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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
幕間 1

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10/13

幕間-後日談 残り六本

「タコ男さーん!」


 朝のギルド。


 依頼掲示板の前で、俺とタコ男がいつもの一番端の紙を眺めていたら、後ろから声がした。


 声だけで分かった。


 俺の全身の骨と、タコ男の七本の足が、同時に背筋を伸ばした。


 タコ男の場合、どこが背筋なのかは分からない。でも、伸びていた。


「コ、コボルトさん!」


「おはようございます! スケルトンさんも!」


「お、おはよう、ございます」


 コボルトさんは、尻尾をぶんぶん振りながら駆け寄ってきた。


 鞄からは、今日も黄色いリボンの付いた俺の肋骨が顔を出している。


 それから、コボルトさんはタコ男の前でぴたりと止まって、両手をぎゅっと胸の前で握った。


「タコ男さんのおかげで、皆さんに美味しいお魚を食べてもらえました!」


 満面の笑顔だった。


 一点の曇りもない、純粋な感謝の顔だった。


「…………お魚?」


 タコ男が言った。


「はい! あの足、すっごく釣れたんです! 投げたらすぐ掛かって、また投げたらすぐ掛かって! 桶が三つもいっぱいになったんですよ!」


「…………」


「あんなに釣れる餌、初めてでした!」


 餌。


 はっきり言った。


 タコ男の顔が、赤くなった。


 白くなった。


 青くなった。


 見たことのある順番だった。


 俺は、天井を見た。


 この前の夕方、浜辺で、俺は黙っていた。


声が引きつるのを我慢して、「飾ってるかもな」と言った。


 あの沈黙は、何だったんだ。


 三日ももたなかった。


 本人の口から、満面の笑顔で、全部出た。


 コボルトさんに、悪気は一つもない。


 悪気がないから、隠す理由もない。


当たり前だ。


◇


「……そう、ですか……餌に……美味しかったと……」


 タコ男の足が、七本とも、ゆっくりとしおれていった。


 しおれきる直前だった。


「それで、あの」


 コボルトさんが、少しもじもじした。


 耳がぴこっと動いた。


「もし、よかったらなんですけど……」


「……はい」


「もう一本、いただけませんか?」


「!!!!!!」


 しおれかけていた七本の足が、ぴたりと止まった。


「今度、ギルドの皆さんで、もっとたくさんお魚料理をしようと思ってて。タコ男さんの足じゃないと、あんなに釣れないと思うんです!私あれが大好きになりました!」


 コボルトさんの尻尾が、今日一番の勢いで揺れた。


 黄色いリボンの骨を受け取った時と、同じくらい。


 いや、それ以上かもしれない。


 タコ男は、固まっていた。


 顔の色が、青から、少しずつ戻ってくる。


白を通り越して、赤のほうへ。今にも溶けてしまいそうなぐらい。


「……コボルトさんが」


 タコ男が、震える声で言った。


「俺に、お願いを……」


 ああ、と思った。


 この目は、駄目なやつだ。


 自分の足が、餌になった。


好きな人は、自分の気持ちをそのまま海に投げた。


それなのに、その好きな人が、自分を頼ってくれている。


自分にしかできないことだと、言ってくれている。しかも大好きだと!


