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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
幕間 1

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9/13

幕間 嫉妬に狂った足・七本

「俺さ、分かったんだよ」


 ギルドの休憩所で薬草の仕分けをしていたら、タコ男が向かいの椅子にどかっと座った。


 あの日から、何日か経っていた。


コボルトさんの鞄からは、相変わらず黄色いリボンの付いた俺の肋骨が顔を出している。


「……何が」


「贈り物の極意だ」


 タコ男は、何本もある足を全部テーブルの上に乗せて、身を乗り出した。


「お前の骨、コボルトさんは、すっごく喜んでた」


「…………」


「なんであんなに喜んだと思う?」


「骨が好きだから」


「それもある」


 タコ男は、もったいぶって頷いた。


「でも、それだけじゃない。あれは、お前の身体の一部だったからだ」


「は?」


「生身を贈るってのはな、気持ちがこもるんだよ。そこらに落ちてる骨とは重みが違う。だからコボルトさんも、あんなに大事に持ち歩いてるんだ」


 当たっているような気もした。


当たっていたら困る気もした。


 だいたい、あれをプレゼントしたのはタコ男で、その骨は俺の体の一部だった。


そして、気持ちを込めた覚えは一つもない。


込める前に「ぽきっ」と折られた。


「つまり、今度は俺の番だ」


「……何の」


「俺の体の一部を贈る」


 タコ男は、テーブルの上の足の一本を、もう一本の足でぎゅっと掴んだ。


 嫌な予感がした。


「待て」


「俺の気持ちを、まるごと込めて」


「待て待て待て」


「渡すんだ!」


 ぷちっ。


 休憩所に、湿った音が響いた。


 近くの席の誰かが、お茶を噴いた。汚い。薬草に掛かってしまった。


 タコ男は、引きちぎった足を一本、高々と掲げていた。


自信に満ちた涙目だった。


「……いってえ……」


「当たり前だろ!」


「でも、これで気持ちが……」


「人の肋骨を折ったと思ったら、今度は自分の足を千切るな!」


 俺は生まれて初めて、他人の体の心配で大声を出した。


 タコ男は、掲げた足をぷるぷる震わせながら、なぜか誇らしげだった。


◇


 タコ男は、その足に黄色いリボンを巻いた。


「前と同じ色にした。あの人の毛並みに合うから」


 リボンの選定は、今回は一瞬だった。三日悩んだ前回とは大違いだ。


足を千切るほうに全部の決断力を使ってしまったのかもしれない。


「一緒に来てくれ」


「なんで俺が」


「一人だと、また渡すまで三日かかる」


 その三日の間に、千切った足がどうなるのか考えたくなかった。


そう、きっと臭くなる。


 結局、俺はタコ男の後ろについて広場へ行った。


 噴水のそばに、コボルトさんがいた。


「コ、コボルトさん!」


「あ、タコ男さん! スケルトンさんも! こんにちは!」


 コボルトさんはいつもの笑顔で、尻尾を振った。


 タコ男は、リボン付きの足を差し出した。


「こ、これ、受け取ってください! 俺の、気持ちです!」


「わあ……!」


 コボルトさんは、両手でそれを受け取った。


「ありがとうございます! えっと……これは……」


「俺の足です!」


「足」


「八本のうちの一本です!」


「……ゎぁ」


 二回目の「わあ」は、一回目より少しだけ小さかった。


 コボルトさんの鼻が、ひくっと動いた。


 もう一回、ひくっと動いた。


 ぴんと立っていた耳が、ほんの少しだけ、後ろに倒れた。


 尻尾は振っていた。


振っていたけど、骨の時より、明らかにゆっくりだった。


「……大事に、しますね!」


 コボルトさんは笑った。笑顔だった。ちゃんと笑顔だった。


 ただ、受け取った足を、体から少し離して持っていた。


 タコ男は気づかなかった。


「喜んでくれた……!」


 帰り道、タコ男は七本の足で跳ねるように歩いていた。


 俺は、何も言わなかった。器用なヤツである。


◇


 翌日の昼過ぎ。


 俺は町はずれの浜辺の近くで、薬草を摘んでいた。


海風の当たる斜面にしか生えない種類があるのだ。


 ふと見下ろすと、波打ち際に見覚えのある耳と尻尾があった。


 コボルトさんだった。思わず声を掛けようとした、が。


 釣り竿を持っている。


 足元には、黄色いリボン。


 リボンはただ落ちていた。


 コボルトさんは、竿の先を手元に引き寄せた。


針に、何か白っぽくて細長く小さいものが付いている。


 俺は、目を凝らした。


 吸盤が付いていた。小さく切られた、タコの足。


「あっ……餌」


 声に出してしまった。


 コボルトさんは、何の迷いもなく竿を振った。


白っぽいものが弧を描いて、海に飛んでいった。


  『ぽちゃん。』


 竿が、すぐにしなった。


「わっ、わっ!」


 コボルトさんが竿を引く。大きな魚が跳ね上がる。針を外して、また投げる。


 ぽちゃん。


 すぐにしなる。


 また釣れる。


 投げる。釣れる。投げる。釣れる。


 コボルトさんの足元の桶が、みるみる魚でいっぱいになっていく。


二つ目の桶が出てきた。三つ目も出てきた。


「すごい! すっごく釣れる! タコ男さん、すごい! 足すごい! また欲しいな!」


 コボルトさんの尻尾が、今日一番の勢いで揺れていた。


 たぶん、タコ男の足を受け取った時よりも、ずっと。


 俺は、斜面の上で、薬草を一本握ったまま固まっていた。


 生臭かったんだろうな、と思った。


