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step14 失ったもの

step14


 材木の上に置かれたラジオ。コメンテーターの女が柔らかい声でいう。

──残念ですけど、通達を無視した責任は大きいでしょうね。セキの街でも、チームの評判はガタ落ちです。火の鳥はね、なるべく早く保護してあげるべきだと思いますね

 ごつい手が伸びて、ラジオのチューニングダイヤルを乱暴に回した。


「ですからね、おばあちゃん。我々はあの生き物の調査を委託された会社の者なんです」

 困ったように頭をかく男。

「火の鳥?あんたら眼医者にいったほうがいいんじゃねえか?」

 物干し竿にタオルをかけるギン婆さんが、年寄りらしく腰を曲げた。

 白シャツの二人組はFBを車で追っていた男たちだった。

「教えていただければ、礼金もお渡しできるのですが……」

 ギンの顔つきが変わる。周囲を見渡したギンは、男たちに手招きしてしゃがみ込んだ。

 それから耳元でささやいた。

「実はな、あれは妖怪なんじゃ。その姿を見た者は……」

「どうなるんですか?」

 右手を差し出すギン。舌打ちした男が、鞄から取り出した封筒を渡した。素早く中身を確認したギンは、一息置いて二人の耳に大声で叫んだ。

「ハゲる!」

「ひぃーーー!」

 尻もちをついた二人を置いて、ギンは風のように走り去った。


 いつものように賑わう街の中心部。

 白シャツの男たちが、汗を拭いながら人混みを歩いていた。すれ違う何人かは、その姿を見て腹立たしそうに顔を背けた。

「おーい!火の鳥が出たぞー!」

 顔を見合わせた男たちは、声がした方へ走り出した。道沿いに並ぶ露店の主人たちは、にやにやと笑っていた。

 橋の上まで来た二人組は河原の先に火の鳥を見つけた。急いで階段を駆け下りるが、すでにいなくなっていた。

「こっちだー!火の鳥がいるぞ!」

 今度は橋の上から声が聞こえた。男たちは階段を上がって通りの先を見た。神社の前で赤い物体が手招きしている。その次は木材加工所、次は操車場、次は温泉施設と、火の鳥は現れては消えた。

 二人組は広場の舞台の前で息を切らしていた。

 WBLの券売所の屋上。見下ろす若者たちが、真っ赤な布と仮面を振り回して大声で笑っている。

「お疲れちゃーーーん!」

 勝ち誇るうちの一人はマッケンジーだった。

 白シャツの男たちは、ただ苦い顔をするしかなかった。


 夕暮れ時の伊勢屋は、仕事を上がった労働者たちで一杯だった。疲れた様子の白シャツの男たちが、奥のテーブル席でビールを飲んでいた。

 腕まくりした男が小声でいう。

「この調子じゃ、捕獲どころか居場所すらつかめないな」

「しかし、この街の住民は何で球場に火をつけた犯人をかばうんですかね?」

「知らんよ。犯人じゃないことに勘付いてるのかもな」

 男はお酌を断って自分でビールを注いだ。 

「まあいいさ。あの球場の裂け目に水がある以上、火の鳥は逃げ出せないんだろうから」

 二人は運ばれてきた料理を小皿に取り分けて食べ始めた。

──ガチッ!

 黒い塊を吐き出してビールで口をすすぐ。

「おい、何だこれは!」

 腕まくりの男が、カウンターの中で鍋を振る親父を怒鳴りつけた。

 鉢巻をとった親父が無表情でこたえる。

「お客さん、セキ名物を知らないのかい?そいつは石炭の唐揚げさ」

「そんなもの注文してないぞ!」

 白シャツの男たちが立ち上がると、応じるように親父が厨房から出てきた。

「口に合わないなら、帰れ!二度とこの街に来るんじゃねえぞ!」

 そういって親父は二人を交互に睨みつけた。

「仕方ないな……」

 男が黒い鞄の中から警棒を取り出して、一振りして伸ばした。

 店中の客たちが次々と立ち上がって男たちの方へ身体を向けた。

「一度出したもん、引っ込めんじゃねえぞ?」

 親父が低い声でいった。店の奥では、女将と手伝いの娘がフライパンを構えている。どの顔も怒りに満ちていて、真っすぐに男たちを見ていた。

 扇風機が回る音だけが聞こえる。


──ガシャン!

