お泊まり会
オリジナル版の新しい巻の公開が始まりました。
これからも書き続ける励みになりますので、ぜひこちらの作品とオリジナル版の応援もよろしくお願いします。
しばらくして、ルビーは寝台にいるカエリアンの傍らに腰を下ろした。
「ま、まだ痛む?」
少し警戒した様子で視線を向け、答える。
「いや、ただ……ひどく痒いだけだ」
「本当にごめんなさい」
「気にしてない……魔法の封印を外してくれないか?」
「ええっと、うん、でも……外せないの」
「どういう意味だ?」
立ち上がり、やわらかな口調で説明を始める。
「あなたの小さな内臓が傷ついただけじゃないの。ナリスを運ぶ、内側の小さな通り道もいくつか傷んでいるのよ……」
「普通に説明してくれないか。子ども扱いはやめてほしい」
ルビーの口元から、かすかに笑みが消える。
「えぇー、どうして? だって、本当にそうなんだもん」
「……」
身をかがめ、カエリアンの髪をくしゃくしゃと撫で回す。
「あらぁ、それとも自分はもう立派な一人前の男の子だって言いたいのかしら? そうなの?」
「むぅ……」
ルビーは再び微笑みを浮かべた。
「ねえ、あなたってヴラドミストラルでしょう?」
驚いて身を引く。
「どうしてそれを知っているんだ!?」
「あら、その白い髪とピンクの瞳なら、友達から聞いたことがあるわ」
「白い!?」
自身の髪を一房つまみ、目の前にかざす。
(しまった、気づかなかった! 幻影魔法が消えている!)
ルビーは少し距離を詰め、言葉をかける。
「あまり動かないで。内側の傷が開いてしまうかもしれないわ」
「……わ、わかった」
ルビーは小さく息を吐く。
「そうね、あなたの状況を別の言い方で説明してあげるわ。たぶん理解できないと思うけれど。私たちの体には血管に似たシステムがあって、それはナリスの経路と呼ばれているの。魂で作られたナリスを体中に送り届けて、ずっと制御しやすくしてくれるのよ」
思考を巡らせる。
(ナリスの経路? そんなの知らなかった。ナリスはただ現れるだけだと思っていたのに。……遺産、お前は知っていたのか?)
(正直なところ、私も知らないわ。かなり新しいものなのかもしれないわね)
ルビーが説明を続ける。
「あなたのそれは少し傷んでいるの。ナリスを使おうとして余計に悪化させないよう、封印をかけさせてもらったわ」
「それに効く薬はあるのか?」
「残念だけれど、ないわ。でも、良い知らせもあるわよ。すぐに自然と治るはずだから。今は安静にして、あまり魔法を使わないのが一番ね」
カエリアンは寝台から起き上がり、視線を床に落として深く息を吸い込む。だがその瞬間、肺に鋭い痛みが走った。激しく咳き込み、咳をするたびに痛みは増して呼吸が苦しくなる。異変に気づいたルビーは、即座に引き出しから二本の小瓶を取り出した。
「これを飲んで、早く!」
受け取って飲み干すと、数分で痛みが引き、呼吸もずっと楽になった。
「な、何を飲ませたんだ?」
「一つは痛み止め、もう一つは有毒ガスの毒を消すためのもの。一体どうして、あんなことになっちゃったのかしら?」
「ある洞窟に入ったんだ」
「ああ、それで合点がいくわね。次はもっと気をつけるのよ。その様子だと、仲間のパーティーは助からなかったのね」
「いや、実は僕一人だったんだ」
「えぇっ!!」
その直後、ルビーは片手を頭に当てて目を閉じた。
「とても勇敢な子ね。でも、そういう依頼を一人でこなそうとしちゃ駄目よ」
「……ああ、肝に銘じておく。助けてくれてありがとう、でも……もう行かないと。今はお金を持っていないけれど、必ず払うから」
「行っちゃ駄目よ! まだ治療が終わっていないんだもの。あなたをそんな状態で帰すわけにはいかないわ。それに、あなたは私に何も借りなんてないのよ」
「君のサービスには、お金を取らないのか?」
ルビーは一瞬固まり、何度か瞬きをする。
「……サービス?」
そのとき、カサンドラが部屋に入ってくる。太陽はすでに沈みかけていた。
「ルビー、もう準備はできた? お客さんが来ているわよ」
「えっ? ちょっと待って!」
カエリアンが尋ねる。
「お客さん? つまり君は治療師なのか。道理でそんなに薬や治療に詳しいわけだ」
「治療師……ええと、まあ、そんなところよ」
カサンドラは腰に手を当て、片眉を上げる。
「ルビー、急ぎなさい。またあなたのせいでフィンダル夫人に叱られたくないのよ」
ルビーは深く深呼吸をしてから、カエリアンを見て微笑む。
「お願いだからここにいてね。あとで戻ってくるから、いい?」
「……あぁ、わかったよ」
ルビーは躊躇いなく服を脱ぎ始める。カエリアンは即座に目を逸らした。
(またか!)
