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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
幕間 1

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12/13

幕間2-1 コボルトさんの、いつもの一日

「おはようございます!」


 朝のギルドの扉を開けると、コボルトさんはまず、そう言う。


 誰がいるか確かめる前に言う。だいたい、誰かはいるからだ。


「おはよう、コボルトちゃん」


 受付のお姉さんが笑った。


「おはようございます!」


 掲示板の前で依頼の紙を睨んでいた新人さんにも言った。新人さんは、びくっとしてから、ちょっと照れたように頭を下げた。


「おはようございます!」


 休憩所でお茶を飲んでいたゾンビさんにも言った。ゾンビさんは、ゆっくりと片手を上げた。ゆっくりなのは、いつものことだ。


 挨拶をすると、みんな、少しだけ顔がゆるむ。


 それを見ると、コボルトさんも嬉しくなる。


 尻尾が勝手に揺れる。耳も勝手に動く。止めようと思ったことはない。止める理由がないからだ。


 これが、コボルトさんの普通の朝だった。


 掲示板の一番端に、見慣れた白い背中があった。


 一番端の紙を取るのは、いつもあの人だ。


「スケルトンさん! おはようございます! 今日も薬草ですか?」


 白い背中が、びしっと伸びた。


「は、はひ」


 はひ、だった。


 スケルトンさんは、朝はいつも「はひ」だなあ、とコボルトさんは思った。


 たぶん、そういう挨拶なのだ。骨の人の。


「気をつけて行ってきてくださいね!」


「は、はひ」


 二回目も、はひだった。


 今日も元気そうでよかった、とコボルトさんは思った。


 腰の鞄の中で、黄色いリボンの骨が、ことんと揺れた。


 タコ男さんにもらった、一番のお気に入り。


 コボルトさんは、鞄の上からそっと骨を撫でた。スケルトンさんの顎が、なぜかカタカタ鳴っていた。


◇


「タコ男さん!」


 休憩所の入口に、ぺたぺたと見慣れた足音がした。


 コボルトさんは、真っ先に足元を見た。


 生えかけの足。


 この前見た時より、少し長い。


「また伸びましたね!」


「は、はい! 毎朝、ちょっとずつ!」


 タコ男さんは、生えかけの足を嬉しそうに持ち上げてみせた。


「もう少しで、元通りです!」


「すごい! よかったですね!」


 コボルトさんは、両手をぎゅっと握った。


 本当に、よかったと思った。


 生えてくると聞いた時は、びっくりした。でも、ちゃんと元に戻るなら、それが一番いい。痛いのは、よくない。


「あの足、本当にすごかったんですよ!」


 話し始めたら、止まらなかった。


「投げたらすぐ掛かって、また投げたらすぐ掛かって! 桶が、いっぱいになって!」


「は、はい」


「それで、ギルドの皆さんに魚料理を作ったら、みんな、おいしいって言ってくれて! ゾンビさんなんて、二回もおかわりしたんですよ!」


 タコ男さんの顔が、みるみる赤くなっていった。


「……覚えていて、くれたんですね……!」


「え?」


 コボルトさんは、首を傾げた。


 覚えているも何も、と思った。


 あんなに嬉しかったことを、忘れるはずがない。


「もちろんです! タコ男さんのおかげです!」


 タコ男さんは、その場で小さく跳ねた。生えかけの足も、一緒にぴこぴこ跳ねていた。


 コボルトさんは、それを見てまた嬉しくなった。


◇


 お昼すぎ。市場。


「コボルトちゃん、これ持っていきな」


 八百屋のおばさんが、赤い実を一つ、手のひらに乗せてくれた。


「わあ、ありがとうございます!」


「お嬢ちゃん、こっちもおまけだ」


 パン屋のおじさんが、焼き損じの端っこを紙に包んでくれた。


「ありがとうございます!」


 お礼を言うたびに、おまけが増える。


 前を歩いていたおじいさんが、お釣りを受け取り忘れて歩き出した。


「あっ、お釣り! お釣り忘れてますよー!」


 追いかけて渡すと、おじいさんは目を丸くして、それから、しわくちゃに笑った。