 タコ男は、嬉々としていた。


 絶好調になったようである。


そして、なんて立ち直りの早いヤツだ。またどうせ凹むのに……


「待て」


 俺は言った。


「待て待て待て」


「喜んで!」


 ぷちっ。


 ギルドに、湿った音が響いた。


「ひぃ」


 掲示板の前にいた新人のギルド員が、悲鳴を上げて柱の陰に隠れた。


気持ちは分かる。俺も隠れたかった。


「どうぞ!」


 タコ男は、引きちぎったばかりの足を一本、うやうやしく差し出した。


自信に満ちた涙目だった。見覚えがある。


「わあ! ありがとうございます!これ本当に良いものです!」


 コボルトさんは、両手でそれを受け取った。


 今度は、体から離して持たなかった。


 すぐに鞄の横に吊るした。釣り道具の袋だった。


「あ、リボンは」


 タコ男が言いかけた。


「大丈夫です! 今すぐ使うので!」


 満面の笑顔だった。


 悪気は、一つもなかった。


◇


 昼過ぎ。


 俺は町はずれの斜面で薬草を摘んでいた。


 隣に、タコ男がいた。


 なぜか、ついて来た。


「見守りたいんだ。俺の足の、晴れ舞台を」


 波打ち際で、コボルトさんが竿を振った。


 ぽちゃん。


 すぐにしなる。


「行けー! 俺の足ー!」


 タコ男が、六本の足を振り回して叫んだ。


 大きな魚が跳ね上がった。


「よっしゃああ!」


 ぽちゃん。


 しなる。


 跳ねる。


「いいぞ、俺の足! さすが俺の足!」


 自分の足を、自分で応援している。


 俺は、生まれて初めて見る光景を、今月だけで何回見ればいいんだろう。


 桶が一つ、二つ、三つ。


 今日は四つ目が出てきた。


「タコ男さーん! 見てましたかー! 今日も最高ですー! さすがタコ男さん!」


 コボルトさんが、こっちに向かって大きく手を振った。


「さ、最高……!」


 タコ男が、斜面の上で崩れ落ちた。


六本の足が、全部、幸せそうに伸びていた。


 これは、恋の進展なんだろうか。


 タコ男にとっては、たぶんそうだ。


好きな人に頼られた。名前を呼ばれた。最高と言われた。


 俺にとっては、二度目の惨劇だった。


一週間のうちに、目の前で『ぷちっ』を二回聞いた。


ぽきっ、を入れたら三回だ。一回は寝てたけど。


 その時、浜辺の向こうから鎧姿が歩いてきた。


 小脇に、自分の頭を抱えている。


 コボルトさんの尻尾が、ぴんと跳ねた。


「デュラハンさん!」


 コボルトさんは、四つの桶の中から一番大きな魚を両手で掴んで、走っていった。


「見てください! 今日一番の大物です! デュラハンさんに一番に見てほしくて!」


「へえ。でかいな」


「ですよね! 今夜、これで特別なのを作りますね! タコ男さんのおかげです!」


 タコ男が、斜面の上でゆっくりと起き上がった。


 六本の足が、少しだけ、垂れた。


「……一番に、か、でも俺のおかげ」


「…………」


「……うん、いいんだ」


 タコ男は、自分に言い聞かせるように言った。


「あの魚、釣ったの、俺の足だから」


 いいんだ、と言う声が、少しだけ小さかった。


 コボルトさんは、デュラハンさんの方を向いたまま、振り返らなかった。


カブトの横で、尻尾が今日一番に揺れていた。


カブトはタコ男の方を悲しげに見ていた。


◇


 夕方。


 波打ち際を、タコ男が歩いていた。


 夕日に照らされて、影が長く伸びている。


 足の影は、六本だった。


 二本分、隙間があった。


 この前より、よろけ方が少しだけ大きい。


それでも鼻歌を歌っている。ホントに器用なヤツだ。


「なあ、スケルトン」


 タコ男が、立ち止まった。


「お前、知ってたんだろ。この前」


「……ああ、まぁ」


「餌になったって」


「……ぁぁ」


「なんで言わなかったんだ」


 俺は、少し考えた。


「……言ったら、魚がまずくなるだろ、それにコボルトさん嬉しそうだった」


 タコ男は、しばらく黙っていた。


 それから、笑った。


「うまかったもんな、あの魚。俺の足の」


「あぁ、うまかった」


「知らないで食ったから、うまかったんだ……でも……きっと、明日は手料理だ!」


 タコ男は、自分の足を見下ろした。


 そして、一本ずつ、足で足を触り始めた。


「いっぽん、にほん、さんぼん……」


 俺は、黙って見ていた。


 知っている数え方だった。


 朝、目が覚めるたびに、俺が自分の胸でやっている数え方だった。


「よんほん、ごほん、ろっぽん」


 そこで、タコ男の足が止まった。


 もう一度、最初から数えた。


 六本だった。


「……残り、六本か」


 タコ男は、ぽつりと言った。


 それから、顔を上げた。


 夕日の中で、笑っていた。


「でもさ。あと六回、あの人に頼ってもらえるってことだよな」


 俺は、何も言えなかった。


 あと六回。


 六回頼られて、六回笑ってもらえて、六回とも、一番大きな魚は、別の誰かのところへ行く。


 そして、七回目は、ない。


 タコ男は、それに気づいているのか、いないのか。まさか生えないよな?生えないでほしい。でないと、ずっと『ぷちっ』を聞かされそうだ。


 また鼻歌を歌いながら、六本の足で、波打ち際を歩いていった。


 俺は、胸の空白に手を当てた。


 数えなくても、分かっていた。


 海からの風が、そこを抜けていった。

残酷描写が御座いました:タコ男が喜んで自分の足を引きちぎります。


ホラー描写がありました:足をほしがるニコニコしたコボルトさん。


いずれもご注意ください。


◇

スケルトンです。


なんと、私の3日間の秘密がこのようにもあっさり、ご本人から・・


可愛い・・コボルトさん。ここに、まだ骨沢山ありますよ?


とか、妄想している間にも『歌姫さん』のお話は進んでいるようです。


肋骨如何しようかな・・・





『スカスカになるぞ。輸入するか?』


デュラハン

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