第6話 死んでただろ!
翌朝、デュラハンさんは来られなくなった。
「悪い。前から受けてた護衛の依頼が今日なんだ。断れない」
「大丈夫。一人で探す」
「無理するなよ。見つけても、いきなり掴みかかったりするなよ」
「しないよ」
俺がそういうことをしない性格なのは、デュラハンさんが一番よく知っているはずだ。それでも念を押されるくらい、昨日の俺は怖い顔をしていたらしい。骨だけど。
壁の予定表の丸まで、あと二日。
俺は一人で、タコ男を探しに出た。
◇
昨日、サキュバスさんの家を出る時に、タコ男がよくいる場所を聞いておいた。
「水辺か、市場か、表通りのどこかね。落ち着きのない子だから、一か所にじっとしてないわよ」
まずは水辺に行った。町の東を流れる川の、桟橋のあたり。
「タコ男? ああ、さっきまでいたよ」
釣り糸を垂れていた住人が、市場のほうを指さした。
市場に行った。
「タコ男さん? さっきまでいましたよ。なんか急いでましたけど」
野菜売りの店主が、表通りのほうを指さした。
表通りに行った。
「さっきまでいたよ。なんか、リボンがどうとか言ってたな」
花屋の前の住人が、また水辺のほうを指さした。
水辺に戻った。
「さっきまでいたよ」
さっきの住人が、さっきと同じ姿勢で、また市場のほうを指さした。
俺は、桟橋の端に座り込んだ。
朝から昼過ぎまで、ずっとこれだった。町をぐるぐる回って、行く先々で「さっきまでいた」と言われる。タコ男は今日、やたらと忙しく動き回っているらしい。何をしているのかは、誰も知らなかった。
足の骨がきしむ。
俺はこの数日、ずっと歩いている。遠征から帰ってきて、休む暇もなく。
でも、止まれなかった。
◇
夕方。
日が傾き、川面がオレンジ色に染まり始めた頃。
四度目に戻ってきた水辺で、ようやく、それらしい姿を見つけた。
桟橋の先。川に足を浸して座っている、大きな丸い頭。何本もの柔らかそうな足。
タコ男だ。
顔は知っていた。ギルドや町で何度か見かけたことがある。話したことは、ほとんどない。
タコ男は、川面を眺めながら、何本もの足を機嫌良さそうにくねらせていた。
そして。
「ふんふーん……ふふーん……」
鼻歌を歌っていた。
俺の足が、止まった。
――鼻歌まで歌ってた気がします。
あの住人の声が、頭の中で重なる。
◇
俺は、ゆっくりと近づいた。
一歩。また一歩。
近づきながら、集中する。
自分の骨なら、近くにあれば分かる。自分自身のオーラのようなものを感じるはずだ。もしタコ男が俺の肋骨を持っているなら、この距離まで来れば、必ず。
桟橋の板を踏む。タコ男の背中まで、あと数歩。
……何も、感じない。
俺の骨の気配は、どこからもしなかった。
少なくとも今、タコ男は俺の肋骨を持っていない。
それが何を意味するのか、考えるより先に、俺は口を開いていた。
「あの」
タコ男が振り返った。
「ん?」
機嫌の良さそうな顔だった。妙に、満ち足りた顔だった。
「ちょっと、聞きたいことがあって」
「おう、何だ?」
俺は、一度だけ深く息を吸った。肺はないけど。
普段の俺なら、ここで引く。言いにくいことは言えない。でも、これは骨の話だ。
「五日前の夜」
「うん」
「街道で寝ていたスケルトンから、骨を取らなかったか」
◇
タコ男は、きょとんとした。
それから、あっさり言った。
「ああ、取ったけど?」
あまりにも普通の声だった。
昨日の夕飯は何だった、と聞かれて、魚だったけど? と答えるような声だった。
俺は固まった。
「……取った?」
「取った」
「……俺のを?」
「は?」
タコ男は、改めて俺の顔を見た。それから、ぶんぶんと首を――首があるのかどうか分からないが、頭全体を横に振った。
「いや、いやいやいや。違う違う。俺が取ったのは、死んでたスケルトンのだ」
「死んでた?」
「死んでただろ!」
タコ男の声が、急に大きくなった。
「声掛けても起きなかったぞ! おーいって! 二回も!」
「…………」
「揺すっても起きなかったぞ! 結構しっかり揺すったぞ! 骨、かたかた言ってたぞ!」
足を何本も振り回しながら、タコ男は主張する。
「スケルトンってのは、死んでもしばらくそのまんまだろ! 骨の形のまんま残るだろ! だから、ああこれは魂が抜けてるんだなって思ったんだ!」
「…………」
「死んでる奴の骨なら、一本くらいもらってもいいかと思って……」
俺の中で、何かがぷつんと切れた。
「寝てただけだ!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出た。
川辺の鳥が、一斉に飛び立った。
タコ男が、ぽかんと口を開けた。
「……は?」
「遠くまで薬草採りに行って!」
「お、おう」
「疲れて!」
「おう」
「ものすごく深く寝てただけだ!」
◇
沈黙が落ちた。
川の音だけが聞こえる。
タコ男は、ぽかんとしたまま、俺を見ていた。
それから、その目がゆっくりと下がった。
俺の顔から、首へ。首から、胸へ。
左胸の、空いているところで、止まった。
一本、足りない。
タコ男の顔色が、変わった。
夕日を受けて赤かった肌が、すうっと白くなった。
白くなって、さらに青くなった。
赤。白。青。
タコなので、文字通り色が変わる。
「……生きてた、のか」
「今、目の前にいるだろ!」
タコ男の足が、一本、また一本と、縮こまっていった。さっきまで勢いよく振り回されていた足が、全部、身体の下に引っ込んでいく。
あれだけ大きかった声が、急にしぼんだ。
「……お前、だったのか」
「俺だよ」
「あの時、寝てた、だけ……」
「寝てただけだ」
タコ男は、桟橋の上で小さくなった。さっきの半分くらいの大きさに見えた。
「……折った」
消え入りそうな声だった。
「俺が。お前の。生きてるのに」
タコ男はそれを、言い訳もせずに認めた。
悪いことをしようと思って、やったわけじゃない。それは、この青ざめ方を見れば分かる。本気で、死んでいると思っていたんだ。
分かる。分かるけど。
「死体だと思っても、人の肋骨を折るな!」
これだけは、言わなきゃいけなかった。
「……はい」
タコ男は、ますます小さくなった。
◇
俺は、タコ男の前にしゃがみ込んだ。
ようやく見つけた。ようやく、ここまで来た。
誰が折ったのか分かった。なぜ折ったのかも分かった。
あとは、取り戻すだけだ。
「返してくれ」
俺は言った。静かに。でも、はっきりと。
「俺の肋骨。返してくれ」
タコ男の動きが、止まった。
縮こまっていた足が、もじもじと絡まり合う。一本と一本が。二本と三本が。
タコ男は、俺から目を逸らした。
川面を見る。夕日が沈みかけている。
「……無理だ」
夕日が、半分、川の向こうに沈んだ。
俺は、その言葉の意味が分からなかった。
タコ男は、絡まった足を見下ろしたまま、もう一度言った。
「もう、俺の手元にはない」
胸の隙間を、川風が抜けていった。
あと少しだと思っていた。手を伸ばせば、届くと思っていた。
俺は、何も言えずに、タコ男を見ていた。
スケルトンです。
やはり、10月16日より『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』を毎日連載らしいです。
先行公開中の読み切り版はこちら。
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サキュバスさん。タコ男をあおったから・・・涙