 骨と違って、足は、生臭い。そして二日目だ。


◇


 その次の日。


 ギルドの休憩所に、香ばしい匂いが広がっていた。


「皆さん、どうぞ! 昨日たくさん釣れたので、魚料理を作ってきました!」


「タコ男さん!ありがとう!皆さん感謝を!」


 コボルトさんが、大皿をいくつも並べていた。


焼き魚。煮魚。魚のスープ。


ギルド員たちが、わっと集まってくる。


 その中に、タコ男がいた。


「コボルトさんの……手料理……!」


 タコ男は、焼き魚の皿を七本の足で大事そうに抱えて、震えていた。


「俺、コボルトさんの手料理を食べるの、初めてだ……そしてあんなに喜んでる!」


「……そうか」


「この前の足、喜んでくれたからかな。お礼かな。そうだよな。きっとそうだ」


 タコ男は、一口食べて、泣いた。


「うまい……!」


 俺も一匹もらった。


 うまかった。


 ものすごく、うまかった。


 身がふっくらしていて、脂がのっていて、ほんのり甘い。


良い餌で釣れた魚は、良い魚なのかもしれない。


 飲み込むのに、少し時間がかかった。


タコ男の足が入っているかもしれないと思ってしまうと……


しかし。


「……うまいな」


「だろ!?」


 タコ男が、うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにして頷いた。


 そこへ、休憩所の入り口からデュラハンさんが入ってきた。


 コボルトさんの尻尾が、ぴんと跳ねた。


「デュラハンさん!」


 コボルトさんは、大皿の山の後ろから、小さな包みを取り出した。


 布で丁寧に包まれた、弁当箱だった。


「これ、デュラハンさんの分です! 一番大きいのを焼いて、骨も全部取っておきました!」


「お、悪いな」


「食べやすいように、身もほぐしてあります! あと、これは別に作った特製のたれで……」


 大皿と、弁当箱。


 丸ごと焼いただけの魚と、骨まで取ってほぐした魚。


 俺は、見なかったことにしようとして、失敗した。


 デュラハンさんは包みを受け取ると、小脇の頭を少し傾けて「ありがとな」と言った。


何も気づいていない顔だった。


この人はいつも、気づかない顔をしている。カブトだけど。


 タコ男は、焼き魚を抱えたまま泣いていた。


 大皿の魚で、泣いていた。


 俺は、もう一匹魚を食べた。


 やっぱり、うまかった。足が入っていないといいなと思いながら。 


◇


 夕方。


 浜辺の斜面で、昨日摘み残した薬草を摘んでいた。


 波の音に混じって、鼻歌が聞こえてきた。


「ふんふーん……ふふーん……」


 知っている鼻歌だった。


 見下ろすと、波打ち際を、タコ男が歩いていた。


 夕日に照らされて、影が長く伸びている。


 足の影は、七本だった。


 一本分だけ、隙間があった。


 タコ男は、ときどき少しよろけながら、それでも楽しそうに歩いていた。


コボルトさんの手料理の余韻がまだ残っているんだろう。


鼻歌の調子が、この間よりもさらに軽い。ホントに器用なヤツだ。


 俺は、斜面を下りた。


「あ、スケルトン!」


 タコ男が、七本の足を振った。


「魚、うまかったな!」


「ああ……うまかった」


「コボルトさん、俺の足、どうしてるかなあ。大事にするって言ってたもんな。部屋に飾ってるのかな」


 波が、足元まで寄せてきた。


 黄色いリボンのことを思った。


針の先の、吸盤を思った。


三つの桶。大皿。弁当箱。


 そして、こう言えば、終わる。


 『お前の足は、餌になった。腐る前に処分された』


お前が泣きながら食べた魚は、お前の足で釣れた魚だ。


 でも、俺は知っている。


 大事に持ち歩かれている骨と、海に投げられた足。


どっちが報われていて、どっちが報われていないのか。


 本当は、どっちも同じくらい報われていないことも。


「たぶん……飾ってるかもな」


 俺は言った。声が引きつった。


「だよな!」


 タコ男は、嬉しそうに笑った。


 それから、ふと自分の足を見下ろした。


「うーん……生えてくるのかな、これ」


「知らないのか」


「知らない」


「知らないのに千切ったのか」


「たぶん、大丈夫だと思ったんだよ。それに、気持ちが抑えられなかった」


 タコ男は、それ以上は気にしていないみたいに、また鼻歌を歌い始めた。


七本の足で、器用に波打ち際を歩いていく。


 俺はその背中を見送った。


 夕日の中で、七本の影が揺れていた。


 俺の胸の隙間と、あいつの足の隙間。


 どっちも、好きな人のところへ行った。


 好きな人は、どっちも、笑って受け取ってくれた。


 それで、いいことにしよう。


『生身は腐(・)敗(・)する』という事実に気づくまでは。


 俺は胸の空白に手を当てた。


 海からの風が、そこを抜けていった。

※ 残酷描写がありました:タコ男さんが自身の足を引きちぎります。お気を付けください。なお、足は腐敗する前に安全に処理されましたのでご安心ください。


◇


みなさま、お久しぶりで御座います。


タコ男さんが馬鹿な妄想をしている間に『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』


の連載がスタートしてしまいました。まだ私の肋骨は解決していないのですが……


ですが、とりあえずは『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』をお楽しみください。


スケルトン。

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