ルビーは、母親のそれと似た意匠のドレスを身に纏った。だが腹部は隠れ、胸元の開きも控えめなものだ。白い手袋をはめ、腕輪からは白い袖が伸びている。ルビーはカエリアンに明るく別れを告げて部屋を出ていき、カサンドラもそれに続いた。
一人残されたカエリアンは壁にもたれかかり、そのまま床へずり落ちるようにして座り込んだ。
自分の手のひらを見つめながら、自問する。
(どうして……あんなことになったんだ? あの忌々しい路地裏で死にかけて、あの洞窟だって紙一重だった。あんな依頼を受けるには、僕はまだ平凡すぎる……それとも、一人でやれると思ったのが傲慢だったのか?)
***
ギルドの受付にいるグラエスの元へ、火花とナエヴィアが近づいた。ナエヴィアは持ち前の気恥ずかしさを抑え込み、どうにか口を開く。
「あ、あの、すみません……」
「ん?」
「ええと……」
すかさず火花が割って入った。
「カエルはどこ!?」
その場の冒険者たちは振り返り、ナエヴィアは火花に歩み寄って言った。
「もう少し、目立たないようにできないの?」
グラエスは顎に手を当てた。
「カエリアンか? ……見てないな。あいつとは洞窟の依頼で一緒じゃなかったのか?」
ナエヴィアは視線を落とし、両手を合わせた。
「はい。でも……どうしても一人で行くと言い張ったんです」
「一人で!? ……それはかなり大変なことになったな。力になってあげたいんだが、今は俺にできることはあまりない。でも、あいつが向かった洞窟の場所なら教えてあげられるよ」
それから数時間後。二人は目的の場所とはまったく異なる風景の中に立っていた。
火花が尋ねた。
「で、入口はどこなのよ?」
「わ、分からないわ。ここにあるはずだったのに……」
火花は両拳を握りしめ、その場で跳び上がった。
「あんたのせいで迷子になったじゃない、バカ!」
「わ、私!? 私はあなたについて行ってただけです、バカ!」
「バカって呼ばないで、金髪!」
「金髪って呼ばないでよ、赤毛! 彼の痕跡を追うとか、そういうことはできないの?」
「こんな遠くから追えるわけないでしょ! 私は猟犬じゃないんだから!」
「だったら、犬になればいいじゃない!」
ナエヴィアは火花に向けてナリスを伸ばし、その姿を変えようと試みたが、まったく効果はなかった。火花は腕を組み、声を上げて笑う。
「あはは!! 惜しかったわね。でも、私の姿を変えられるのはカエルだけよ」
ナエヴィアはため息をついた。
「……まあ、ここに洞窟がないのは明らかね。探し続けるしかないわ。カエリアンが無事だといいのだけれど」
***
カエリアンはルビーが戻るまで一時間ほど待った。再び部屋に入ってきたとき、髪は濡れており香水の匂いがした。そして、笑顔で口を開く。
「ただいまー!」
カエリアンは何か違和感に気づいた。ルビーのナリスの量が、かなり増えていたのだ。それでも立ち上がり、言った。
「助けてくれて感謝するよ。でも、行かないと。仲間たちが昨夜から僕のことを何も知らないんだ」
ルビーは目を閉じてため息をつく。
