、不完全はまた完全……」
「どうやら大丈夫そうだな。おかえり、ゲン爺!」
そういってジョディーは飛び跳ねた。
「……ゲン爺、ここはセキじゃない。投げてくれるのか?」
アンガスが不安そうにきいた。
うなずいたゲン爺は胸元を見せた。焦げた木片のネックレスが揺れていた。
「ちゃんと連れてきたぞい」
「それ、球場の……」
アンガスは口元を押さえてゲン爺を見つめた。
「ほらっ!あんたたちも突っ立ってんじゃないよ!」
再びママが廊下に向かって叫んだ。
ゆっくりと動く大きな影。現れたのはノットだった。
「兄貴?」
驚いたニトロは思わず立ち上がって、また座り込んだ。
続いて、うつむいたノザキが入ってきた。ガストンズの選手たちからブーイングが起きる。
「おう、でっかい汚いのと、ちっこい汚いの!見舞いにしちゃ手ぶらかよ?」
ジョディーが二人を睨みつけた。
「何だかオットセイの匂いがしますねー。まさかノザキじゃないよな?」
ショウタが声を張り上げた。
「いい加減にしな!お前たち!」
ママが手に持った空瓶をショウタに投げつけた。壁に当たった瓶が粉々に砕ける。
「怪我なんかするから、余計な金がかかっちまったじゃないか!」
ボックがおずおずときく。
「それは、どういうことですか?」
「鈍いね、坊やも。雇ったってことさ。タカハシのワガママでね」
一瞬おいて罵声が飛び交った。
「お黙り!文句がある奴には代打屋二人分の金を払ってもらうよ!」
ママが拳を振り上げた。
「おい、助けに来たとでも思ってんのか?」
ノザキの顔は真っ赤になっていた。
「ああ、俺たちは憂さ晴らしに来ただけさ。ブラザー、そういうことだ」
そういってノットはニトロにウィンクした。
部屋の隅で様子を見ていたリンコの横に、いつの間にかゲン爺が立っている。
「頼まれた物は持ってきたぞい。後で渡そう」
「ありがとう、ゲン爺」
そういってリンコは真っすぐ前を向いた。
◇
──ただ今から、第14回WBL主催、IBLアジアカップ決勝戦、アオバリーグ所属ベンジャーズ対フジリーグ所属ガストンズの試合を開催いたします
場内アナウンスを打ち消すように、場違いな声援が飛んだ。
「よっ、待ってました!今夜も儲けさせてくれよ!」
ライトスタンドの最前列に、セキの街の人々が十数人陣取っていた。
「おい、ボコボコにしてやれ!」
マッケンジーは、FBの仮装に使った真っ赤な布をマントのように羽織っていた。
「勝ったら、伊勢屋の飯を死ぬまでタダにしてやるぞい!」
そう叫んだギン婆さんの口を押さえて、伊勢屋の親父も叫ぶ。
「半月なら考えてやってもいいぞ!ただし、酒は金をとる!」
両手に持った握り飯を頬張る者、一升瓶を抱えて胡坐をかく者、後ろで苦い顔をした警備員が監視していた。
ガストンズの選手たちは、ダグアウトの前で円陣を組んでいた。
ボックが力強くグラブを叩いた。
「さあ、どっちにしてもこれで最後だ。みんな、俺は腹の底が熱くて仕方ないよ。怒ってるし、悲しんでるし、不安だし、楽しみだし、とにかくもうぐちゃぐちゃなんだ。だけど、これだけは忘れない。俺たちの野球をやろう。さあ、いこうぜ!」
「おう!」
ガストンズの選手たちは引き締まった顔で、それぞれの守備位置に向かって走り出した。