 しわくちゃの笑顔を見ると、コボルトさんの尻尾も、しわくちゃに揺れた。


 花屋の前だけは、少し早足で通った。


 鼻がむずむずする。いい匂いなのは分かるけれど、ちょっとだけ強すぎるのだ。


 それから、お目当ての店に着いた。


「コボルトちゃん、今日も骨かい」


 肉屋のご主人が、慣れた顔で言った。


「はい!」


 店先に並んだ骨を、一本ずつ手に取る。


 まず、匂い。くんくん。


「これは、いい匂い。でも、ちょっと細いかなあ」


 次に、形。光にかざす。曲がり具合を見る。


「こっちは形がきれい……」


 最後に、硬さ。こん、と指で叩く。


 こん。こん。


 いい音がした。


「これにします!」


「やっぱり、骨を選ぶ時だけは長いねえ」


「だって、骨は形と匂いが大事なんですよ! それから、硬さも!」


 ご主人が笑った。


 ご主人が笑うと、コボルトさんはもっと嬉しくなった。


 選んだ骨を包んでもらって、鞄に入れる。


 黄色いリボンの骨の隣で、新しい骨がことんと鳴った。


◇


 夕方、ギルドに戻ると、入口に鎧姿があった。


 小脇に頭を抱えて、もう片方の手で、肩の埃を払っている。


 護衛の仕事から、帰ってきたところらしい。


 見つけた瞬間、尻尾が跳ねた。


 朝からいろんな人に会って、いろんなふうに揺れた尻尾だった。でも、今のは、そのどれとも違った。


「あっ、デュラハンさん!」


「おう」


 小脇の頭が、こっちを向いた。


「おかえりなさい! お仕事、どうでした?」


「何もなかった。いい仕事だった」


「よかったです! あの、聞いてください、今日はですね!」


 話し始めたら、やっぱり止まらなかった。


 朝、スケルトンさんが今日もはひだったこと。


 タコ男さんの足が、また伸びていたこと。


 八百屋さんの赤い実と、パン屋さんの端っこ。お釣りのおじいさん。


 肉屋さんで選んだ、いい音のする骨。


 デュラハンさんは、ときどき「そうか」と言った。ときどき「へえ」と言った。


 全部話し終えたところで、デュラハンさんが、少しだけ頭を傾けた。


「お前、町中に顔が広いな」


「え?」


「みんな、お前が来ると嬉しそうだ」


 それだけだった。


 デュラハンさんは「じゃあな」と言って、報告のために受付へ歩いていった。


 コボルトさんは、入口に立ったまま、しばらく動けなかった。


 今日は、朝から何回も「ありがとう」と言われた。何回も笑ってもらった。


 どれも、嬉しかった。


 なのに、今の一言が、いちばん嬉しかった。


 どうしてかは、考えなかった。


 デュラハンさんは、いつも通り、何も気づかない顔をしていた。


 カブトだけど。


◇


 夜。


 家に帰って、今日選んだ骨を机の上に置いた。


 灯りの下で見ると、やっぱりいい形をしている。


 椅子に座って、一日を思い返した。


 スケルトンさんは、今日も元気そうだった。


 タコ男さんの足は、もう少しで元通り。


 市場の皆さんは、今日も優しかった。


「楽しかったなあ」


 声に出したら、尻尾が、ゆっくり揺れた。


 いつもの揺れ方だった。


 それから、デュラハンさんの声を思い出した。


 みんな、お前が来ると嬉しそうだ。


 ぱた、と尻尾が鳴った。


 ぱた。ぱた。


 ぱたぱたぱたぱた。


 椅子の脚に当たって、音が速くなる。


「……あれ?」


 部屋には、誰もいない。


 挨拶をする相手も、おまけをくれる人もいない。


 なのに、揺れている。


 コボルトさんは、両手で尻尾を押さえた。


 押さえた手の中で、まだ揺れていた。


 朝の挨拶でも、市場でも、こうはならなかった。


 タコ男さんの足が伸びていた時も、いい骨を見つけた時も、こんなふうには。


 デュラハンさんの時だけ。


 コボルトさんは、しばらく自分の尻尾を見つめた。


 それから、小さく咳払いをした。


「……デュラハンさんが、格好いいからです。たぶん」


 誰に言い訳したのかは、自分でも分からなかった。


 灯りを消して、布団にもぐった。


 暗い部屋の中で、布団の形が、尻尾のところだけ、ぱたぱたと動いていた。


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