「そんなに行きたいの?……はぁ……、まあ、傷を完全に治そうとはできるけど、少し難しいのよ。だから、ただ……じっとしてて」
ルビーは手を伸ばした。カエリアンは治癒魔法が広がってくるのを感じたが、その後に起こる自分への害を思い出す。後ろへ引いた。
「待って!」
目を開く。
「まだ私のことが怖いの?」
頬を膨らませて言う。
「ひーどーい」
「治癒魔法で……僕は傷つくんだ」
「えっ?……それって治すのと逆じゃない。どうして傷つくの?」
「わ、分からない。でも、そうなんだ」
ルビーは背筋を伸ばす。
「変ね……意識がないときに組織を治した時は、完璧にうまくいったのに」
「……」
「そうだわ! たぶん、気づいてない時だけ効くのよ」
「それは……あまり理屈に合わないけど……たしかにそうみたいだ」
再び身をかがめ、顔を近づける。
「そうだ! 今夜ここに泊まっていきなさいよ。寝ている間に治してあげるわ」
「えっ?……どうかな」
「ほら! 実際、選択肢なんてないのよ。帰ったら、いつ体内で出血してもおかしくないわ。完全に治るまで、帰さないからね」
「うーん、まあ……そう言われると」
ルビーは微笑む。
「完璧ね! こんな綺麗な女の子と夜を過ごせるなんて、わくわくしない?」
「別に」
「あははは、そう言うと思ったわ。ほんと面白いわね」
ルビーは腰をつかみ、両腕で持ち上げた。カエリアンは叫ぶ。
「下ろして、何してるんだ!?」
「お泊まり会みたいなものよ。元気出して、楽しいわよ」
「そっちだけだろ!」
しばらくして、カサンドラが再び部屋に入ってくる。
「ルビー、マイサがお客の件で手伝ってほしいって」
カエリアンは、カサンドラのナリスの量も増えていることに気づく。
カエリアンを床へ降ろす。
「あーもう、やっと少し暇になったと思ったのに。ごめんねカエリアン、もう少し待っててくれる?」
扉へ歩いていき、カサンドラに言う。
「お母さん、ちょっと時間ある? 私がいない間、カエリアンの相手をしててくれない?」
片眉を上げる。
「……相手をする?……本気で言ってる?」
ルビーは眉をひそめる。
「そういう意味じゃないから」
ルビーが出ていき、カサンドラがワインの瓶を片手に入ってきて、カエリアンの前に座る。数秒、黙ったまま観察する。カエリアンは背筋を伸ばすが、何を言えばいいのか、どこを見ればいいのか分からない。考える。
(気まずい……何か言うべきか?)
カサンドラは瓶から一口飲み、ようやく尋ねる。
「ねえ、どんなタイプの女性が好みなの?」
「えっ!?」
(そんな質問、予想してなかった!)
「聞こえなかった?」
「あ、いや、でも……僕は、よく分からない」
目を閉じ、もう一口飲む。
「分からないの?……本当に?」
(もっといい答えを出さなきゃいけない気がする。おだてる方向にいくしかない)
両手を合わせ、息を吸って口を開く。
「でも、もし女性のタイプを選ぶとしたら……あなたみたいな女性を選びます」
片目を開ける。
「私みたいな?……ふむ、続けて」
(これ以上、何を言えばいい!?)
