幕間 嫉妬に狂った足・七本
「俺さ、分かったんだよ」
ギルドの休憩所で薬草の仕分けをしていたら、タコ男が向かいの椅子にどかっと座った。
あの日から、何日か経っていた。
コボルトさんの鞄からは、相変わらず黄色いリボンの付いた俺の肋骨が顔を出している。
「……何が」
「贈り物の極意だ」
タコ男は、何本もある足を全部テーブルの上に乗せて、身を乗り出した。
「お前の骨、コボルトさんは、すっごく喜んでた」
「…………」
「なんであんなに喜んだと思う?」
「骨が好きだから」
「それもある」
タコ男は、もったいぶって頷いた。
「でも、それだけじゃない。あれは、お前の身体の一部だったからだ」
「は?」
「生身を贈るってのはな、気持ちがこもるんだよ。そこらに落ちてる骨とは重みが違う。だからコボルトさんも、あんなに大事に持ち歩いてるんだ」
当たっているような気もした。
当たっていたら困る気もした。
だいたい、あれをプレゼントしたのはタコ男で、その骨は俺の体の一部だった。
そして、気持ちを込めた覚えは一つもない。
込める前に「ぽきっ」と折られた。
「つまり、今度は俺の番だ」
「……何の」
「俺の体の一部を贈る」
タコ男は、テーブルの上の足の一本を、もう一本の足でぎゅっと掴んだ。
嫌な予感がした。
「待て」
「俺の気持ちを、まるごと込めて」
「待て待て待て」
「渡すんだ!」
ぷちっ。
休憩所に、湿った音が響いた。
近くの席の誰かが、お茶を噴いた。汚い。薬草に掛かってしまった。
タコ男は、引きちぎった足を一本、高々と掲げていた。
自信に満ちた涙目だった。
「……いってえ……」
「当たり前だろ!」
「でも、これで気持ちが……」
「人の肋骨を折ったと思ったら、今度は自分の足を千切るな!」
俺は生まれて初めて、他人の体の心配で大声を出した。
タコ男は、掲げた足をぷるぷる震わせながら、なぜか誇らしげだった。
◇
タコ男は、その足に黄色いリボンを巻いた。
「前と同じ色にした。あの人の毛並みに合うから」
リボンの選定は、今回は一瞬だった。三日悩んだ前回とは大違いだ。
足を千切るほうに全部の決断力を使ってしまったのかもしれない。
「一緒に来てくれ」
「なんで俺が」
「一人だと、また渡すまで三日かかる」
その三日の間に、千切った足がどうなるのか考えたくなかった。
そう、きっと臭くなる。
結局、俺はタコ男の後ろについて広場へ行った。
噴水のそばに、コボルトさんがいた。
「コ、コボルトさん!」
「あ、タコ男さん! スケルトンさんも! こんにちは!」
コボルトさんはいつもの笑顔で、尻尾を振った。
タコ男は、リボン付きの足を差し出した。
「こ、これ、受け取ってください! 俺の、気持ちです!」
「わあ……!」
コボルトさんは、両手でそれを受け取った。
「ありがとうございます! えっと……これは……」
「俺の足です!」
「足」
「八本のうちの一本です!」
「……ゎぁ」
二回目の「わあ」は、一回目より少しだけ小さかった。
コボルトさんの鼻が、ひくっと動いた。
もう一回、ひくっと動いた。
ぴんと立っていた耳が、ほんの少しだけ、後ろに倒れた。
尻尾は振っていた。
振っていたけど、骨の時より、明らかにゆっくりだった。
「……大事に、しますね!」
コボルトさんは笑った。笑顔だった。ちゃんと笑顔だった。
ただ、受け取った足を、体から少し離して持っていた。
タコ男は気づかなかった。
「喜んでくれた……!」
帰り道、タコ男は七本の足で跳ねるように歩いていた。
俺は、何も言わなかった。器用なヤツである。
◇
翌日の昼過ぎ。
俺は町はずれの浜辺の近くで、薬草を摘んでいた。
海風の当たる斜面にしか生えない種類があるのだ。
ふと見下ろすと、波打ち際に見覚えのある耳と尻尾があった。
コボルトさんだった。思わず声を掛けようとした、が。
釣り竿を持っている。
足元には、黄色いリボン。
リボンはただ落ちていた。
コボルトさんは、竿の先を手元に引き寄せた。
針に、何か白っぽくて細長く小さいものが付いている。
俺は、目を凝らした。
吸盤が付いていた。小さく切られた、タコの足。
「あっ……餌」
声に出してしまった。
コボルトさんは、何の迷いもなく竿を振った。
白っぽいものが弧を描いて、海に飛んでいった。
『ぽちゃん。』
竿が、すぐにしなった。
「わっ、わっ!」
コボルトさんが竿を引く。大きな魚が跳ね上がる。針を外して、また投げる。
ぽちゃん。
すぐにしなる。
また釣れる。
投げる。釣れる。投げる。釣れる。
コボルトさんの足元の桶が、みるみる魚でいっぱいになっていく。
二つ目の桶が出てきた。三つ目も出てきた。
「すごい! すっごく釣れる! タコ男さん、すごい! 足すごい! また欲しいな!」
コボルトさんの尻尾が、今日一番の勢いで揺れていた。
たぶん、タコ男の足を受け取った時よりも、ずっと。
俺は、斜面の上で、薬草を一本握ったまま固まっていた。
生臭かったんだろうな、と思った。
骨と違って、足は、生臭い。そして二日目だ。
◇
その次の日。
ギルドの休憩所に、香ばしい匂いが広がっていた。
