step13 焼け落ちた心
step13
アスナロ亭を照らす陽射しが通り過ぎる雲に遮られた。
リンコが古いビデオデッキを叩くと、テレビの画面が映った。
ニュースキャスターの男が無表情で原稿を読む。
──セキドーム球場の火事について、専門家は放火の可能性が高いとの見解を示しています。この球場では全身に炎をまとった、いわゆる火の鳥がたびたび目撃されていて、当局は関連性を検証していくとコメントしています
キャスターの後ろに、燃え盛る球場の上空を旋回するFBの姿が大きく映し出された。
「やられちまったね……」
テレビを消したガストンママが沈んだ声でいった。ニトロ、ショウタ、コジロー、チャック、ジョディー、ガストンズの選手たちが無言で立っている。
「ここまでやってくるとは。私の読みが甘かった」
やつれ果てた顔のオーナーがいった。タカハシが二人の小さな肩をそっと抱いた。
「……みんな、本当にすまない。話したように俺の責任だ。あそこであいつらを止めていれば、こんなことにはならなかった」
真っ青な顔をしたザイオンが声を絞り出した。
「責任というなら、たぶん怒らせたのは俺だ」
ボックの声も震えていた。
「ヘイ、もう誰のせいとかいう話はやめようぜ」
静かにいったニトロはうつむいた。そして、ゆっくりと泣き出した。小さな嗚咽がやがて叫びに変わって、地団駄を踏んだニトロは床に崩れ落ちた。
鬼が吠えるような泣き声は、長い時間止まらない。肩を震わせる者、拳を握る者、固く唇を結ぶ者、誰もが心を握り潰されたように感じていた。
重い空気の中、ダイクが切り出した。
「大変なことになっちまった。だけど、これで終わりか?どうなんだよ、なあ?」
苛立ったハヤタがこたえる。
「球場を直せば元通りって話じゃないんだぜ、ったく」
「そんなことはわかってる。じゃあ、球場を燃やされた八百長チームのまま終わんのか?」
「きっと明後日には、八百長の証拠を消すためにFBに放火させたチームになってるだろうよ」
睨み合う二人の間にコジローが割って入った。
「だいたい、あいつらの目的は何なのよ?何でここまでされなきゃいけないの?」
ジョディーが怒りを滲ませる。
「WBLのクジが売れない、指示はきかない、変な生き物がいる……だからってよ」
目を閉じたオーナーがいった。
「それもそう。だけどね、恐らく彼らには何の意思もないんだよ、何もね。それと……」
そういって金色に縁取られた大きな封筒をテーブルの上に置いた。
「アジアカップへの出場要請書だ」
驚いたみんながテーブルの周りに集まって、文書を回し読んだ。
「回答期限、過ぎてる」
セイヤがつぶやいた。
「そう、返事はしなかった。これが最後の一押しになったのかもしれない。だから私の責任だ」
頭を下げようとするオーナーを止めて、タカハシがいった。
「WBLの目的はチームの崩壊とFBだろうね。だからオーナーは無視したんだよ」
書面を覗き込んだショウタは、できるだけ明るい声を出した。
「アジアカップか。すごいですねー!」
ダイクが顔を寄せる。
「おお、確かにすげえな。この賞金があれば球場を直したって相当残る」
ジョディーが舌打ちした。
「どうせ奴らが撒いたエサだったんだろう。食いついた途端に釣られちまってた」
入口のドアベルが鳴った。
「遅くなったのう、皆の衆」
車椅子に乗ったゲン爺が逆光に浮かび上がった。
「もう大丈夫なのか?」
真っ先に駆け寄ったザイオンが、包帯が巻かれたゲン爺の右腕をさすった。
「ああ、お陰様でな。青い炎に救われたわい」
全員がゲン爺の周りに集まって、口々に声をかけた。
「ありがとう、神様。やっぱり神様ね」
チャックが派手な柄のハンカチで涙を拭った。
「フン!来るなっていったのに。無理すんじゃないよ、この死にぞこないが!」
ママはそう吐き捨てて、タバコをくわえた。
リンコがゲン爺の車椅子をテーブルまで押した。ララからトレーを受け取ったマナが、危なっかしくお茶を運んできた。お礼をいって一口すすったゲン爺は、ザイオンに向き直った。
「すまんかったの。わけがわからなくなってしもうて」
「俺こそ悪かった。とにかく無事でよかった」
「それでじゃ。置いてきた心は何といっていた?聞こえたか、声が?」
顔を曇らせたザイオンは、しばらく考えてからはっきりとこたえた。
「ああ、聞こえた」
そういって、ポケットからメモを取り出して細かくなるまで破った。
「それをこちらへ」
