第14話「重さ」
中国東北部の混乱は、その後も長く尾を引いた。
軍管区同士の衝突は、やがて一つの大きな内乱として、国際ニュースの定番の見出しになっていった。日本にとっては、対岸の火事でありながら、同時に、資源供給網の安定を左右する、無視できない現実でもあった。
CPTPP加盟国と台湾への優遇供給は、その後も続いていた。私が引っかかっていたあの「不釣り合いな優先度」については、玉川さんいわく、「もう意味を持たなくなった」らしい。優遇の理由となっていた取引先企業そのものが、混乱の中で解体されてしまったからだ。
書類上は、ただの「契約終了」の一行として処理された。
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「橘さん、今度、係長にならないか」
ある日、課長にそう言われた。
「うちの部署、これから中国東北部関連の対応で、人手が要る。君の分析力、買ってるんだ」
「……考えさせてください」
そう答えながら、私は少し複雑な気持ちだった。
この数か月、私は組織の公式な見解の外側で、玉川さんと一緒に動いていた。それが結局、誰にも気づかれないまま、静かに終わった。それなのに、組織の中での評価だけは、着実に上がっていく。
皮肉なものだと思った。
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半年後、日本の資源輸出量は、さらに更新された数字を叩き出していた。
テレビでは、大臣が新しい統計を発表していた。CPTPP加盟国、台湾、そしてアメリカへの供給は、以前にも増して安定していると、誇らしげに語られていた。
その裏側で、サハリンやカムチャツカでは、今日も誰かが、資源の出ない土地を守り続けている。中国東北部では、まだ軍管区同士の衝突が続いている。北朝鮮は、救国軍事政府から改革政権への移行を進めながら、中国との油田共同開発を続けている。一方の韓国は、今も変わらず、完全に中国の意向でしか動けないままだ。
豊かになった国の裏側には、いつも、誰かの日常が、静かに削られている。
それを実感として持てるようになったことが、この数か月で、私が得た唯一の変化だった。
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その週末、久しぶりに、私は羽鳥SSに立ち寄った。
用事があったわけではない。ただ、なんとなく、あの二人に会っておきたかった。
「あら、この前の省の方」
羽鳥さんが、すぐに私に気づいた。
「その節はどうも。今日は、給油ですか」
村上さんも、事務所から出てきた。
「いえ、ちょっと近くまで来たので」
私は、曖昧にそう答えた。事件のその後を話すつもりは、なかった。話したところで、二人にとっては、もう七、八年前の、終わった出来事だ。今さら蒸し返す必要はない。
「そういえば、あの後、何か分かりましたか」
村上さんが、ふと尋ねてきた。
「……いえ、特には」
嘘ではなかった。追いついたわけではなく、ただ消えていっただけなのだから。
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「まあ、そんなもんですよね、ああいうのは」
村上さんは、それだけ言って、給油機の点検に戻っていった。飄々とした背中だった。
私は、しばらくその場に立っていた。
地図の上の出来事、統計の中の数字、政策の裏側にある力学。そういうものを扱うのが、私の仕事だった。そして、その仕事の向こうには、いつも、こんなふうに、毎日を積み重ねている誰かがいる。
車に乗り込みながら、私は、少し前の自分なら、この光景をどう見ていただろうかと考えた。
きっと、何も感じずに、通り過ぎていたと思う。
エンジンをかけ、スタンドを後にする。夕方の空が、少しずつ色を変え始めていた。世界はこれからも、どこかで誰かを巻き込みながら、形を変え続けていくのだろう。
それでも、今の私には、その中に確かに、名前も顔もある人間がいるのだということが、少しだけ、見えるようになっていた。
(第14話・了)
(夜明けの代償・了)




