↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/27

step19 憂さ晴らし

step19


 ホテル・マグノリアの2階。大広間に3台のベッドが並んでいた。


 部屋から出てくる医者や看護師と入れ替わりに、ガストンズの選手たちが賑やかに入ってきた。ニトロとアンガスは、自力で起き上がってベッドの縁に座った。

「おい、調子はどうだ?」

 ジョディーが、いきなり包帯で吊ったアンガスの右腕を叩いた。

「やめろ!痛てえに決まってんだろ!」

「元気そうじゃねえか」

 アンガスを指差してダイクが笑った。

「ヘイ、俺はだいぶ落ち着いたぜ」

 立ち上がろうとするニトロの肩をザイオンが押さえた。

「無理しないほうがいい」

 ニトロは枕元にあった新聞を乱暴につかんだ。

「気分よく寝てもいられないさ。どいつもこいつも、俺たちのことを完全に八百長チームだってほざいてやがる」

「ああ、毎日よく飽きないもんだよ」

 ボックが受け取った新聞をゴミ箱に投げ捨てた。


「あのー、皆さん。僕の心配は?」

 窓際のベッドで寝たままのショウタがいった。

「もちろん、みんな心配してるぜ。早く新しいキャッチャーをスカウトしないとなってな」

「ひどくないですか、もう!」

 ダイクがからかってもショウタは起き上がれない。少し笑った後、みんなが真剣な顔になった。

「ところで、明日の決勝戦はどうする?正直いって俺たち3人は使い物にならない」

 ニトロは悔しそうに左足をさすった。

「残った面子で何とかするしかないだろ、ったく」

 ハヤタが苛ついたようにいった。

「問題はキャッチャーだな」

 ボックは天井を見上げる。


 みんなが黙り込む中、思いつめたような顔をしたセイヤが歩み出た。

「……子どもの頃にやったことある」

「そうか。野球の才能からいって適任かもしれないな」

 ザイオンがセイヤを見ながらいった。

「ちょっと、ちょっと!キャッチャーには頭脳が要求されるんですよ。せめて人並みの頭脳が!」

 寝たままのショウタが叫んだ。

「頭脳的に息の根を止める」

 そうつぶやいたセイヤがベッドに歩み寄って、ショウタの首を絞めにかかった。

「うん、今のは怒ってもいいな」

 腕組みしたジョディーがうなずいた。


   ◇


 ナトリの街の中心部。高層ホテルのエントランスに白いクラシックカーが停まっている。


「とにかく、お気を付けて」

 運転席のエルダが、ルームミラーに映るボックとザイオンにいった。

「大丈夫。話をするだけだ」

 ボックはそうこたえると、ふっと息を吐いた。

車を降りた二人は、回転ドアからホテルに入っていった。


 タイル張りのロビーを横切ると、ガラスの壁の向こうに中庭が見えた。手前のラウンジで、数人の大男がくつろいだ様子でシャンパンを飲んでいた。

 嘲るような冷たい視線が二人に注がれた。

「よお、久しぶりだな」

 細身の黒人が立ち上がって、へらへら笑いながらザイオンに近づいた。

「WBLのサンタナが、なぜここにいるんだ?」

 男が差し出した右手を無視してザイオンがいった。

「サンタナ?誰だそれは。俺はマードックだぜ。それより、お前らこそ何でここにいる?そうか、八百長の交渉にきたんだな」

 他の男たちが口笛を吹いてはやし立てた。

 ボックは注意深く端から順番に顔を見た。

「少なくとも、半分はWBLの選手ってわけか」

 サンタナは、にやにや笑うばかりでこたえない。

「おお、元ドラフト候補だったか!結局、WBL選手にはなれなかったがな」

 そういって立ち上がった男は大きな金の指輪をしていた。

「ビショップか。俺たちがWBLにいれば、あんたが最優秀投手に選ばれることもなかっただろうな」

 鋭く睨みつけるボックの肩を、ザイオンがつかんだ。

「お前らに用はない。監督はどこだ?」

 中庭に面した一番奥の席で、小太りの中年男が小さく手を上げた。

「あのー、私だが」


 二人はゆっくりとテーブルの間を歩いて、男の前に立った。

 ボックが静かに力を込めていう。

「ひとつだけ忠告しにきた。これ以上仲間を傷つけるような真似をしたら、一生後悔させてやる」

 引きつった顔の男に背を向けて、二人はラウンジを後にした。


   ◇


 ホテル・マグノリアの2階大広間。


「ヘイ、おかえり」

 カードから目を離さずにニトロがいった。部屋の中にいくつも長椅子が持ち込まれて、ベッドの位置まで変わっている。ルームサービスのワゴンには、大量の酒瓶と灰皿。いくつかできたゲームに熱中する輪には、地下室にいた街の人々も加わっていた。

