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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
第1部

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第7話 誰に渡した

「手元にない、って」


 俺は、しゃがんだまま、タコ男を見た。


「どういう意味だ」


 タコ男は、足を絡ませたまま、黙っていた。


 嫌な想像が、また頭をよぎる。


「売ったのか」


「売ってない!」


 即答だった。縮こまっていたタコ男の足が、一本だけびしっと伸びた。


「捨てた?」


「捨ててない!」


 もう一本伸びた。


「なくした?」


「なくしてない! そんなことするわけないだろ!」


 三本目が伸びた。


 さっきまで死にそうな顔をしていたのに、そこだけは妙に力強い。


「じゃあ、どこだ」


 タコ男は、ぐっと詰まった。


 伸びていた足が、また一本ずつ縮んでいく。


 しばらく、川の音だけが聞こえていた。


 やがてタコ男は、観念したように、大きく息を吐いた。


◇


「……好きな人が、いるんだ」


 ぽつりと、タコ男は言った。


「ずっと前から。でも、全然振り向いてもらえなくて。いや、話はしてくれるんだ。すごく優しいんだ、その人。でも、なんていうか……もう一押し、ってところで」


 もう一押し。


「それで、何か贈ろうと思った。ちゃんとした贈り物。でも何をあげたらいいか分からなくて」


「……サキュバスさんに相談した」


「なんで知ってるんだ」


「聞いた」


 タコ男は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「そう。サキュバスさんに聞いたんだ。何をあげたら喜ぶかって。そしたら、相手が好きなものを贈れば? って」


 昨日、サキュバスさんから聞いたのと同じ言葉だった。


「で、考えたんだ。その人が好きなもの」


 タコ男は、少しだけ顔を上げた。


「その人、犬系なんだよ」


「……犬系」


「そう。だから、骨が大好きなんだ」


 タコ男は、真剣な顔で頷いた。


「犬系、骨が好き、だから骨をあげれば喜ぶ。完璧だろ?」


 完璧かどうかは分からない。


 分からないが、タコ男の中では、それはもう疑いようのない理屈だったらしい。


「それで、良い骨を探してたんだ。そしたら、あの夜、街道に」


 タコ男は、ちらりと俺を見た。


「ちょうど良さそうな骨格があって」


「……ちょうど良い?」


「いや、あの、その」


 本人を前にして言うな。


 タコ男は慌てて足をばたつかせた。


「いや、だって、本当に良い骨だったんだよ! 白くて、形が綺麗で、変な欠けもなくて! これならあの人も喜ぶって、一目で思ったんだ!」


 褒められている。


 褒められているのに、まったく嬉しくない。


◇


「……で、その骨を、すぐに渡したのか」


「いや」


 タコ男は首を振った。


「すぐには渡さなかった。だって、大事な贈り物だぞ。適当に渡すわけにはいかないだろ」


 そこから、タコ男の話が長くなった。


「まず、どう渡すかを考えた。会った時にさりげなく? いや、それじゃ印象に残らない。呼び出して? でも、急に呼び出したら変に思われるかもしれない。それで二日悩んだ」


「二日」


「次に、リボンだ。骨をそのまま渡すのは味気ないだろ。リボンを巻こうと思った。でも何色にするか。赤は派手すぎる。白は骨と同じ色で目立たない。青は……青は、なんか違う」


「…………」


「三日悩んだ」


「リボンに三日」


「結局、黄色にした。あの人の毛並みに合うと思って」


 タコ男は、誇らしげに胸を――胸がどこなのかは分からないが、身体の真ん中あたりを張った。


「それから、渡す時の言葉。場所。時間。全部考えた。何回も練習した」


 何回も練習した。


 俺は、自分の予定表の丸のことを、少しだけ思い出した。


「それで」


 タコ男の声が、急に明るくなった。


「今日、ようやく渡したんだ」


 ――今日。


 だから、今日のタコ男はあんなに忙しかったのか。行く先々で「さっきまでいた」と言われたのは、リボンを取りに行ったり、渡す場所に向かったりしていたからか。


 俺は、半日ずっと、自分の肋骨が誰かに渡されるのを追いかけていたことになる。


 あと少し早ければ。


 そう思ったけれど、口には出せなかった。


◇


 話しているうちに、タコ男の顔色が少しずつ戻ってきていた。


 さっきまで真っ青だったのに、贈り物の話になると、ほんのり赤みが差してくる。


「すごく喜んでくれたんだ」


 タコ男は、川面を見つめながら言った。


 その目が、うっとりしていた。


「あんなに嬉しそうな顔、初めて見た」


「…………」


「受け取ってすぐ、尻尾振ってさ」


 俺の相槌が、一つ減った。


「リボンほどいて、両手で持って」


「…………」


「目をきらきらさせて、すぐにかじってさ」


 ――かじって。


「『良い骨ですね!』って」


 俺は、何も言えなくなっていた。


「もうあれ、脈あると思う」


 タコ男は、一人で深く頷いた。


 俺の頭の中で、言葉がばらばらに浮かんでいく。


 犬系。


 骨が大好き。


 尻尾。


 誰にでも優しい人。話はしてくれる、すごく優しい人。


 両手で持って。目をきらきらさせて。


 明るい声で、「良い骨ですね!」。


 ――スケルトンさん、今日も薬草採取ですか?


 ――気をつけて行ってきてくださいね!


 いや。


 俺は、頭の中に浮かびかけた笑顔を、慌てて振り払った。


 違う。そんなはずはない。


 犬系のモンスターなんて、この町には他にもたくさんいる。骨が好きな種族だって、いくらでもいる。誰にでも優しい人だって、一人じゃない。


 まさか。


 壁の予定表の丸。あと二日。


 まさか。


◇


 タコ男は、まだ喋っていた。


「それでな、その人、骨を受け取った時に、ちょっと首を傾げて笑ったんだよ。こう、耳がぴこって動いて――」


「誰に渡した」


 俺は、遮った。


 自分でも驚くほど、低い声だった。


「え?」


 タコ男が、きょとんとして俺を見る。


 夕日は、もうほとんど沈んでいた。川面のオレンジ色が、少しずつ灰色に変わっていく。


 俺は、もう一度言った。


「誰に、渡した」


 タコ男は、少しだけ照れたように、足をもじもじさせた。


 それから、俺から目を逸らして、川面を見た。


 頬のあたりが、ほんのり赤くなっていた。


 そして、誇らしげに、答えた。


「コボルトさん」


◇


 音が、遠くなった。


 川の音。


 どこかで鳴いている鳥の声。


 町のほうから聞こえてくる、夕方のざわめき。


 タコ男が、まだ何か喋っている声。


 全部。


 全部が、どこか遠くの、水の向こうの音みたいになった。


 俺は、動かなかった。


 動けなかった。


 しゃがんだまま、タコ男の顔を見ていた。でも、本当は何も見ていなかった。


 二日後。


 好きだと言うつもりだった人。


 初めて会った日に、こっちですよ、と声を掛けてくれた人。


 気をつけて行ってきてくださいね、と笑ってくれた人。


 その人の手の中に。


 今。


 俺の肋骨が、ある。


 胸の隙間を、夜の始まりの風が、ゆっくりと抜けていった。


スケルトンです。

どうしても、10月16日より『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』を毎日連載らしいです。


先行公開中の読み切り版はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n3320mv/


タコ男めっ!!!

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