第07話_買う理由はそれでいい
店の棚の前で、俺はボウルを載せる真似をしていた。
片手に持った量りは、表示が手前へ少し出ている。これなら家の大きいボウルでも、数字の上に縁がかぶらない。値札をもう一度見てから、箱を持ってレジへ向かった。
今日は、ちゃんと買った。
帰宅して台所で箱を開けると、陸が横から覗いた。
「前の壊れたの?」
「いや」
「じゃあ、二個置くの?」
「これは俺の部屋にしまう」
「そこ、俺の弁当の袋置くからね」
空いた箱を指され、俺は台所の端からどけた。買ったばかりの物を置いて眺めるにも、家には場所の都合がある。
実際にボウルを載せてみる。立ったままで数字が見えた。
少し離れても見える。俺はもう一度ボウルを置き直し、スマホを出した。
『買った』
写真と一緒に三輪へ送る。昨日のやり取りの下に、自分が買ってきた量りが並んだ。
彼女から返事が来たのは、箱を畳んでいる途中だった。
『早かったね。今日は何分?』
『時間は見てない』
『迷わなかった?』
『迷ったけど、これにした』
少しして、続きが届く。
『前の、壊れたの?』
さっきと同じことを聞かれた。
けれど、台所の置き場所を心配しているわけではなさそうだ。
『動く。こっちはボウル置いても数字が見える』
『今まで見えてなかったの?』
『しゃがめば見えた』
送ってから、それは見えているうちに入るのかと思った。
三輪の返事より先に、もう一つ打つ。
『真正面だと隠れるから、横から少し』
『毎回?』
『大きいボウルの時は』
『今やってみたけど、膝が疲れない?』
俺は文字を二回読んだ。
画面から顔を上げると、陸が冷蔵庫を開けている。
『三輪も今しゃがんだ?』
『ちょっと』
本当に試したのか。
俺は笑って、片手で口元を押さえた。陸が何、と聞くので、何でもないと返す。うまく笑いを止められなかった。
『ずっとしゃがんでるんじゃなくて、量る時だけだよ』
『そこは分かる』
『うん。説明しすぎた』
俺は量りを部屋へ持って上がった。
机の端へ置き、もう一度写真を見る。ボウルの下から表示が出ているだけなのに、やっぱりこれでよかったと思う。
『三輪なら、前の動いてても買う?』
返事を待つ間に、空箱を棚の下へ入れた。
『分からない。服だと、似たの持ってるなって戻す』
『すぐ決めそうなのに』
『値段見るよ。普通に』
そうなのか。食べたい物はすぐ決めるから、ほかも同じだと思っていた。
『でも、試着したあとも気になると、また見に行く』
『二十分?』
『時間は見てない』
さっきの俺の返事だった。
スマホを置きかけたところへ、もう一つ届く。
『榎本は、買い物してる時が楽しそう』
何を返そうか考えた。選んでいる時も楽しいけれど、今は買った物を誰かへ話すのも面白い。
そんなにきれいにはまとまらず、俺は短く打った。
『今も楽しいよ』
送ってから量りを見た。三輪の方からは、しばらく何も来ない。
買ったあとに使うのが、と足そうとして、やめた。まだ何も量っていないのだから、変だった。
やがて、一枚の画像が送られてきた。
喫茶店のメニューらしい。店名は「ひだまり」。聞いたことはあるが、入ったことはない。
『私、今これ見てる。店の公式の』
『レモンタルト?』
『うん。あと、このプリン』
写真にはタルトと、四角いプリンと、焼き目のついたトーストが載っていた。
『プリン、こんな端まで角あるんだな』
『そこ?』
『家で作ると丸い器だから』
『榎本なら、どれにする?』
俺は写真を拡大した。トーストの隣には、小さく昼のセットも載っている。
『昼なら、これもいい。甘いのだけならプリン。でもタルトの下も気になる』
『一個って言ってないのに、そんなに迷うんだ』
三輪は続けて、自分ならタルトを先に選ぶ、と送ってきた。
俺がプリンの方も捨てがたいと打ちかけた時、階下から夕飯だと呼ばれる。
『ごめん、飯呼ばれた。またあとで』
『うん。私もそろそろ』
部屋を出る前に、量りを棚へしまった。
スマホは持っていく。食卓で開くつもりはないのに、さっき届いた四角いプリンの画像を、もう一度見たかった。




