幕間-後日談2 何か、生えてきた
「スケルトン、起きてるか!」
朝。まだ肋骨を数えている途中だった。誰だ朝早くから日課を邪魔するヤツは……
いっぽん、にほん、ろっこつさん。右が十二本で、左が、と数えかけたところで、部屋の扉が叩かれた。
叩かれた、というより、ぺちぺちぺちぺちと、たくさんの何かで同時に叩かれた。
何となく分かってしまったので、数え追えるまで無視する。ぺちぺちが数え歌と何故か合う。
開けると、タコ男が立っていた。
顔が青い。とても表情が豊かだ。タコだけど。私も見習いたいものだ。頬を削るかな。
赤でも白でもなく、最初から青い。こいつの顔色の順番を知っている俺としては、いきなり最後の色から来られると身構える。
その時は大体コボルさん絡みのハズなのだが……
「……どうした」
「なんか、生えてきた」
「は?」
タコ男は、足を一本、そっと持ち上げた。
休憩所で千切った足の、付け根のところだった。
そこに、小さな触手のような物が、ぴこっと出ていた。
小指の先くらいの、ちょこんとした、薄桃色のやつ。
ぴこっ、と動いた。
「…………」
「…………」
「動いたな」
「動いたんだよ! 朝起きたら、なんかむずむずして、見たらこれで!」
タコ男は、生えかけの足らしきそれを俺の目の前に突き出した。ぴこぴこ動いていた。
「病気か?医者はここじゃ無いぞ?」
「知らないんだよ」
「呪いか? あの時、千切ったから、罰が当たったのか?神様はいたのか……」
「知らないんだって」
「これ、抜いたほうがいいのか?罰なら怖いよ」
「抜くな。呪いの装備だとおもう」
触手なだけに。
即答した。これ以上、『ぷちっ』は聞きたくない。
タコ男は、ぴこぴこ動く小さな足らしきそれを、何本もの足で囲んで、心配そうに覗き込んだ。
「……生えてくるなんて、知らなかった」
そういえば、浜辺で聞いた。
生えてくるのかな、これ。知らない。知らないのに千切ったのか。
本当に、知らなかったのだ。
知らないで、好きな人のために千切ったのだ。こいつは。
「……良かったじゃないか!」
俺は言った。
本心だった、と思う。
「良かった……のか? これ、良いことなのか?」
「元に戻るんだろ。良いことじゃないか」
「そうか……そうかだよな!」
タコ男の顔が、青から、少しずつ白に戻っていった。
◇
三日後。
「スケルトン! 見て!」
ギルドの休憩所で、タコ男が足を突き出してきた。
小指の先くらいだったやつが、指一本ぶんくらいになっていた。
触手じゃ無かったのか……残念。
「伸びてるな」
「伸びてるんだよ! 毎朝、ちょっとずつ!」
もう青くなかった。普通の顔色で、少し得意げだった。
「最初は怖かったけど、慣れてきたよ。なんか、かわいいだろ?」
「自分の足をかわいいって言うなよ」
「かわいいんだよ。ほら、ぴこぴこ」
ぴこぴこ、と動いた。
「……良かったな」
俺は言った。
以前より、少しだけ短く言った気がした。
気のせいだと思うことにした。
◇
その日の昼。
「タコ男さーん! スケルトンさーん!」
ギルドの出口で、声がした。
声だけで分かった。俺の全身の骨と、タコ男の七本と少しの足が、同時に背筋を伸ばした。
コボルトさんが、豊満な尻尾をフリフリしながら駆けてくる。
鞄からは、今日も黄色いリボンの付いた俺の肋骨の俺が顔を出している。
「こ、コボルトさん! 見てください!」
タコ男が、生えかけの足を差し出した。差し出すな、と思った。呪った。
コボルトさんは、それを覗き込んだ。
耳が、ぴんと立った。
「わあ……! 生えてくるんですね!」
「は、はい! 俺も知らなかったんですけど!」
「すごい! じゃあ、また……ゴクリ……」
コボルトさんは、そこで口を押さえた。
押さえたけど、尻尾は押さえられていなかった。ものすごい勢いで揺れていた。はち切れんばかりに。
また、の続きは、俺にも分かった。たぶん、桶の数だ。今度は増えるに違いない。
「はい!」
