第11話_制服で会うと違う
「榎本、おはよう」
連休明けの廊下で三輪に呼ばれ、俺は足を止めた。
隣には、前に沙耶と呼ばれていた女子がいる。二人ともノートを抱えていた。朝の教室へ向かう生徒が、その後ろを通っていく。
「おはようございます」
言ってから、遅かった。
三輪が俺を見て、少し目を細める。
「……ございます?」
「いや、おはよう」
四日前には私服の袖の話までしたのに、制服で並ばれると、返事が店の入口みたいになる。
三輪の隣の女子は、時計を見て教室の方を向いた。
「帆乃、私、先にノート返してくるね」
「うん。ありがとう」
その子が行っても、三輪は俺の前に残った。
鞄の紐を掛け直し、廊下の端へ寄る。俺も生徒を一人通した。
「日曜の店、持ち帰りだけなんだって」
「見た。近くに公園あるから、天気よければそこで食べる?」
「うん。それがいい」
三輪はすぐに頷いた。
昨日の文字の続きと同じ調子だった。俺はようやく、彼女の顔をまともに見る。
髪は今日は低い位置で結んでいた。薄緑の上着を着ていた時とは、首の辺りの見え方が違う。
「昼、もう少し話せる?」
「いいよ」
「中庭の方にいる。弁当食べたあとで」
こちらの返事を聞くと、三輪は自分の教室へ戻った。
俺も二組へ入る。結人が机に積んだプリントの端を揃えていた。
「榎本、後ろの分、配ってくれない?」
「いいけど。何枚?」
「一人一枚。余ったら俺」
受け取りながら、普通に返事ができる。
さっきだって、これくらいでよかったのだが。
席へ座ると、机の横でスマホが震えた。
『昼は、ございます、なくていいよ』
俺は画面を伏せて、一度額へ手を当てた。
見られていた、では済まない。本人に言ったのだから。
『いつもお世話になっております、もなし?』
『うん。遅くならないでね』
そこは拾わないらしい。
笑ってしまい、プリントを取りに来た結人へ、何でもない、と首を振った。
昼休みは少し風があった。
中庭のいつものベンチには先に人がいたので、俺たちは校舎脇の低い塀に腰を下ろした。三輪は膝に鞄を置き、俺が座る分だけ横へずれる。
「日曜、十時半でどう?」
「店、十一時からだろ。そんなに早く?」
「駅に十時半。歩いて、ちょっと見てから並ぶ」
「ああ。店の前で三十分待つのかと思った」
三輪は小さく笑った。
店の場所をスマホで確かめ、途中にある細い道を指す。
「こっち、通れる?」
「通れるけど、二人で歩くなら大通りの方がいいかも」
「そうなの?」
「途中の自転車がすごい。俺、一回鞄引っ掛けた」
格好のつかない道案内だった。
けれど三輪は地図を拡大して、どの辺り、と聞く。俺が曲がり角を示すと、自分も前に似た所で傘を持っていかれそうになったと言った。
「傘だけ、先に曲がった」
「三輪は?」
「戻った。傘、必要だし」
当たり前みたいに返され、俺は笑った。
三輪も笑ってから、画面を閉じる。
その頃には、横の通路を昼休みの生徒が通り始めていた。
彼女は誰かがこちらを見ても話をやめない。俺が相槌を打ったところへ、日曜に何を買うか、まだ決めていないと言い足した。
「あれ、もう選んでるかと思った」
「行ってから決める。今日は写真見ない」
「俺も見ない方がいい?」
「見てもいいけど。当日の分、残しといて」
何の分だと聞きかけ、俺の説明のことかと気づいた。
「少しは黙って食べるつもりなんだけど」
「全部黙るのは、困る」
三輪が鞄を持って立った。
俺も腰を上げると、彼女のスカートの横に細い草がついているのが見えた。
「三輪、そこ」
「どこ?」
指した所を彼女が払い、取れた、とこちらへ顔を向ける。
近い位置で見られると、今度は何も丁寧に言えなかった。うん、とだけ返す。
「じゃあ、明日もここでいい? クッキー、持ってこようと思ってる」
立ち去る前に、俺から聞いた。
家の材料を使い切りたくて、今夜、家族の分を焼くつもりだった。
「食べたい。明日はベンチ、取れるといいね」
三輪は答え、校舎の入口で俺とは別の階段へ向かった。
教室へ戻る途中、彼女が二階の廊下へ出たのが見える。
俺が気づくと、三輪は小さく手を上げた。今度は俺も、すぐに上げ返した。




