第13話_並ぶなら一緒に
列の後ろへ並んだ時、俺は三つくらい話題を用意していた。
先週のプリン。学校の中間試験。途中で見かけた新しい看板。
三輪は店の入口に掛かった小さい黒板を見ている。開店まで、あと十分少しだった。
「もう結構いるね」
「うん。でも、このくらいなら待てそう」
前には四組ほどいた。
駅前で十時半に会い、大通りを歩いてきた。今日は彼女が先に時計の下にいて、俺を見つけると、ちゃんと待ってたよ、と笑った。
「昨日、帰ってから何してた?」
「ごはん食べて、テレビちょっと見て寝た。榎本は?」
「俺も。映画見ようと思ってたんだけど、予告だけで」
「寝ちゃった?」
「いや、何見るか決まらなくて」
三輪が少し笑った。
今日は薄い青のシャツに、白い上着を羽織っている。彼女は袖を少し引き、自分も、何となく見てるだけの日があると話した。
彼女が黒板へ視線を戻したので、俺もそちらを見た。
フィナンシェ、マドレーヌ、サブレ。下に書かれた値段は、前に見せてもらった写真と同じだった。
「三輪、どれにする?」
「今はマドレーヌ。榎本は?」
「入ってから、焼き色見てみたい」
「色、選べるかな」
「選べなかったら、その時のやつで」
そこまで話すと、ひとまず言うことがなくなった。
店の奥でトレーの音がした。三輪はつま先を少し外へ向け、入口を眺めている。スマホも出さなかった。
俺は次の話題を思い出す。
試験。まだ十日ある。いや、十日しかないとも言えるが、日曜の朝に話すことではないかもしれない。
「……前に、並ぶの苦手って言ってたっけ」
「言ってない」
「そうか」
「榎本は苦手?」
「平気。何もしてない時間、長く感じる時はあるけど」
三輪が俺を見た。
「まだ、三分くらいだよ」
時計まで見ていたらしい。
俺が自分のスマホを確認すると、本当にそのくらいだった。
「ずっと話さなくても平気だよ。待ってるだけだし」
「うん」
「私、今、あそこの奥見てる」
彼女が指した窓の向こうで、店の人が袋を並べていた。
横の棚には小さい箱がある。三輪は、あれ、何個入るんだろう、と言い、俺が六個くらいかなと返すと、頷いてまた見ていた。
俺も黙って、その作業を眺めた。
紙の袋が次々と立っていく。家で小袋を用意する時とは量が違い、同じ所に手を出す動きが、妙に速かった。
少しして、列の向こうの自転車が気になった。
「あれ、前にかご二つついてない?」
口にすると、三輪が道の向こうを見る。
「本当だ。大きいのの中に、小さいの」
「何入れるんだろ」
「小さい物、下に落ちないようにかな」
俺はもう一度自転車を見た。
かごの外へ小さい方の角が出ている。あの幅で曲がる時、壁に引っ掛けないのだろうか。
「榎本、自分なら引っ掛けるなって思ったでしょ」
「……顔に出てた?」
「この間、鞄引っ掛けたって言ってたから」
三輪が笑う。
俺も、あの角は危ないだろ、と笑って返した。買い物の話でも菓子の話でもなく、本当にただ自転車を見ていた。
入口の扉が開き、列が少しずつ進んだ。
俺たちは中に入る直前まで何も話さなかった。前の客が袋を受け取る音と、自動車が通る音がする。
気づいた時には、自分の順番が近かった。
店内には甘いバターの匂いがあった。
俺がフィナンシェを二つ選ぶ間に、三輪はマドレーヌとサブレを決めていた。別々に会計を済ませ、外で袋を見せ合う。
「二つ、同じ?」
「一つ食べて、もう一つは明日。違うのも欲しかったけど」
「私は、両方今日食べる」
彼女はそう言って、袋の口を一度覗いた。
俺は隣の公園を指す。近くのベンチに二人分の場所が空いていた。
腰を下ろすと、三輪は自分の飲み物を出した。
俺も持ってきたお茶を鞄から取る。彼女はマドレーヌをひと口かじり、あ、と思いついたようにこちらを見た。
「待つの、長かった?」
「今は、そんなでもない」
「三分の時は長そうだった」
「時間見たら、もっと長くなるんだな」
言うと、彼女が笑った。
俺もフィナンシェを食べた。外側がさくっとして、中はしっとりしている。好きな端を残すことも忘れ、もうひと口かじる。
「そっちは?」
「うまい。三輪のは?」
「おいしい。こっち来てよかった」
三輪が、自分の袋を膝の上へ寄せた。
俺は焼けた端を指で示し、家でこのくらいに焼いてみたいと話す。彼女は頷いて、でも榎本のクッキーも好きだよ、と言った。
「比べて負けたって話じゃないんだけど」
「分かってる。言いたかっただけ」
そう返されると、何を続けるつもりだったのか分からなくなった。
俺はお茶をひと口飲み、食べかけを見た。
少しの間、隣で彼女が食べる音がする。
今度は、次に何を話そうか考えずに、残った分を食べた。




