表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能な三代目当主は二つの貌を持つ。 ―13歳の少女執事だけが、それを知っている。  作者: カクナノゾム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/24

据え膳と氷姫

「箱の大きさは」


「え……?」


「その荷馬車の箱だ。酒樽くらいか。それとも、簞笥くらいか」


「……簞笥、くらいだって。なんで、そんなこと」


「ん」


 ――またか。

 ヴィンセントは、腹の底が冷えていくのを感じる。またぞろ、番号を欲しがる連中が動いている。市の帰り。ふっつり。港。簞笥ほどの箱。――繋がる。嫌なほど、きれいに繋がりやがる。


 昨夜吊るしたあの豚は、しょせん買い手のひとりだ。買い手を狩ったところで、仕入れる者がいるかぎり、檻は空かない。──だが、その先にいる「頭」の顔だけは、まだ、誰にも言わない。確信が刃になるまでは、鞘の中だ。


 主は懐から銀貨を掴み出し、節くれだった大きな手で、女の細い手を包むように握らせた。今度は、笑わなかった。


「必ず、家に灯りを点けとけ。夜は、消すな」


「灯り……?」


「子供ってのは、灯りを目印に帰るもんだ」


「……帰って、くるのかい」


「掃除屋に、心当たりがある。任せとけ」


「そうじ、や……?」


「ゴルモアの夜間清掃業。……昔からある稼業だよ」


 ――ああ。この人は、もう嗅ぎ当てている。

 番号で呼ばれ始めた子供たちが、この街のどこで箱に詰められているのかを。そうクロエが胸の内で確信したとき──


 しなを作った女が、主の膝に、ぽすんと腰を落とした。


 娼館の女だった。紅い唇が、主の無精髭に触れそうな距離まで寄った。


「旦那ぁ、久しぶりぃ。今夜、上に来てくれる? あたし、ずっと待ってたのよぉ」


「おうおう、そう急かすな。据え膳は冷めてからが乙って言うだろ」


「言わないわよそんなの!」


「言うんだよ、通の間ではな」


「どこの通よ!」


「主に俺の間で」


「一人じゃないの、それ!」


 主が、へらへらと鼻の下を伸ばす。

 つい今しがた、子を攫われた母に「灯りを消すな」と告げた、その同じ喉で。──男の中では、この二つは矛盾しない。悲しみを数えた口で、次の瞬間には軽口を叩く。


 そうやって釣り合いを取らねば、この稼業は八年も続かない。重いものばかり抱えていたら、とっくに霧の底へ沈んでいる。だから、笑う。へらへらと、しまりなく。


 ……それが、この女たちにとっても、いっとき息のつける相手であることも、まあ、都合のいい言い訳のうちだ。


 ――が。


 クロエ・アルジェント、十三歳の内側で、何かが、ぎゅうと音を立てた。


 ……なんだ、あの、だらしのない顔は。


 気づけば少女は、白手袋の指を固く組んでいた。爪が掌に食い込む。理由は、ない。強いて挙げるなら、業務効率の問題だった。ここで油を売られては午餐会に遅れる。そう、これは時間の問題だ。


 断じて、それ以外の、名前のつかない何かではない。──と、彼女は懸命に自分へ言い聞かせた。言い聞かせるほどに、頬の裏が、じわりと熱くなっていくのが、我ながら業腹だった。


「ご主人様」


 その声は、我ながら、氷のように尖った。


「据え膳が冷める前に、午餐会が冷めます。お立ちください」


「お、おう……? まだ時間は」


「ありません。道が混みます」


「この街で馬車が混むのは夕方だろ」


「本日は特別に混みます。雪が降りますので。私の見立てでは」


「執事の見立てに天気予報まで入ってたか? それにこの季節に雪だぁ?」


「入っております。本日の灰路地は、これより急速に冷え込みます。……雪が振りますので」


「……もう冷えてる気がするなあ、なんでかなあ」


 女がびくりと少女を見て、そそくさと膝から退いた。主は困ったように頭を掻く。


「……こわ。うちの執事、氷でできてんのか」


「氷で結構です。あなたの据え膳を冷やすには、ちょうどよろしいかと」


 ひゅう、と口笛が飛んだ。酒場のどこかから。


 主は銀貨をもう一枚カウンターに置き、女の手にそっと握らせた。


「悪いな。今日は氷に連れ戻される。取っとけ」


「……旦那って、ほんと、変な金持ちよね」


「よく言われる」


 女の顔から作り笑いが消えて、ただの、疲れた娘の顔になった。彼女もまた、この人の「相談事」の一人なのかもしれない。そう思い至って、クロエは自分の尖った声が、急に恥ずかしくなった。頬の裏が、じわりと熱い。


 ……いや。恥ずかしくなど、ない。執事たる者、感情を面に出してはならぬのだ。


「行くぞ、氷姫」


「クロエ、と申します」


「知ってる。ベーコン、夜は多めな」


「――却下です」


「昼の交渉では一枚半まで行ったろ」


「あれは朝食の交渉です。夕食は白紙からです」


「じゃあ三枚からだな」


「白紙と申し上げました! 積み増してどうするのですか!」


 路地を出る大きな背中を、酒場じゅうの「またな旦那」が追いかけてくる。

 下町の英雄。気の良い旦那。膿を数える聞き役。そして、女にでれでれの、しょうもない中年。

 全部、この男の顔だ。全部が嘘で、全部が本当である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