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メデューサの子孫  作者: 春と桜


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11/11

レオニス・アウレリア

どうもはじめまして春と桜です。

あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 やがて、一人の男が庭園へ足を踏み入れた。夜の静けさを纏うように歩いていた彼は、ふと足を止める。月明かりの下、草葉の間には転移魔法の名残が淡く揺らめき、その中心に、ひとりの少女が眠るように横たわっていた。


「……ん?」


 男は僅かに目を細め、少女へ視線を落とした。


 月光を受けた白銀の長い髪が草の上へ静かに広がり、白を基調とした衣服がその身体を包んでいる。土や血に汚れた姿でありながら、少女の面差しには不思議なほどの清らかさが残っていた。閉ざされた瞼に落ちる睫毛の影さえ繊細で、まるで夜の庭に一輪だけ咲いた百合の花のようであった。男はしばらくその姿を眺めたあと、少しだけ身を屈める。


「君、大丈夫かい?」


 返事はない。


 男はすぐに少女の胸元がかすかに上下していることを目で確かめた。呼吸は穏やかに続いているが、周囲に残る転移魔法の痕跡は濃く、何者かの手によってここへ送り込まれた可能性が高い。男は柔らかな表情を浮かべたまま、少女の姿と周囲の痕跡を静かに見比べていた。


 そのとき、少女の首元で白銀の蛇が身じろぎした。


 ゆっくりと頭をもたげた蛇は、男の姿を捉えると、少女へ寄り添うように身体を巻き直した。その小さな身体から、明確な警戒が滲んでいる。男がほんの少し距離を詰めると、蛇の瞳が鋭く細められた。


「おっと、警戒してるのかい?」


 男は足を止め、敵意を示すことなく微笑んだ。


「大丈夫だよ。彼女を傷つけるつもりはないから」


 蛇は微動だにしない。


 その反応に、男は困ったように笑いながらも、無理に近づこうとはしなかった。白銀の蛇がこれほどまでに少女を守ろうとする様子を見れば、二人の間にある繋がりがどれほど深いものなのか、想像するのは難しくない。男は蛇を刺激しない距離を保ったまま、改めて少女へ視線を戻した。


 修道女を思わせる慎ましい装いでありながら、医療に携わる者が身につける衣服にも見える。汚れの下に残る清潔な布地や仕立てを眺めながら、男は小さく首を傾けた。


「医者、かな」


 その呟きとともに、男の背後へ音もなく黒衣の影が現れた。


「殿下」


「少し調べてくれるかな。この子がどこから来たのか、残っている魔力から辿ってみて。身元についても、分かることは全部調べておいてほしい」


「承知しました」


「それから、この辺りに誰か来ていないかも確認して。彼女を探している人がいるかもしれないからね」


「かしこまりました」


 影は一礼すると、夜の闇へ溶けるように姿を消した。


 男はその背中を見送ることもせず、再び少女へ目を向けた。何も知らない相手をそのまま信用するほど無防備でもない。むしろ、分からないものほど自分の手元に置いておいたほうが、何かと都合がいい。


「さて……君はいったい、どこから来たのかな」


 穏やかな声が夜の庭へ落ちる。

 返事の代わりに、白銀の蛇が僅かに身体を動かした。男はその様子を見て、楽しそうに目を細める。


「君も一緒に来るんだろう? それなら、仲良くしようか」


 蛇は警戒を解かない。


 それを見て、男は小さく笑った。白銀の蛇の様子を窺いながら、その身体をそっと抱き上げる。


「大丈夫。王宮なら、きちんと手当てができるよ」


 男は少女の顔を見下ろした。


 その横顔はあまりにも美しく、眠りの中にいる今でさえ、どこか人の心を惹きつけるものがあった。男の朱色の瞳に未知のものへ向ける好奇心と、まだ誰にも見せていない思惑が、静かにその奥へ沈んでいる。


「目を覚ましたら、ゆっくり話を聞かせてもらおうかな」


 そう呟いた男は、少女を抱いたまま月明かりの庭園を抜けていった。


 ♢


 意識が、ゆっくりと水面へ浮かび上がってきた。


 鼻先を掠めたのは、知らない薬草の香りだった。柔らかな寝台に身体を預けていることに気づいた瞬間、眠りの名残はすっと消えた。最後に覚えているのは、転移術式に身体を呑み込まれた感覚と、遠ざかっていく護衛たちの声。その先に待っているはずだった奈落の気配は、どこにもない。


 私は動かず、静かに熱感知を広げた。


 部屋の中には、自分以外の熱はない。けれど天井の向こうにひとつだけ、身を潜めた人間の熱がある。扉の外へ感覚を伸ばすと、さらに複数の熱が規則正しく並んでいた。見張りだろうか。知らない場所で目を覚ましたばかりの私を、誰かが監視している。


