表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能な三代目当主は二つの貌を持つ。 ―13歳の少女執事だけが、それを知っている。  作者: カクナノゾム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

恩人の警告

 ドミニクの件から、十日。

 その招待状は、七芒の紋章入りの封蝋で届いた。アルトリウス議長、私邸での晩餐。宛名はヴィンセント・アシュレイ様。「執事どのもぜひご一緒に」と、流麗な手蹟の添え書きがある。


「……私も、ですか」


「珍しいな。ま、行くさ。恩人の招きだ」


「お断りする理由も、ありませんし」


「ないな。……ないんだよなあ」


「? 何か仰いましたか」


「いや。燕尾服、上等なほうにしとけ」


 軽く応じながら、しかしヴィンセントの腹の底では、静かに一枚、駒が動いていた。──執事まで名指しで呼ぶ、か。人のいちばん大事なものを、わざわざ手元に呼び寄せてみせる。善意なら、ただの気遣いだ。そうでないなら、これは。……いや、まだ決めるな。決めれば、目が曇る。


 議長の私邸は、丘の上の白い塔だった。ゴルモアの毒々しい魔力灯の海を見下ろす、そこだけ別世界のように清潔な白である。


 晩餐は、穏やかに進んだ。


「執事どのは、菓子は好きかね」


「……恐れ入ります。職務中ですので」


「はは。硬いな。ヴィンセント君、君の執事どのは硬い」


「うちのは氷でできてるらしいので」


「余計なことを申し上げますと、ご主人様、明朝の水の温度が下がります」


「ほら硬い。……議長、聞きました? これ、脅迫ですよ」


「はっはっは。良い主従だ」


 議長は主の会社の話を聞き、先代の思い出を語り、クロエにまで菓子を勧めてくれた。孫を見る目、というのは、ああいう目を言うのだろう。少女はそう思いながら、しかしどこかで、その温かさに身を硬くしている自分に気づいていた。


 その目のまま、議長は言った。


「時にヴィンセント君。近ごろ巷を騒がせる『天の火』を、君はどう思うかね」


 給仕の手が、止まりそうになる。クロエの手だ。彼女はかろうじて、盆の傾きを抑えた。


「ブリムストーン、ですか。物騒な話で」


 主はワインを揺らしながら、へらりと笑った。


「騎士団が捕まえてくれるのを祈るばかりです。ほら、うちは警備費がかさむと、株主がうるさいので」


「はっはっは。君らしい。……では、問いを変えよう。あれは、悪かね」


「悪党を吊るしてるんだから、善……なんですかね。よく分からんですが」


「分からんか」


「ええ。俺は善悪より、酒の善し悪しのほうが」


「私はね、あれを憂えているのだよ」


 議長は、ふと窓の外へ目をやった。


「悪だからではない。……小さいからだ」


「小さい?」


「裁きとは、本来もっと――大きく、あるべきだ」


「大きく、というと」


「一人ずつ吊るしたところで、この街の腐敗は追いつかん。ゴルモアを浄めるには、ゴルモアの全てを焼き尽くす火が要だろう」


「……はぁ」


「……ああ、いや、老人の説教だ。忘れてくれたまえ」


「街ごと、ですか。そりゃ、消防が大変だ」


「はっはっは。君らしい」


 穏やかな声だった。慈愛に満ちた、いつもの声だった。

 なのにクロエは、給仕盆を持つ指先が冷えていくのを感じる。あの日、午餐会で覚えた違和感が、いま、輪郭を持って戻ってきた。綺麗すぎる、と思ったあの感覚が。


 ――そら来た。

 ヴィンセントは笑顔の裏で、ぞっと総毛立つのを、ワインの渋みでねじ伏せた。今のは踏み込みだ。「天の火をどう思う」と正面から訊いておいて、返しの温度を測っている。


 そして「大きな火」ときた。番号で呼ばれた子供を焼く火と、街ごと焼く火は、地続きなのか。──嫌な符合だ。嫌なほど、俺の勘に沿いやがる。


 食後、給仕が下がり、老魔導士が葉巻に火を移したところで、議長は、思い出したように言葉を継いだ。


「そういえば――君は、近ごろの物騒な噂を聞いているかね」


「物騒、といいますと」


「ここひと月ほど、街のあちこちで人が死んでいる。物乞いから、豪商まで。身分も財布の中身も問わず、無差別にね。……そして、いずれの現場にも、同じ署名が残されているそうだ」


 クロエの手にした盆が、かたり、と小さく鳴った。


「署名――」


「手配書が回っているだろう。私も見た。……ガルム、といったかな。義手の傭兵だ。二十年前、隣国の戦で名を上げ、勲章を山ほど貰いながら、やがて称賛を失い、金で殺しを請け負うようになった男だと聞く」


 その名を、少女は知っていた。

 任務記録の最後の頁。「狂犬」と呼ばれる傭兵。八年前、父を殺した男。名前までは、今の今まで、知らずにいた。知らずにいた名前が、こんな場所で、こんな穏やかな声から、不意打ちのように降ってきた。


「――ッ」


 磁器の皿が、盆から滑り落ちた。

 割れる音が、静かな食堂に、やけに大きく響く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