 突然、腕まくりの男が警棒を振り上げて、棚に飾ってあった花瓶を割った。

「この街の奴らは、頭がおかしいんだよ!」

 そう言い残して、二人組は客たちを押しのけて店から出ていった。

 親父の手は震えていた。

「礼はいわないぞ。でも……ありがとうな」

 その言葉に黙ってうなずいた客たちは、またそれぞれの席に座って飲み食いを始めた。

 女将が心配そうに寄り添う。

「あれが噂になってる調査会社かい?」

「堅気があんなことするか!何にしたって疫病神には違いねえさ」

 親父はそういって鉢巻を頭に結び直した。


   ◇

 

 山の向こうで雷が鳴っていた。灰色の雲から降る細かい雨が、色づきかけた葉を濡らしている。


 線路を越えて川沿いの道を進む5つの傘。先頭にリンコ、セイヤとジョディーが続く。ボックとザイオンは少し離れて歩いていた。

「リンコ、何でそんなに大荷物なんだ?」

 ジョディーがリンコのリュックを指差した。

「焼き菓子と缶詰を、ありったけ詰めてきたんです。自由に外出できないと思って」

 ジョディーは感心してうなずいた。

「やっぱり優しいな、リンコは。もうチームのお守りなんかやめて、早くいい相手を見つけろよ」

 リンコはさっと顔を赤らめた。

「ジョディーさん、おっさんみたい。でも、僕もそう思う」

 セイヤが無表情でいった。

 慌てたリンコは二人を交互に見た。

「そ、そんなことより、後ろに注意してくださいよ!尾行されるかもっていったのはジョディーさんなんですからね!」

「わかった、わかった」

 ジョディーは振り返って周囲に目を向けた。


「なあ、ボック」

 ザイオンが声をかけた。

 前をいくボックは、歩きながらこたえる。

「なんだ?」

 ザイオンはゆっくりといった。

「お前は、たぶん理由も知らずにWBLから排除されたんだろう」

 ボックは少し驚いたが、落ち着いて返した。

「ああ。今でもなぜかわからない」

「そうか。俺は不注意から故障してお払い箱になった」

 立ち止まったボックが振り返ってきいた。

「後悔は?」

 ザイオンも足を止める。

「消えた、もう完全にな。お前は?」

 小さな滝から水が落ちる音が聞こえる。ボックは自分の心を確かめた。存在を消された惨めな気持ち、身元を隠して代打屋になった日、心が擦り切れるような放浪、すべてがまだどこか消え残っていた。

 ボックは、うつむいてこたえた。

「俺は……俺も同じだよ」

「そうか。でもな、違うところもある。俺は意外と器用なんだ。お前はそうじゃないだろ?」

 ザイオンはそういって口元を緩めた。


 生い茂る草木の先に、コンクリートの建物が見えてきた。

「あれ?」

 まず気付いたのはセイヤだった。ガラス窓が少し開いていて黄ばんだカーテンが揺れている。

「前はちゃんと閉じてたのに……」

 リンコが言い終わらないうちに、ボックは裏に急いだ。

 いくらノックしても返事はなかった。ボックは思い切ってドアノブを回した。

──ヤア……ミンナ

 聞こえるはずの声がしない。薄暗い部屋の中は静まり返っていた。コップと歯ブラシ、ウサギの絵がついたティーポット、凹んだヤカン、すべてがきちんと並べられていた。

「いない、みたいだな」

 ジョディーがつぶやいた。

 リンコがヤカンの蓋をとる。

「しばらく使ってませんね」

 そういって、不安げに部屋の様子を観察した。

 ボックは奥を見た。天井から吊るされた鉄のブランコが揺れていた。

「さっきまでいたってこと?」

 セイヤが小声できいた。

「いいや、風だろう」

 そうこたえたボックの目に、伏せられた本が映った。『地球の図鑑』。ボックが贈ったものだった。

 ザイオンは、床にうっすらと残る黒い筋を見つけた。

「出ていったのかもしれないな」

 リンコが首を振る。

「違います……そんなの、あの子らしくない」

 冷たい風が吹き込んできた。リンコは窓を閉めると、黙ってリュックの中身をテーブルの上に並べ始めた。

 ジョディーは、小さく名前を呼びながら戸棚や引き出しを開けて回った。

 しばらくしてボックがいった。

「……戻ろう」

 全員がうなずいた。


 セキドーム球場には、まだ焦げた匂いが残っていた。ボックたちは、傘を差したまま大穴を通って池の方へ向かった。

 水面に浮かんでいた灰や木片は、ほとんど沈んでいた。

「……湯気?」

 セイヤが目を凝らす。確かに水面から白い湯気が立ち上っていた。ジョディーがそっと水の中に指を入れる。

「おい、あったかいぞ!」

 全員がおずおずと温度を確かめた。

「本当だな」

 ザイオンがつぶやいた。

「FBが飛び込んでお湯になった、とか?」

 セイヤがいった。

 水面がわずかに動いて波紋が広がった。思わずみんながその中心を見つめる。だが、何も起きない。

「まったく、どこいったんだあいつ」

 ジョディーが立ち上がって周りを見た。

「……大丈夫だ」

 ボックが静かにいった。

「きっと戻ってくる」

 理由はないが確信があった。

 リンコが静かにうなずく。

「はい。あの子、約束しましたもんね」

 ――ミンナ……マタキテ……クレル?

 FBの声がボックの耳にも蘇った。

「チャックさんなら、きっとこういう」

 セイヤは、胸の前で手を広げて天を仰いだ。

「神様は、時々姿を消す時があるね」

 全員が小さく笑った。


 遠くで稲妻が光った。古戦場のような球場で5人の傘は小さな花のように見えた。



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