「皆さん、どうぞ! 昨日たくさん釣れたので、魚料理を作ってきました!」
「タコ男さん!ありがとう!皆さん感謝を!」
コボルトさんが、大皿をいくつも並べていた。
焼き魚。煮魚。魚のスープ。
ギルド員たちが、わっと集まってくる。
その中に、タコ男がいた。
「コボルトさんの……手料理……!」
タコ男は、焼き魚の皿を七本の足で大事そうに抱えて、震えていた。
「俺、コボルトさんの手料理を食べるの、初めてだ……そしてあんなに喜んでる!」
「……そうか」
「この前の足、喜んでくれたからかな。お礼かな。そうだよな。きっとそうだ」
タコ男は、一口食べて、泣いた。
「うまい……!」
俺も一匹もらった。
うまかった。
ものすごく、うまかった。
身がふっくらしていて、脂がのっていて、ほんのり甘い。
良い餌で釣れた魚は、良い魚なのかもしれない。
飲み込むのに、少し時間がかかった。
タコ男の足が入っているかもしれないと思ってしまうと……
しかし。
「……うまいな」
「だろ!?」
タコ男が、うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにして頷いた。
そこへ、休憩所の入り口からデュラハンさんが入ってきた。
コボルトさんの尻尾が、ぴんと跳ねた。
「デュラハンさん!」
コボルトさんは、大皿の山の後ろから、小さな包みを取り出した。
布で丁寧に包まれた、弁当箱だった。
「これ、デュラハンさんの分です! 一番大きいのを焼いて、骨も全部取っておきました!」
「お、悪いな」
「食べやすいように、身もほぐしてあります! あと、これは別に作った特製のたれで……」
大皿と、弁当箱。
丸ごと焼いただけの魚と、骨まで取ってほぐした魚。
俺は、見なかったことにしようとして、失敗した。
デュラハンさんは包みを受け取ると、小脇の頭を少し傾けて「ありがとな」と言った。
何も気づいていない顔だった。
この人はいつも、気づかない顔をしている。カブトだけど。
タコ男は、焼き魚を抱えたまま泣いていた。
大皿の魚で、泣いていた。
俺は、もう一匹魚を食べた。
やっぱり、うまかった。足が入っていないといいなと思いながら。 
◇
夕方。
浜辺の斜面で、昨日摘み残した薬草を摘んでいた。
波の音に混じって、鼻歌が聞こえてきた。
「ふんふーん……ふふーん……」
知っている鼻歌だった。
見下ろすと、波打ち際を、タコ男が歩いていた。
夕日に照らされて、影が長く伸びている。
足の影は、七本だった。
一本分だけ、隙間があった。
タコ男は、ときどき少しよろけながら、それでも楽しそうに歩いていた。
コボルトさんの手料理の余韻がまだ残っているんだろう。
鼻歌の調子が、この間よりもさらに軽い。ホントに器用なヤツだ。
俺は、斜面を下りた。
「あ、スケルトン!」
タコ男が、七本の足を振った。
「魚、うまかったな!」
「ああ……うまかった」
「コボルトさん、俺の足、どうしてるかなあ。大事にするって言ってたもんな。部屋に飾ってるのかな」
波が、足元まで寄せてきた。
黄色いリボンのことを思った。
針の先の、吸盤を思った。
三つの桶。大皿。弁当箱。
そして、こう言えば、終わる。
『お前の足は、餌になった。腐る前に処分された』
お前が泣きながら食べた魚は、お前の足で釣れた魚だ。
でも、俺は知っている。
大事に持ち歩かれている骨と、海に投げられた足。
どっちが報われていて、どっちが報われていないのか。
本当は、どっちも同じくらい報われていないことも。
「たぶん……飾ってるかもな」
俺は言った。声が引きつった。
「だよな!」
タコ男は、嬉しそうに笑った。
それから、ふと自分の足を見下ろした。
「うーん……生えてくるのかな、これ」
「知らないのか」
「知らない」
「知らないのに千切ったのか」
「たぶん、大丈夫だと思ったんだよ。それに、気持ちが抑えられなかった」
タコ男は、それ以上は気にしていないみたいに、また鼻歌を歌い始めた。
七本の足で、器用に波打ち際を歩いていく。
俺はその背中を見送った。
夕日の中で、七本の影が揺れていた。
俺の胸の隙間と、あいつの足の隙間。
どっちも、好きな人のところへ行った。
好きな人は、どっちも、笑って受け取ってくれた。
それで、いいことにしよう。
『生身は腐敗する』という事実に気づくまでは。
俺は胸の空白に手を当てた。
海からの風が、そこを抜けていった。
※ 残酷描写がありました:タコ男さんが自身の足を引きちぎります。お気を付けください。なお、足は腐敗する前に安全に処理されましたのでご安心ください。
◇
みなさま、お久しぶりで御座います。
タコ男さんが馬鹿な妄想をしている間に『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』
の連載がスタートしてしまいました。まだ私の肋骨は解決していないのですが……
ですが、とりあえずは『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』をお楽しみください。
スケルトン。