 ボックとザイオンは、顔を見合わせて同時に吹き出した。

「ああ、まともな人たちが戻ってきた。みんな賭けに夢中なんですよ。明日の夜には試合だっていうのに!」

 思い切り端に寄せられたベッドで、寝たままのショウタが嘆いた。

「まあ、いいじゃないか。まだ時間はある」

 ボックは空いている長椅子を引き寄せて座る。ザイオンがグラスを二つ持ってきた。

「ボックさん、気が付いてます?最近すっかりならず者っぽくなってますよ。セキに来た頃とは別人ですからね!」

 ショウタが呆れたようにいった。

 アンガスは器用に片手でカードを持っていた。

「よお、ならず者。ちょっと俺にも酒くれねえか?」

 ボックは笑いながらこたえる。

「傷口にかけるのか?じゃあ強い酒がいいな」

「あら、面白そうね。アタシにやらせて頂戴!」

 コジローが身を乗り出すと、アンガスは慌てて背中を向けた。


──カチャッ

 ノブを回す音がした。

 エルダの姿が見えると、全員が慌ててカードを隠した。

「あら、紳士の皆さん。まだお楽しみでしたの?まだ?」

 部屋中を見渡すエルダの目は笑っていなかった。


 開け放したドアの向こうから、聞き覚えのある足音が近づいてきた。

「こら!何をやってるんだい、お前たちは!」

 怒鳴りつけたのは、ガストンママだった。

 ガストンズの選手たち一斉に立ち上がる。無理にでも立とうとするニトロを、一緒に入ってきたリンコが座らせた。

「……何しに来やがったババア」

 顔を背けたダイクが小声でつぶやいた。

「聞こえてんだよ、ダイク!」

 ママはずかずかと部屋の真ん中に進んで、平手でダイクの頭を叩いた。

「ママ!応援に来てくれたの?」

 チャックが嬉しそうに拍手した。

「けっ、幼稚園の運動会じゃないんだ。だらしないね、まったく」

 ママはニトロを見て舌打ちした。

「アタシは忙しいんだ。とっとと用件だけ済ませるよ。ほらっ、入っておいで!」

 全員の視線が入口に集まった。


 ひょっこりとゲン爺が入ってくる。部屋中が喜びの声であふれた。

「もう完全に治ったのか?」

 声を上ずらせたザイオンがゲン爺にいった。

「完全とはなんじゃ?完全は不完全、不完全はまた完全……」

「どうやら大丈夫そうだな。おかえり、ゲン爺!」

 そういってジョディーは飛び跳ねた。

「……ゲン爺、ここはセキじゃない。投げてくれるのか?」

 アンガスが不安そうにきいた。

 うなずいたゲン爺は胸元を見せた。焦げた木片のネックレスが揺れていた。

「ちゃんと連れてきたぞい」

「それ、球場の……」

 アンガスは口元を押さえてゲン爺を見つめた。

 

「ほらっ!あんたたちも突っ立ってんじゃないよ!」

 再びママが廊下に向かって叫んだ。

 ゆっくりと動く大きな影。現れたのはノットだった。

「兄貴?」

 驚いたニトロは思わず立ち上がって、また座り込んだ。

 続いて、うつむいたノザキが入ってきた。ガストンズの選手たちからブーイングが起きる。

「おう、でっかい汚いのと、ちっこい汚いの!見舞いにしちゃ手ぶらかよ?」

 ジョディーが二人を睨みつけた。

「何だかオットセイの匂いがしますねー。まさかノザキじゃないよな?」

 ショウタが声を張り上げた。

「いい加減にしな!お前たち!」

 ママが手に持った空瓶をショウタに投げつけた。壁に当たった瓶が粉々に砕ける。

「怪我なんかするから、余計な金がかかっちまったじゃないか!」

 ボックがおずおずときく。

「それは、どういうことですか?」

「鈍いね、坊やも。雇ったってことさ。タカハシのワガママでね」

 一瞬おいて罵声が飛び交った。

「お黙り!文句がある奴には代打屋二人分の金を払ってもらうよ!」

 ママが拳を振り上げた。

「おい、助けに来たとでも思ってんのか?」

 ノザキの顔は真っ赤になっていた。

「ああ、俺たちは憂さ晴らしに来ただけさ。ブラザー、そういうことだ」

 そういってノットはニトロにウィンクした。


 部屋の隅で様子を見ていたリンコの横に、いつの間にかゲン爺が立っている。

「頼まれた物は持ってきたぞい。後で渡そう」

「ありがとう、ゲン爺」

 そういってリンコは真っすぐ前を向いた。


   ◇


──ただ今から、第14回WBL主催、IBLアジアカップ決勝戦、アオバリーグ所属ベンジャーズ対フジリーグ所属ガストンズの試合を開催いたします

 場内アナウンスを打ち消すように、場違いな声援が飛んだ。

「よっ、待ってました!今夜も儲けさせてくれよ!」

 ライトスタンドの最前列に、セキの街の人々が十数人陣取っていた。

「おい、ボコボコにしてやれ!」

 マッケンジーは、FBの仮装に使った真っ赤な布をマントのように羽織っていた。

「勝ったら、伊勢屋の飯を死ぬまでタダにしてやるぞい!」

 そう叫んだギン婆さんの口を押さえて、伊勢屋の親父も叫ぶ。

「半月なら考えてやってもいいぞ!ただし、酒は金をとる!」

 両手に持った握り飯を頬張る者、一升瓶を抱えて胡坐をかく者、後ろで苦い顔をした警備員が監視していた。


 ガストンズの選手たちは、ダグアウトの前で円陣を組んでいた。

 ボックが力強くグラブを叩いた。

「さあ、どっちにしてもこれで最後だ。みんな、俺は腹の底が熱くて仕方ないよ。怒ってるし、悲しんでるし、不安だし、楽しみだし、とにかくもうぐちゃぐちゃなんだ。だけど、これだけは忘れない。俺たちの野球をやろう。さあ、いこうぜ!」

「おう!」

 ガストンズの選手たちは引き締まった顔で、それぞれの守備位置に向かって走り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。