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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
第1部

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第6話 死んでただろ!

 翌朝、デュラハンさんは来られなくなった。


「悪い。前から受けてた護衛の依頼が今日なんだ。断れない」


「大丈夫。一人で探す」


「無理するなよ。見つけても、いきなり掴みかかったりするなよ」


「しないよ」


 俺がそういうことをしない性格なのは、デュラハンさんが一番よく知っているはずだ。それでも念を押されるくらい、昨日の俺は怖い顔をしていたらしい。骨だけど。


 壁の予定表の丸まで、あと二日。


 俺は一人で、タコ男を探しに出た。


◇


 昨日、サキュバスさんの家を出る時に、タコ男がよくいる場所を聞いておいた。


「水辺か、市場か、表通りのどこかね。落ち着きのない子だから、一か所にじっとしてないわよ」


 まずは水辺に行った。町の東を流れる川の、桟橋のあたり。


「タコ男? ああ、さっきまでいたよ」


 釣り糸を垂れていた住人が、市場のほうを指さした。


 市場に行った。


「タコ男さん? さっきまでいましたよ。なんか急いでましたけど」


 野菜売りの店主が、表通りのほうを指さした。


 表通りに行った。


「さっきまでいたよ。なんか、リボンがどうとか言ってたな」


 花屋の前の住人が、また水辺のほうを指さした。


 水辺に戻った。


「さっきまでいたよ」


 さっきの住人が、さっきと同じ姿勢で、また市場のほうを指さした。


 俺は、桟橋の端に座り込んだ。


 朝から昼過ぎまで、ずっとこれだった。町をぐるぐる回って、行く先々で「さっきまでいた」と言われる。タコ男は今日、やたらと忙しく動き回っているらしい。何をしているのかは、誰も知らなかった。


