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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
幕間 1

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幕間2-2 コボルトさん、釣りに夢中

 最近の、コボルトさんの楽しみは、釣りだ。


 前から、時々は竿を出していた。釣れたり、釣れなかったり。釣れなくても、海を見ているのは好きだった。


 変わったのは、あの日からだ。


 タコ男さんにもらった足を、餌にした日。


 投げたら、すぐ掛かった。また投げたら、またすぐ掛かった。桶が一つ、二つ、三つ。あんなに釣れたのは、生まれて初めてだった。


 あの日から、すっかり夢中になった。


 朝。竿を肩に担いで、釣り道具の袋を鞄の横に吊るして、空の桶を抱える。


 タコ男さんの足は、まだ生えかけだ。全部元に戻るまで、もう少しかかる。


 だから今日は、普通の餌だった。市場で買った、小さな虫と、パンの端っこ。


「今日は、自分の腕で勝負です!」


 誰もいない道で宣言して、コボルトさんは浜辺へ向かった。


◇


 竿を振る。


 ぽちゃん。


 ……釣れない。


 もう一度。


 ぽちゃん。


 ……釣れない。


 コボルトさんは、首を傾げた。


 前は、投げたらすぐにしなったのに。投げる。釣れる。投げる。釣れる。あの日は、そうだった。


 今日は、投げる。待つ。投げる。待つ。


「場所が悪いのかな」


 岩場へ移った。釣れない。


 波打ち際へ戻った。釣れない。


 桟橋の端まで行ってみた。やっぱり釣れない。


 餌を、虫からパンに替えた。パンから虫に戻した。


 耳をぴんと立てて、海の音を聞いてみた。魚の気配は、特に聞こえなかった。


 太陽が、少しずつ高くなっていく。


 その時だった。


 竿の先が、ちょん、と揺れた。


「!」


 ちょん、ちょん。


 そっと引くと、手応えがあった。


 上がってきたのは、手のひらより小さい魚だった。銀色の体を、ぴちぴちと跳ねさせている。


「釣れたー!」


 コボルトさんは、魚を両手で持ち上げた。尻尾が勢いよく揺れて、砂がぱっと舞った。


 一匹だけだった。


 桶の底で、小さな魚がくるくる泳いでいる。


 なのに、すごく嬉しかった。


 待っている間の、波の音。竿の先の、ちょん、という小さな合図。それを自分で見つけた時の、どきどき。


 前の大漁の日は、こんなこと、考える暇もなかった。


 釣りって、こういうものだったんだ、とコボルトさんは思った。


◇


「コボルトさーん!」


 浜辺の上の道から、声がした。


 タコ男さんだった。ぺたぺたと、斜面を下りてくる。


「タコ男さん!」


「さ、散歩の途中で……その、たまたま……今日は、どうですか?」


「楽しいですよ!」


 コボルトさんは、桶の中の小さな魚を見せた。


「まだ一匹ですけど、自分で釣ったんです! タコ男さんのおかげで、釣りが大好きになりました!」


「お、俺のおかげ……!」


 タコ男さんの顔が、ぱっと赤くなった。


 コボルトさんは、タコ男さんの足元を見た。


 生えかけの足が、潮風に揺れている。


「足、痛くないですか?」


「ぜ、全然! 毎朝、ちょっとずつ伸びてて!」


「よかった。ぜ、全部戻ったら、……ごクリ!」


「……は、はいっ!」


 タコ男さんは、真っ赤になって、その場で跳ねた。


 それから、何を思ったのか、生えかけの足に、別の足をかけた。


「なんなら、今――」


「だめです!」


 コボルトさんは、慌ててその足を押さえた。


「まだ途中じゃないですか! ちゃんと生えてからです!」


「……は、はい」


 タコ男さんは、しゅんとした。しゅんとしながら、なぜか嬉しそうだった。


 コボルトさんは、釣り道具の袋から、予備の竿を出した。


「一緒にやりませんか?」


「お、俺が?」


「はい!」


 二人で、並んで竿を出した。


 タコ男さんは、何本もの足で竿を持った。持ちすぎて、どの足で引けばいいのか分からなくなっていた。


 釣れなかった。


「行けー! コボルトさんの竿ー!」


 応援の声だけは、誰よりも大きかった。


◇


 お昼を少し過ぎた頃。


 コボルトさんの竿が、ぐん、としなった。


「わっ!」


 今までと違う。重い。ぐいぐい引っぱられる。


「わっ、わっ、わっ!」


「コ、コボルトさん!」


 タコ男さんが、自分の竿を放り出して飛んできた。何本もの足を、コボルトさんの竿に添える。


「せーの!」


 砂浜で、足が滑った。コボルトさんの尻尾が、ぐるぐる回った。


「もう少し!」


「せーのっ!」


 ざばっ、と水しぶきが上がった。


 砂の上で、大きな魚が跳ねていた。


 足を餌にした日の大物ほどではない。


 でも、今日一番の大物だった。


「釣れたーっ!」


「釣れたーっ!」


 二人で、同じ声を出した。


 コボルトさんは、魚を両手で抱えて、尻尾をちぎれそうなほど振った。タコ男さんも、何本もの足をばたばたさせて跳ねた。


「自分で釣ったんです! 普通の餌で!」


「すごい! すごいです、コボルトさん!」


 コボルトさんは、腕の中の魚を見つめた。


 焼こうか。煮ようか。身はほぐして、骨はいい出汁になりそうだ。


 もう、頭の中は料理のことでいっぱいだった。


◇


 浜辺の向こうから、鎧姿が歩いてきた。


 小脇に、自分の頭を抱えている。


 コボルトさんの耳が、ぴん、と立った。


「デュラハンさん!」


 魚を抱えたまま、走り出していた。


「見てください! 今日一番の大物です! 普通の餌で、自分で釣ったんですよ!」


 デュラハンさんは足を止めて、小脇の頭を少し傾けた。


 魚を見た。


「すごいな」


 それだけだった。


 それだけで、コボルトさんの顔は、満面の笑顔になった。


 今夜は、この魚を料理しよう。


 一番いいところは、骨を全部取って、身をほぐして。


 もちろん、デュラハンさんにも食べてもらいたい。


◇


 タコ男は、波打ち際に立ったまま、嬉しそうなコボルトさんを見ていた。


 釣りが大好きになったのは、俺のおかげ。


 さっき、確かにそう言われた。


 今日は、一緒に竿を並べた。一緒に「せーの」と言った。あの大物は、俺の足も引いた。


 タコ男は、生えかけの足を見下ろした。


 もう少しだ。


 全部生えたら、また渡せる。そしたら、もっと喜んでもらえる。また、あの日みたいに、桶がいっぱいになる。


「……へへ」


 潮風の中で、タコ男は一人で笑った。


 生えかけの足が、ぴこぴこ揺れていた。


 少し離れたところで、コボルトさんが、デュラハンさんを見上げていた。


「デュラハンさん、次のお休みって、いつですか?」


「なんでだ」


「今度、一緒に釣りに行きませんか?」


 デュラハンさんが、何か答えた。


 ちょうど大きな波が来て、その声は、ざあっと消えた。


 コボルトさんの尻尾が、揺れていた。


 タコ男は、まだ自分の足を眺めていた。


 俺の足が好きにさせた釣りが、今まさに、デュラハンさんとのお出かけに変わろうとしていることには。


 まだ、気づいていなかった。


 手に持ったデュラハンさんの頭はなぜかタコ男の足を見ていた…… 


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