「えっと……はい、胸、腰、そしてお尻のバランスがとても素晴らしいです。間違いなく、アンバー女神でさえ嫉妬で震えるような組み合わせですよ」
カサンドラは微笑み、さらに近づく。
「あらあら、思っていたより観察力があるじゃない。やめないで」
(うまくいきすぎた……)
数時間後、ルビーが戻ってきた。再び髪が濡れており、違う香水の匂いがし、ナリスはさらに増えている。部屋に入ると、酔った母親がカエリアンを強く抱きしめているのが見えた。
「ルゥビー、私、この子に愛着湧いちゃったみたい。いっそこのまま置いておかない!?」
カエリアンは必死の形相でルビーを見て叫んだ。
「ルゥゥゥゥビー、助けてえええ!」
ようやく就寝の時間になった。カエリアンは床で寝ると言い張ったが、ルビーの強い勧めに負けて、寝台へ上がることになった。もっとも、かなりの距離を置いてだが。
二人は向かい合っていた。カエリアンはルビーのナリスが、極めてゆっくりと減っていくのを感じた。
「ナリスに何が起きている?」
ルビーは片目を開け、無表情のまま。
「アンバリアンの仕組みを知らないのね?」
「正直、知らないよ」
ルビーはくすくすと笑った。
「ふふっ、子どものわりにはずいぶんと変わった喋り方をするのね。あなた、何歳なの?」
「十歳だよ」
「へえ……。私は十七歳。ねえ、お姉さんって呼んでみたら?」
「遠慮しておくよ」
「あははは!」
「……それで、アンバリアンのことを説明してくれるのか、くれないのか、どっちなんだ?」
「明日になったらね。ねえ、どうしてそんなに私たちのことを怖がっていたの?」
「アンバリアンは男を食い物にして、最後には食べてしまうって聞いたんだ……。それって、本当なの?」
ルビーは、きまり悪そうに笑う。
「あは……はは……。まあ、そういう悪い癖がある人たちも中にはいるけれど。でも、あなたは心配しなくていいわ! 私はそんなタイプじゃないもの。あんなのは、ただの狂人よ」
カエリアンはシーツで顔の半分を隠した。
「……じゃあ、その牙は何のためにあるんだ?」
ルビーは微笑みながら、二本の牙を舌でなぞった。
「あなたを食べる時に、逃がさないようにするためよ」
「やっぱり! 僕を食べるつもりなんだな!」
「あはは、冗談よ。本当に食べたいなら、もうとっくにやってるわ」
「……じゃあ、何のためなんだよ?」
「たぶん、あと二年くらいしたら分かるんじゃないかしら」
「そんなに待てないよ」
「そう? 私は待てるけど」
「教えてくれ、知りたいんだ」
「だーめ。ふふっ、もう寝なさいな」
翌朝、カエリアンはだいぶ体が軽くなったのを感じて目を覚ました。ルビーは既に起きていた。
「おはよう!」
「お、おはよう」
「私の立てた理論は正しかったわ。内臓は完全に治せたし、残っていた毒素も取り除いた。魔法の封印も既に解いてあるけれど、しばらくの間、数週間は魔法の使いすぎや無理は禁物よ」
(……それじゃあ、お金を稼ぐ助けにはなりそうにないな。別の方法を考えないと)
「じゃあ、もう行ってもいいんだな?」
「先に朝食はどう?」
三人は家の小さな台所で、朝食を共にした。パン、果物、そしてミードという簡素なものだった。食事が終わると、カエリアンが口を開く。
「世話になったよ。……僕を食べないでいてくれて、ありがとう」
ルビーは満面の笑みで答えた。
「どういたしまして。何か必要になったら、いつでも戻ってきていいのよ。あるいは、お姉さんが恋しくなった時でもね」
その瞳の輝きを見て、カエリアンは奇妙な感覚に襲われた。
「ま、まあ……」
カサンドラが小さく笑い声を漏らす。
「お姉さん、ねぇ?」
「黙って、あんたもこの子を欲しがってたでしょ」
カエリアンは扉に歩み寄り、髪と目の色を変えた。
「それじゃ……もう行くよ」
扉が閉まった途端、ルビーの顔から笑みが消えた。大きく息を吐き、椅子に深く腰を下ろす。カサンドラが言った。
「ここを出たら、あの子は戻りたがらないかもしれないって分かってるの?」
「お、驚きはしないわ……」
カエリアンは階段を下りていった。館の内部はかなり豪華な造りのようだ。廊下ですれ違う何人かのアンバリアンや人間の女性たちが、彼を奇妙な目で見つめてくる。カエリアンは足を速め、一階まで下りた。そこでは一人の老婆が手帳に何かを書き留めていた。老婆の前を通り過ぎても、特に気づかれる様子はない。
そのまま外へ出ると、そこにはおびただしい数の酒場や売春宿、娯楽施設が立ち並んでおり、どの看板にも『ピンク地区』という文字が踊っていた。振り返って見上げると、自分が出てきた建物には『ピンク角館』という看板が掲げられている。
彼はすぐに思った。
(あ……そういうことか。治療師じゃなくて、娼婦だったんだ。客がいたのも、何度も入浴していたのも、会うたびに香水の匂いが変わっていたのも、全部それで説明がつく。……ただ、どうして彼女のナリスが増えていたのかだけが分からないな)
遺産の声が響く。
(ええ……。幻想を壊したなら悪かったわね)