 足の骨がきしむ。


 俺はこの数日、ずっと歩いている。遠征から帰ってきて、休む暇もなく。


 でも、止まれなかった。


◇


 夕方。


 日が傾き、川面がオレンジ色に染まり始めた頃。


 四度目に戻ってきた水辺で、ようやく、それらしい姿を見つけた。


 桟橋の先。川に足を浸して座っている、大きな丸い頭。何本もの柔らかそうな足。


 タコ男だ。


 顔は知っていた。ギルドや町で何度か見かけたことがある。話したことは、ほとんどない。


 タコ男は、川面を眺めながら、何本もの足を機嫌良さそうにくねらせていた。


 そして。


「ふんふーん……ふふーん……」


 鼻歌を歌っていた。


 俺の足が、止まった。


 ――鼻歌まで歌ってた気がします。


 あの住人の声が、頭の中で重なる。


◇


 俺は、ゆっくりと近づいた。


 一歩。また一歩。


 近づきながら、集中する。


 自分の骨なら、近くにあれば分かる。自分自身のオーラのようなものを感じるはずだ。もしタコ男が俺の肋骨を持っているなら、この距離まで来れば、必ず。


 桟橋の板を踏む。タコ男の背中まで、あと数歩。


 ……何も、感じない。


 俺の骨の気配は、どこからもしなかった。


 少なくとも今、タコ男は俺の肋骨を持っていない。


 それが何を意味するのか、考えるより先に、俺は口を開いていた。


「あの」


 タコ男が振り返った。


「ん?」


 機嫌の良さそうな顔だった。妙に、満ち足りた顔だった。


「ちょっと、聞きたいことがあって」


「おう、何だ?」


 俺は、一度だけ深く息を吸った。肺はないけど。


 普段の俺なら、ここで引く。言いにくいことは言えない。でも、これは骨の話だ。


「五日前の夜」


「うん」


「街道で寝ていたスケルトンから、骨を取らなかったか」


◇


 タコ男は、きょとんとした。


 それから、あっさり言った。


「ああ、取ったけど?」


 あまりにも普通の声だった。


 昨日の夕飯は何だった、と聞かれて、魚だったけど? と答えるような声だった。


 俺は固まった。


「……取った?」


「取った」


「……俺のを?」


「は?」


 タコ男は、改めて俺の顔を見た。それから、ぶんぶんと首を――首があるのかどうか分からないが、頭全体を横に振った。


「いや、いやいやいや。違う違う。俺が取ったのは、死んでたスケルトンのだ」


「死んでた?」


「死んでただろ!」


 タコ男の声が、急に大きくなった。


「声掛けても起きなかったぞ! おーいって! 二回も!」


「…………」


「揺すっても起きなかったぞ! 結構しっかり揺すったぞ! 骨、かたかた言ってたぞ!」


 足を何本も振り回しながら、タコ男は主張する。


「スケルトンってのは、死んでもしばらくそのまんまだろ! 骨の形のまんま残るだろ! だから、ああこれは魂が抜けてるんだなって思ったんだ!」


「…………」


「死んでる奴の骨なら、一本くらいもらってもいいかと思って……」


 俺の中で、何かがぷつんと切れた。


「寝てただけだ!」


 自分でもびっくりするほど大きな声が出た。


 川辺の鳥が、一斉に飛び立った。


 タコ男が、ぽかんと口を開けた。


「……は?」


「遠くまで薬草採りに行って!」


「お、おう」


「疲れて!」


「おう」


「ものすごく深く寝てただけだ!」


◇


 沈黙が落ちた。


 川の音だけが聞こえる。


 タコ男は、ぽかんとしたまま、俺を見ていた。


 それから、その目がゆっくりと下がった。


 俺の顔から、首へ。首から、胸へ。


 左胸の、空いているところで、止まった。


 一本、足りない。


 タコ男の顔色が、変わった。


 夕日を受けて赤かった肌が、すうっと白くなった。


 白くなって、さらに青くなった。


 赤。白。青。


 タコなので、文字通り色が変わる。


「……生きてた、のか」


「今、目の前にいるだろ!」


 タコ男の足が、一本、また一本と、縮こまっていった。さっきまで勢いよく振り回されていた足が、全部、身体の下に引っ込んでいく。


 あれだけ大きかった声が、急にしぼんだ。


「……お前、だったのか」


「俺だよ」


「あの時、寝てた、だけ……」


「寝てただけだ」


 タコ男は、桟橋の上で小さくなった。さっきの半分くらいの大きさに見えた。


「……折った」


 消え入りそうな声だった。


「俺が。お前の。生きてるのに」


 タコ男はそれを、言い訳もせずに認めた。


 悪いことをしようと思って、やったわけじゃない。それは、この青ざめ方を見れば分かる。本気で、死んでいると思っていたんだ。


 分かる。分かるけど。


「死体だと思っても、人の肋骨を折るな!」


 これだけは、言わなきゃいけなかった。


「……はい」


 タコ男は、ますます小さくなった。


◇


 俺は、タコ男の前にしゃがみ込んだ。


 ようやく見つけた。ようやく、ここまで来た。


 誰が折ったのか分かった。なぜ折ったのかも分かった。


 あとは、取り戻すだけだ。


「返してくれ」


 俺は言った。静かに。でも、はっきりと。


「俺の肋骨。返してくれ」


 タコ男の動きが、止まった。


 縮こまっていた足が、もじもじと絡まり合う。一本と一本が。二本と三本が。


 タコ男は、俺から目を逸らした。


 川面を見る。夕日が沈みかけている。


「……無理だ」


 夕日が、半分、川の向こうに沈んだ。


 俺は、その言葉の意味が分からなかった。


 タコ男は、絡まった足を見下ろしたまま、もう一度言った。


「もう、俺の手元にはない」


 胸の隙間を、川風が抜けていった。


 あと少しだと思っていた。手を伸ばせば、届くと思っていた。


 俺は、何も言えずに、タコ男を見ていた。


スケルトンです。

やはり、10月16日より『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』を毎日連載らしいです。


先行公開中の読み切り版はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n3320mv/


サキュバスさん。タコ男をあおったから・・・涙

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