第08話_研修にはしない
制服に手を伸ばしてから、今日は学校がないと思い出した。
水曜の夕方。祝日でも、バイトの始まりは同じ四時半だ。俺はシャツを引っ張り出し、机の上のスマホを見た。
三輪とのトークは、昨日の夜のやり取りで止まっている。メニューの写真はまだその少し上にあった。
『トースト、昼のセットもあるんだって』
一昨日、彼女が聞き足した話だ。
何を食べるか選んだわけでもないのに、行ったことのない店のメニューが少し分かるようになっていた。
家を出る前に母へ、今日は七時まで、と伝える。帰りにパンを買えるか聞かれたが、店が閉まるかもしれないと言うと、じゃあ明日でいいとのことだった。
スマホをしまい、仕事用の鞄を持った。
こはくでは、入口の近くにベビーカーを畳んでいる客がいた。岸さんの声が厨房から聞こえる。
俺は奥へ挨拶をして、着替えに向かった。
三輪は先に準備を終えていた。私服の上着をしまい、髪をまとめている。
「お疲れ。今日もよろしく」
「よろしく。外、暑かった?」
「歩くとちょっと」
そこで会話は終わった。手を洗って持ち場へ出ると、俺は追加の水を運び、三輪は空いた席を片づけた。
夕食前の客が帰り始めるまで、まとまって話す暇はなかった。
最後の注文の時刻を過ぎ、俺たちは岸さんへ仕事を引き継ぐ。打刻して着替えたあと、三輪が裏口のところで俺に声をかけた。
「日曜って、もう予定ある?」
「今度の?」
「うん。三日」
仕事の鞄を肩へ掛けながら、頭の中で日付を確かめた。
土曜は今日と同じように店へ来る。その翌日は休みだ。
「まだないよ」
「じゃあ、ひだまり、一緒に行かない? この間の店」
彼女はそう言い、鞄からスマホを取り出した。
「店の勉強にもなるし」
「休日も働くの?」
つい口にすると、三輪の指が画面の上で止まった。
俺を見て、少し口を開く。
「違う。今のはなし」
スマホを持った手が下がる。
「榎本と食べに行きたい」
冗談の続きが出てこなかった。
入口の脇に寄っていたのに、背筋だけが仕事中みたいに伸びる。
「うん。行く」
「……行ける?」
「行きたい。あのプリン、気になってるし」
プリンの話をしたら、ようやく言葉が続いた。
「三輪がタルト食べて、俺がプリンにすれば、両方どんなのか分かるな」
「でも、榎本トーストも見てたでしょ」
「それは昼飯の分で」
「あ、別なんだ」
三輪が笑う。俺も笑った。
彼女はスマホを上げ直し、メニューの下の方を指で広げた。
「セットに飲み物つくから。甘いの足しても、一人千五百円くらいでいけそう」
「それなら大丈夫。何時から?」
「十一時。駅に十一時で――」
そこまで言って、三輪が止まった。
「何時がいい?」
「十一時でいいよ。昼に行きたかったし」
返すと、彼女は画面を切り替えた。営業日の案内に、三日も店を開けると書いてある。
駅からは歩いて十分ほど。十一時に待ち合わせれば、開店して少しした頃に着く。
「連休だから、待つかもしれないね」
「うん。待ってる間に決めるか」
「まだ決まってないの?」
「プリンはほぼ。飲み物と、トーストの種類」
三輪は表示しているメニューを眺めた。
「じゃあ、これ、当日もちゃんと見よう」
「俺、そんなに時間かけるかな」
「型よりは早いと思ってる」
比較がそれなら、大抵は勝てそうだった。
俺は駅前の時計のある側を待ち合わせ場所に提案する。彼女はすぐに頷き、場所まで入れた短いメッセージを送ってくれた。
別れ道まで、日曜の話をしながら歩いた。
三輪はタルトに添えてあるクリームも気になると言う。俺が、そこは写真で見ていなかったと答えると、あれだけ拡大してたのに、と笑われた。何を見ていたかは、そんな所でも違うらしい。
「じゃあ、土曜、店でね」
「うん。日曜も」
返してから、少し早かったかと思う。
けれど三輪は、スマホを鞄へ入れながらこちらを見た。
「うん。日曜も」
彼女が曲がってから、俺は家へ向かった。
信号で立ち止まり、予定表を開く。三日の日曜、十一時。駅前の時計。
入力欄の題名を少し迷って、『三輪とひだまり』と入れた。




