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無能な三代目当主は二つの貌を持つ。 ―13歳の少女執事だけが、それを知っている。  作者: カクナノゾム


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戦利品の首飾り

「気づいてるだろ、天の火。この鋼糸、どっかで見た覚えねえか」


「……その鋼糸」


 ヴィンセントの声が、低く沈んだ。編み目の癖、撚りの間隔、鋼糸尻の結び方。忘れるわけがない。八年間、隣で戦った男の、手仕事の癖だ。


「よく分かったなあ、ここが。……そうか、そうだよなあ。ここは、あんたにとっても、思い出の舞台だもんなあ」


 瓦礫の上に、義手の男が立っていた。使い古された軍装の残骸、鋼の義手。首には二十年前の勲章が、戦利品のように無造作にぶら下がり、その脇に――小さな鎖に連なった、いくつもの品が、じゃらじゃらと、夜風に揺れている。


 指輪。ボタン。折れた歯。使い込まれた櫛の欠片。


「気づいた顔だな。ああ、そうだよ」


 ガルムは、鋼糸巻きを、掌の上で弄びながら、うっとりと笑った。


「あの赤毛の忘れ形見だ。……いい仕事をする鋼糸でな。捨てるにゃ惜しくて、八年、大事に使わせてもらってる」


「……お前」


「殺しの、記念品だ」


「気に入った殺しほど、何か持って帰る。……そういう趣味か」


「趣味じゃねえ。勲章だよ」


 ガルムは、鎖を、指でなぞった。愛おしむように、丁寧に、ひとつずつ。


「戦場じゃ、いい仕事をすりゃ、国が勲章をくれた。今は誰もくれねえから、自分でつけてやってる。……傑作にゃ、傑作の印がいるだろ?」


「品のねえ勲章だ」


「上等な仕事をした奴の言葉とは思えねえなあ」


 義手が、低く唸った。空気が、震える。


「鳴らしてやるよ。あんたにも、聞かせてやる。……祭りの、始まりの音を」


 義手の中枢が、赤く発光した。次の瞬間、音の塊が、放たれる。


 衝撃波が瓦礫を砕き、空気そのものを殴りつけた。光ではない。灯りを落としても意味のない、純粋な音の暴威だ。ヴィンセントは横に跳び、瓦礫の陰へ転がり込む。石畳が抉れ、破片が霧の中へ飛び散った。


「――ちっ」


 耳の奥が、痺れる。膝をついたまま、ヴィンセントは奥歯を噛んだ。この攻撃は、光源とは無関係だ。倉庫での戦いのように灯りを落とす手が、今夜は通じない。


「気づいたか? 俺の音は、暗闇でも見えるのさ。義手の中に、耳を仕込んでる。……お前の得意技、今夜は封じだ」


 ワイヤーを放つ。ガルムは義手だけで薙ぎ払い、笑った。鋼糸が絡んだ端から、義手の駆動音が、それを弾き飛ばす。


「なあ、思い出すよなあ。あの夜も、こんな音がしたっけ」


 やめろ、とヴィンセントは声にならない声で吐いた。


「あの赤毛、最後にいい顔したぜ。……ああ、そうだ。あいつの分の勲章も、ちゃんと持ってる」


 鎖の中から、ガルムが一つの品を、指先で摘まみ上げた。小さな、擦り切れたボタン。


「これだ。忘れらんねえよ、こいつだけは」


 ――レンの、コートの。

 ヴィンセントの息が、止まった。八年間、探しても出てこなかった最後の欠片が、この男の首元で、ただの戦利品として揺れている。


 その隙を、ガルムは見逃さなかった。義手の砲が、至近で唸る。躱す間もなく、ヴィンセントは瓦礫へ叩きつけられた。


「……ぐっ」


 肋骨の軋む鈍い痛みが、体の芯まで響く。


「おっと、油断しちゃいけねえなあ。祭りの最中は」


 義手の指が、崩れた壁の陰へ、無造作に伸びた。


「――お、こりゃ拾い物だ」


 クロエは、避ける間もなかった。太い指が、少女の襟首を、力任せに掴み上げる。


「クロエ!!」


「ひ……っ」


「なるほどなあ。あんたにも、大事なもんがあったか」


 ガルムは、少女を軽々と持ち上げ、うっとりと目を細めた。まるで、新しい戦利品の値踏みでもするように。


「お前の子供か? ……いや、待てよ。お前の女か?」


「……お前には関係ない」


「はっ、ははは!! とんだ変態野郎だな、天の火は! こんなガキを連れ回して!」


「……」


「まあ、どっちでもいい。関係者らしいってだけで、十分だ。いいなあ、これは、いい戦利品になりそうだ」


「離せ!!」


「離してほしけりゃ、その面ぁ、もう一回外してみせろよ。今度は、跪いてな」


 ヴィンセントの中で、何かが、凍りついた。

 レンの死んだ、まさにこの場所で。また、大事な誰かが、同じ男の手の中にある。八年前と、寸分違わぬ構図で。


「……分かった」


 主の声が、震えていた。今度は、憎しみでも、諦めでもない震えだった。


「分かったから、その手を放せ」


「――駄目です!!」


 少女の声が、義手の指の隙間から、飛んだ。


「私を諦めないでください!! あなたが跪いたら、この人はきっと、あなたも私も、両方――」


「黙ってろ、うるさい小娘だ」

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