 胸の奥に冷たいものが落ちる。


「……チャロ」


 できるだけ声を落として呼ぶと、首元で白銀の身体が僅かに動いた。


「姫君。お目覚めになられましたか」


「ええ。ここは……?」


「王宮ですぞ。いけすかない男が姫君を抱き上げ、そのままこちらへ運ばれました」


 チャロの言葉に、私は息を潜めたまま周囲へ意識を巡らせた。


「その方は?」


「わたくしめには、まだ名までは分かりませぬ。ただ、かなりの手練れですな。姫君を抱いたまま歩いている間も、周囲への警戒を怠っておりませんでしたぞ」


「そう……」


 少なくとも、チャロが見ている限り、私を運んだ男は敵意を露わにしていたわけではないらしい。それでも安心はできない。王宮という場所にいる以上、ここを治める者が誰なのか、それだけでも確かめる必要がある。


 私はもう一度、部屋の中へ意識を巡らせた。


 天井の熱は動かない。

 扉の外にいる者たちも、一定の間隔を保ったまま持ち場を離れる様子がない。

 そして、その向こうから新たな足音が近づいてきた。


 やがて扉が開き、部屋へ入ってきた人物が足を止めると、私はそちらへ顔を向けた。天井に潜む気配がわずかに揺れたことで、先ほどの会話が伝わったのだと察する。続いて聞こえた足音が寝台へ近づき、すぐそばで止まった。しばらく沈黙が落ちたあと、聞き覚えのない穏やかな声が降ってくる。


「目が覚めたようだね。気分はどうかな」


「……あなたは?」


「驚かせてしまったね。すまない。怪しい者ではないよ。君を運んだのは僕なんだ」


「……私を?」


「そう。庭で倒れているところを見つけた。あのまま置いておくわけにもいかなかったから、こちらへ運ばせてもらったんだ。治療も済ませてある。まだ身体に重さが残っていると思うけれど、しばらく休めば落ち着くはずだよ」


 声の主が少し身を屈めた気配がした。私は枕へ身体を預けたまま、胸元へ手を伸ばす。指先に触れた白銀の鱗へ、ほっと息をついた。チャロも無事らしい。それが分かっただけで、張りつめていたものが少しほどけていく。


「この子も……運んでくださったんですね」


「君から離れなかったからね。置いていくこともできなかった」


「ありがとうございます。助けていただいたうえに、この子まで……」


「礼はいいよ。僕が勝手にしたことだから」


 淡々とした返事だった。その声には余計な気遣いがなく、私はかえって話しやすさを覚えた。見えないことを知られたときに向けられる、あの妙に慎重な声音もない。そう思った直後、男がふと何かに気づいたように口を開いた。


「ところで、君は目が見えないのかな?」


「はい。生まれつきです」


「そう。不躾なことを聞いてしまってすまなかったね。どうか気を悪くしないでほしい」


「大丈夫です。よく聞かれることですから」


 男はそれ以上、目のことには触れなかった。窓から差し込む風が、遠くで木々を揺らしている。知らない天井、知らない匂い、知らない声。意識が戻ってから初めて、自分が見知らぬ場所にいるという事実がはっきりと胸へ落ちてきた。


「ここは……どこですか?」


「アウレリア王国だよ。君を見つけた場所から、少し離れたところにある王宮だ」


「アウレリア……」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かがかすかに揺れた。エーデルシュタイン王国と長く対立している隣国。


「君を元いた場所へ送り届けてあげたい。住んでいた場所について、何か覚えていることはあるかな。街の名前だけでもいい」


 私はすぐには答えなかった。頭の中には、前世の記憶と今の記憶が入り混じっている。ここでエーデルシュタインの名を出せば、盲目の自分は王女であることまで辿られる可能性がある。敵対している国だ。バレるわけにはいかない。何をどこまで話すべきか、慎重に言葉を選ばなければならなかった。


「私は……医療協会に勤めていました。街を回っている途中で襲われて、それからのことは覚えていません。住んでいた場所も、今は……」


「そうか。医療協会にいたんだね。それなら、身元を辿れる可能性はある。無理に思い出そうとしなくていいよ。こちらでも調べてみる」


「……ありがとうございます」


「それと、まだ君の名前を聞いていなかったね」


「……リリー、です」


「リリー、君の白銀の髪に似合う素敵な名前だね。僕の名はレオニス・アウレリア。アウレリア王国の王太子だ。自己紹介が遅れてすまなかった」


 その名前が耳へ届いた瞬間、呼吸が止まった。


 レオニス・アウレリア


 胸の奥から引きずり出されるように、ひとつの光景が浮かび上がった。血の匂い。崩れ落ちる身体。遠ざかっていく意識。そして、最後まで私の前に立っていた男の姿。


 思い出した。この男が、前世の私を殺した。


 私は膝の上で指を強く握り込んだ。動揺を悟られないよう、ゆっくりと息を吐く。目の前にいる男は、何も知らない。ただ私を拾い、治療をして、この場所まで運んでくれた。それだけだ。


「……リリー?」


「……すみません。少し、ぼんやりしてしまって」


「疲れているんだろう。今日はもう休むといい」


「はい」


 穏やかな声を聞きながら、私はチャロの鱗へそっと指を添えた。私の正体も、この男との因縁も、まだ誰にも知られていない。その事実だけを胸の奥へ沈め、私は静かに目を伏せた。



代表作【暁の女帝〜狛犬と異世界革命】も連載中です!

よろしければそちらもご覧ください!


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