タコ男にも分かったらしい。分かった上で、顔が真っ赤になっていた。相変わらず表情が豊かだ。
「は、はい! 全部生えたら、また!」
「楽しみにしてますね!」
コボルトさんは、本当に嬉しそうに笑った。
それから、ふと、俺のほうを見た。
正確には、俺の左胸のあたりを見た。
「スケルトンさんは……」
「はい」
「……生えてきたり、しませんか?」
「しません」
「そうですかぁ。頑張ってくださいね」
ほんの少しだけ、耳が下がった。
ほんの少しだけだった。
すぐに「あ、デュラハンさん!」と言って、コボルトさんは休憩所のほうへ走っていった。
鞄の中で、肋骨の俺が揺れていた。
俺は、出口の前でしばらく立っていた。
生えてくる足は、楽しみにしてもらえのか……
分かっている。コボルトさんに悪気は一つもない。ただ、桶の数が増えるのが嬉しいだけに違いない。きっと……
分かっているのに、その日の夜、俺は布団の中で、生まれて初めて、自分の胸に向かって「生えろ」と言った。
生えなかった。枝を刺そう。今日こそ。
◇
さらに五日後。
朝。肋骨を数える。
いっぽん、にほん、ろっこつさん。
右が十二本。左が、十一本。
昨日も十一本。一昨日も十一本。たぶん、明日も、十一本。
扉が叩かれた。ぺちぺちぺちぺち。
もう、骨を磨き終えるまで無視していた。
「スケルトン! 二本目も生えてきたよ!」
タコ男だった。
一本目は、もう手のひらくらいの長さになっていた。そして、ギルドの掲示板の前で千切った二本目の付け根に、また、ぴこっ、と小さいのが出ていた。
「すごいだろ。俺、千切っても大丈夫な体だったんだ」
「…………」
「これでさ、全部戻ったらまた」
タコ男は、生えかけの足を嬉しそうに眺めた。
「また一本、コボルトさんに献上できる!」
「良かった」
俺は言った。家臣かタコ男。
そして、
「な」が、取れていた。
◇
「なあ、スケルトン。俺、最近気づいたんだけど」
さらに数日後の夕方。浜辺の斜面。
俺が薬草を摘んでいる横で、タコ男が自分の足を数えていた。
「いっぽん、にほん、さんぼん……」
いつかの夕方、波打ち際で聞いた、あの数え方だった。
「ろっぽん。それから、これが、半分さん。これが、ちょっとさん。」
「…………」
「数えるたびに、増えてるんだ」
タコ男は、夕日の中で、嬉しそうに笑った。
「最初は怖かったけどさ。今は、朝、数えるのが楽しみなんだ。スケルトンに言われて抜くの止めて良かったよ」
「……ああ」
俺は言った。止めるべきでは無かった……
そして、
「良かった」も、取れていた。
タコ男は気づかなかった。鼻歌を歌いながら、また最初から数え始めた。いっぽん、にほん。
俺は、摘んだ薬草を籠に入れた。
それから、なんとなく、自分の胸に手をやった。
いっぽん、にほん、ろっこつさん。
数えなくても分かっている。
何回数えても、十一本だ。
朝、数えるのが楽しみな奴と。
朝、数えるのが癖になってしまった奴。
同じ数え方をしているのに、こっちだけ、増えない。
胸の隙間を、海風が抜けていった。
いつもと同じ風だった。
なのに今日は、それが、ほんの少しだけ悔しかった。
「なあ、スケルトン。お前も、何か生えてくるといいな」
「……生えない」
「分かんないだろ。俺だって知らなかったんだから」
「骨は植物じゃないんだ」
自分で言った言葉だった。
言うたびに、少しずつ、腹が立つようになってきた言葉だった。
いよいよ良い枝を探しに行くたびに出ようか……もうスカスカに耐えられそうに無かった。
◇
スケルトンです。
タコ男さんの足が、生えてきました。良かったです。本当に良かったです。
……良かったです。
私の肋骨は、今朝も十一本でした。
別に、うらやましくなんか、ありません。
『スカスカだな。やっぱり輸入するか?』
デュラハンさん
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