第06話_注文票には書かない
「榎本、スプーン、あとどのくらい?」
「今持ってく。カップも一緒でいい?」
「うん、お願い」
三輪が客席へ戻り、俺は拭き終えた分をまとめた。土曜の午後は、洗い物を片づけたと思うと次のトレーが来る。岸さんが会計をしている間に、俺はスプーンを補充し、空いたトレーを持って戻った。
昨日は隣でクッキーを食べていた相手が、今日は入口の客へ笑いかけている。
目が合うと、窓側の席を指された。そちらも食べ終わったらしい。俺は頷き、布巾を取った。
交代で休憩を取り、夕方には皿の山も落ち着いた。六時になって残りの仕事を引き継ぐと、岸さんがお疲れさま、と手を上げる。
打刻して着替えたあと、裏口で三輪と一緒になった。
「喉、渇いた」
彼女が言い、俺も頷く。休憩で飲んだ分は、とっくになくなっていた。
「駅の手前で何か買う?」
「買う」
小さい店の冷蔵ケースには、お茶や炭酸のペットボトルが並んでいた。俺は麦茶を取ろうとして、隣の棚に黄色いラベルを見つける。
「三輪、これ好きそう。レモンの」
「どれ?」
彼女が俺の指した方を見た。手を伸ばしかけて、こちらへ顔を戻す。
「昨日の、覚えてたんだ」
「酸っぱい方がいいって言ってたから」
「うん。これ、おいしいよ」
三輪は一本取ったけれど、すぐにはレジへ行かなかった。俺が持っている方を見て、また棚へ目を戻す。
「榎本、それにするの?」
「今のところ」
「こっちも飲んだことある? 結構酸っぱいけど」
彼女が示したのは、俺が勧めた物とは別の炭酸だった。
ラベルにあるレモンの絵が、妙に大きい。
「強すぎるのは、ちょっと苦手」
「じゃあ、これはやめた方がいい」
「そんなにはっきり?」
「私は好き。でも榎本は、たぶん麦茶」
俺の手にある一本へ、彼女の視線が戻ってきた。
ずいぶん平和な所へ帰ってきた。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん。私は、こっち」
三輪は結局、酸っぱい方の炭酸に持ち替えた。
各自で会計を済ませ、店先から少し離れて蓋を開ける。彼女はひと口飲み、細く息を吐いた。
「酸っぱい?」
「うん。おいしい」
もうひと口飲んだ時は、目元が少し寄った。
その顔でも、好きなのか。
「見てると、飲みたくなるな」
「買いに戻る?」
「いや、顔見てやめた」
「そんな顔してた?」
三輪が片手で頬に触れる。俺が笑うと、自分でも笑ってから、ボトルを鞄にしまった。
「榎本の好きなの、クッキーだと分かるのに」
「色が濃いやつ?」
「うん。飲み物もそういうのかと思った。コーヒーとか」
「飲むけど、喉渇いた時はこれがいい」
「そっか」
三輪は俺の麦茶を見て頷いた。
仕事の注文なら、ここで伝票に書いて終わりだ。けれど彼女は、家では何を飲むの、と続ける。俺が朝も茶だと答えると、自分は朝だけ牛乳だと話した。
駅へ向かう人をよけながら、俺たちはゆっくり歩いた。
「明日も、店?」
「休み。買い物に行こうと思ってる」
「型?」
「そっちは、まだ考えてる。量りを見たくて」
「また二十分?」
「店に入った時から計らないでくれ」
三輪は笑ったあと、量りって台所の、と確かめた。俺が頷くと、自分の鞄からスマホを出す。
「買ったら、見せて」
「次のバイトで?」
「その前でも。連絡先、交換しない?」
手に持った麦茶が、まだ半分以上あった。
俺は蓋を締め、鞄へ入れてからスマホを出す。
「うん。俺も、買わなかった時の報告先が欲しいし」
「買った方も聞くよ」
画面を出す指が一度違う所に触れた。開き直して彼女へ向けると、三輪は自分のスマホをかざした。
ほどなく、見慣れた名字と、まだ見たことのないアイコンが並んだ。
『三輪です』
届いた文字を読んでから、目の前の三輪を見る。
「分かるよ」
「最初だから」
俺も『榎本です』と送った。
三輪の手元で通知が鳴る。彼女は画面を見て、何か打ち、俺の方へ顔を上げた。
『量り、楽しみにしてる』
「先に期待かけるの、やめない?」
「買っても買わなくてもいいって」
そう言う彼女に、明日も迷う姿を見られている気がした。
俺はスマホをしまう前に、もう一度、今できたばかりのトークを開いた。