ザイオンから受け取った紙片を握るゲン爺。ゆっくりと手を広げると一輪のガーベラが現れた。
「すごい、おじいちゃん!」
驚いたマナに花を渡したゲン爺は、満足そうにうなずいた。
「ボックさん、アジアカップってどんなですか?」
ショウタの声に全員が動きを止めた。
「どんなって、IBLのトップを決めるトーナメントだよ。選ばれた8チームが出場できる」
ボックは代打屋として出場した試合を思い出した。雇われたオキナワのチームが準優勝したことよりも、堅苦しいセレモニーや熱を感じない観客のことが頭に蘇ってくる。
「俺も出たことがある。あれはダメだ。そんなにいいものじゃない」
ザイオンが首を振った。
「でも賞金はもらえるんだろ?それもインチキなのか?」
アンガスは怒ったようにいった。
「勝てるのかい?」
ママが静かに口を開いた。
「あれはね、普通の試合じゃなくて……」
「黙りな、タカハシ!ボックにきいてんだ!」
ボックは考えた。どんな汚い手を使ってくるかもしれない。そうじゃなかったとしても……IBLの有力選手たちの顔が次々と浮かんでき。
「難しいと思います。でもわからない、このチームなら」
全員がママの顔を見た。ママはタバコを深々と吸って、ゆっくりと煙を吐いた。
「そうだねぇ……乗ってやるか。たぶん今から返事したって何とかなるだろうさ」
「ど、どうしたんだい急に?よく考えないと!」
慌てたオーナーがママに詰め寄った。
「入る金は全部アタシがもらうよ。いいのかい?」
ママがにやりと笑った。
選手たちは黙ってうなずいた。
立ち上がったママが目を見開いた。
「だいたい、大事な家に火をつけられたんだ。黙ってられるかってんだよ。街の奴らにも顔向けできないじゃないか」
ママはしっかりと一人ひとりの顔を見た。
「いいかい、坊やたち。これは意地だよ。意地以外ないんだ。見世物になったって構いやしない。いい子ぶるんじゃないよ、全力でかましてやりな!」
選手たちの顔にうっすらと力が戻った。
「やるのかい?ほらっ、返事は?」
ママは思い切り机を叩いた。
「おう!」
全員が声を上げた。
ママが引き締まった顔で叫ぶ。
「そうと決まれば、トウホクに乗り込む準備だ。ダーリン、急いでWBLに連絡しとくれ!リンコとダイクはアレを用意しな!さあ元気をお出し。今夜は奢るよ!」
◇
「ヘイ、ずいぶんすっきりしたな!」
振り向いたニトロが、ぎこちない笑顔を作ってみせた。
黒焦げの木片を踏みしめて、ガストンズの選手たちが進む。ジョディーが、水たまりの中からボールを拾ってアンガスに渡した。
「ひでえ匂いだな」
鼻を押さえたダイクがいった。
「これは夢?悪い夢?」
立ち止まったチャックが両手で顔を覆った。
メインゲートからホームベースの辺りまで、まるで隕石が通ったような大穴があいていた。屋根は弓状に引き千切られて、固まった樹脂が氷柱のように垂れ下がっていた。
「一口だけ食われた饅頭って感じですね」
ショウタがいった。
「うまいこという。こんな時だけ」
セイヤが力なくつぶやいた。
「まあ、一口で済んでるようにも見えるな」
ハヤタがうなずいた。
ボックはザイオンと並んで洞窟の入口のような穴の前に立って、フィールドを見ていた。美しかった芝は茶色く斑になって、焼けた梁がいくつも落ちていた。内野より向こうの屋根は煤けてはいるが穴はどこにもない。
「……直せないことはないな」
ザイオンがそういって歩いていった。
池の水面は、燃え屑と細かい灰で覆われていた。選手たちは湿った木枠に力なく座り込んだ。
「試合中じゃなくてよかったね……」
しんみりとチャックがいった。
「そうですね、本当に」
ショウタは拾い上げた小枝で水面を掻き回した。
「魂を抜かれたみたいよ……」
コジローが疲れ切ったようにため息をついた。
横を向いたニトロが声を潜めてきいた。
「ヘイ、ボック。アジアカップ、大丈夫かな?」
ボックは少し考えてから小声で返した。
「あんたにできないことなんかないさ」
ニトロの表情は晴れない。
「だけど……不安なんだ」
「決まったことだろ?ガストンズの野球を見せにいくだけだよ」
ボックはまだ濡れている芝に触れた。それから、ゆっくりとグラウンドを見渡した。木造ドームに響き渡る歓声までが、燃やされてしまったように感じた。
「そういえば、まだFBに礼をいってなかったな」
アンガスがぽつりといった。
「ああ、そうだな」
全員がうなずいて、申し合わせたようにライトポールを見上げた。




