第05話_食べる前に下げないで
「こっち、空いてる」
中庭へ出ると、三輪がベンチから手を上げた。
鞄を膝へ載せ、隣を空けてくれる。弁当を食べている人たちから少し離れた、木の下の席だった。
「もう昼、食べた?」
「食べたよ。榎本は?」
「俺も」
俺は隣へ座り、鞄から小袋を出した。
潰れないように弁当とは別の箱へ入れてきたから、余計な手間が一つかかる。三輪はその箱を開けるところから見ていた。
「わ。ありがとう」
「四枚。昨日焼いたやつ」
渡しかけて、袋の中の色が目に入った。
夜に見た時より、昼の光の下だと濃い方が目立つ。
「こっち、焼き色がちょっと強い。俺は好きなんだけど、人によっては――」
「私の分にも入ってる?」
「うん。二枚。薄い方も」
「よかった。先にそれ食べる」
袋が俺の手から離れた。
三輪は袋の口を開けると、迷わず色の濃い方へ指を伸ばす。
そっちから行くのか。
彼女が一枚目をかじる。小さく、さく、と音がした。
視線が口元へ行ってしまい、俺は慌てて自分の飲み物を出した。
「もし、苦かったら」
三輪が空いている手を少し上げる。
俺は止まった。彼女は口を閉じたまま、まだ食べている。
待つ。
ペットボトルの蓋を開けた。自分も飲もうとして、彼女が飲み物を飲むのを先に見た。
「まだ食べてるから」
「うん。ごめん」
「おいしい。これ、好き」
三輪は食べかけの一枚を見てから、俺を見た。
ちゃんと、嬉しそうだった。
店で客に向ける笑い方とも、昨日の廊下で話した時とも、少し違う。
何か返さなければと思ったのに、今度は短い言葉しか出なかった。
「よかった」
三輪が一枚目を食べ終えるまでに、俺も飲み物を一口飲んだ。喉が渇いていたことに、そこでようやく気づいた。
「今の、一番いい色だと思ってたやつ」
三輪は袋の中を見直した。
「今、食べたの?」
「うん。三輪の方に入れた」
「先に言ってよ」
「先に言おうとしたら、食べ始めたんだろ」
言うと、彼女が一度口を結び、笑った。
袋を見たまま、もう一枚の濃い方を少し持ち上げる。
「こっちは?」
「二番目」
「それは、先に聞けた」
三輪は満足したように頷き、今度は薄い方を選んだ。
「二番目からじゃないんだ」
「まだ薄い方食べてないもん」
俺も自分用の小さい容器を開けると、三輪がこちらを見た。
「榎本のは、濃いね」
「うちだと、これくらいのが俺の分になる」
「好きだから?」
「うん。ほかのやつからなくなるし」
俺も一枚食べた。昨日、家で味を見た時と同じように、端がさくっと割れる。薄い方を食べ終えた三輪は、残った濃い方を取り出した。
「やっぱり、こっち好き」
今度はひと口を少し大きくして食べる。俺は容器を閉じ、彼女の顔を見た。
「三輪、店の焼き菓子も好き?」
「うん。あの丸いの。あと、レモンの味のお菓子も好き」
「酸っぱいやつ?」
「そう。酸っぱい方がいい」
「結構はっきりしてるな」
「甘いのも食べるよ。今、食べてるし」
見れば分かる、と言う代わりに笑った。
彼女も笑って、それから口の中に残っているのを思い出したように、飲み物を取った。
「家だと、どのくらいの回数で作るの?」
「週末とか。材料があって、オーブン空いてたら」
「何となくで?」
「うん。食べたいから」
三輪は少し考えた。
「じゃあ、今日のは?」
俺は閉じた自分の容器を見た。
昨日は木曜日だ。いつもなら週末まで待っていたかもしれない。
「昨日、食べたいって言ってたから」
口に出すと、急にその理由だけになった。
家の分もついでに焼いたのだけれど、そこまで言い足すのはやめた。
三輪の指が袋の中で止まった。
それから残りの一枚を出し、少しだけ角度を変えて見る。
「……うん。言った」
食べ始める前に、彼女はもう一度俺へ顔を向けた。
「ありがとう」
「うん」
返事をしてから、また焼き加減の話を足しそうになってやめた。
彼女が食べる間、俺は容器を鞄へしまった。
校舎の方から、人が戻り始める気配がした。
三輪も袋の中を空にし、膝の上で小さく畳む。
「また、食べたい」
前置きがなかった。
俺は顔を上げる。
「作ったら持ってきてくれる?」
「うん。次、焼いたら」
「楽しみにしてる」
三輪が鞄を肩へ掛けて立つ。
俺も続こうとして、箱の蓋が鞄の中で開いているのに気づいた。
「待って、これだけ閉める」
「うん」
箱を閉じて顔を上げると、三輪はまだベンチの横にいた。
俺が立ってから、二人で校舎へ向かった。




