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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
第1部

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第5話 相手が好きなものを

「骨、大事にしてくださいね」


 朝、ギルドへ向かう途中で、すれ違った見知らぬ住人にそう声を掛けられた。


「……はい。ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。


 十歩も歩かないうちに、また別の住人から。


「夜道で寝ちゃ駄目よ。骨、抜かれるから」


「……はい。気をつけます」


 もう抜かれている。


 ゴブリンの作った噂は、一晩経っても町に居座っていた。むしろ育っていた。広場のほうからは、今日もゴブリンの声が聞こえてくる。「号外! 号外! 骨格犯罪の闇!」


 俺はそっちを見ないようにして、足早にギルドへ向かった。


◇


 休憩所の隅のテーブルで、デュラハンさんと向かい合う。


 昨日の証言を、もう一度整理することにした。


「時間と場所は合ってる」


 デュラハンさんが指を折る。


「骨みたいなものを持ってた」


「うん」


「大事そうに抱えてた」


「うん」


「嬉しそうだった。足取りが軽かった」


「うん」


「鼻歌」


「……うん」


 並べてみると、改めて変だった。


 俺の頭に、嫌な想像が浮かぶ。


「……売られた、とか」


「売られた?」


「どこかで、誰かに。お金にするために」


 デュラハンさんは、真顔で首を傾げた。


「骨なんか売れるのか?」


「……知らない」


「知らないのか」


「聞いたことない」


 骨を売り買いする店なんて、この町で見たことがない。スケルトンの骨が高く売れるなんて話も、聞いたことがない。俺が不安で勝手に想像しているだけだ。


 それに、と俺は思う。


「もし売るつもりだったら……あんなふうに、嬉しそうに持って帰るかな」


「どうだろうな。金になると思って喜んでたのかもしれない」


「でも、大事そうに、両手で抱えてたって」


 売り物を、そんなふうに抱えるだろうか。


「何かに加工するとか」


「加工するのに、鼻歌歌いながら?」


「……歌うやつもいるかもしれない」


「捨てるためなら、わざわざ町まで持って帰らないよな」


「街道の脇にでも捨てればいいもんな」


「盗んだものを隠すつもりなら、もっとこそこそするはずだし」


 どれも、しっくり来ない。


 逃げるようにではなく。隠すようにでもなく。嬉しそうに。


 俺は、ぽつりと言った。


「……自分で、欲しかった?」


 デュラハンさんが、俺を見た。


「骨を?」


「骨を」


 二人とも黙った。


 休憩所の喧騒の中で、俺たちのテーブルだけが妙に静かになった。


 自分で欲しかった。俺の肋骨を。何のために。


 ……分からない。


「自分で使うんじゃないなら」


 デュラハンさんが、ゆっくりと言った。


「誰かに渡す、とか?」


「渡す?」


「土産とか。贈り物とか」


 贈り物。


 その言葉が、テーブルの上にころんと落ちた。


 大事そうに抱えて。嬉しそうに。鼻歌を歌いながら。


 誰かにあげるものを手に入れた時、人はそういう顔をするのかもしれない。


「……誰かに骨を贈るのか?」


 自分で言い出しておいて、デュラハンさんは真顔で首を傾げすぎて、頭が肩からずり落ちかけた。慌てて両手で押さえている。


 俺も分からなかった。


 でも、他のどの想像よりも、それが一番、あの証言に合っている気がした。


◇


 最近、誰かに贈り物をしようとしている奴はいないか。


 浮かれている奴はいないか。


 俺たちは、聞き込みを始めた。


 ギルドの受付。市場の店主たち。昨日証言をくれた住人たち。


「贈り物? さあねえ」


「浮かれてるやつなら、いつもあのゴブリンが浮かれてるけど」


 あれは違う。


「最近、誰かに何かあげたいって話? うーん」


 手掛かりはなかなか見つからなかった。


 何軒目かの店で、店番をしていた住人が、ふと思い出したように言った。


「そういう話なら、サキュバスさんに聞いてみたら?」


「サキュバスさん?」


「恋愛相談とか、よく受けてるのよ。誰が誰を好きだとか、誰に何をあげようとしてるとか、そういうことならあの人が一番詳しいと思うわ」


 俺とデュラハンさんは、顔を見合わせた。


◇


 サキュバスさんの家は、町の東側の静かな通りにあった。


 扉を叩くと、すぐに開いた。


「はぁい」


 艶のある黒髪に、小さな角。背中には折りたたまれた翼。ゆったりとした仕草で扉に寄りかかって、サキュバスさんは俺たちを見た。


 正確には、俺を見た。


 俺を見て、少しだけ目を細めた。


「あら」


「は、はじめまして、あの」


「あなたも恋してる顔ね」


 俺の全身の骨が、一斉にカタカタ鳴った。


「し、してません」


 カタカタカタカタ。


「してません」


 カタカタカタカタカタ。


「骨なのに分かりやすいわね」


 サキュバスさんは、くすっと笑った。


 横でデュラハンさんが「そうなのか?」という顔をしていた。デュラハンさんは俺の片思いを知っているはずなのに、恋愛の話になると、こういう反応しかできないらしい。


「まあいいわ。どうぞ、入って」


◇


 俺は事情を話した。


 肋骨が一本、誰かに折られて持ち去られたこと。事件の翌朝、骨のようなものを大事そうに抱えて、嬉しそうに町へ入っていった人物がいたこと。もしかしたら、誰かへの贈り物にされたのかもしれないこと。


 サキュバスさんは、頬杖をついて聞いていた。


「骨を大事そうに抱えて、嬉しそうに……ねえ」


 しばらく、何かを思い出すように宙を見ていた。


 そして、ぽんと手を打った。


「そういえば、最近タコ男くんが来たわ」


「タコ男?」


「ええ。好きな相手へ、何を贈れば喜ぶと思うって。ずいぶん真剣な顔でね」


 俺は身を乗り出した。


「誰に? その、好きな相手って」


「そこまでは言わないわよ」


 サキュバスさんは、人差し指を唇に当てた。


「恋の相談はね、言える範囲だけ。相手の名前まで話しちゃったら、誰も私に相談しに来なくなるでしょう?」


「……そう、ですよね」


 俺は引き下がった。強くは言えない。いつものことだ。


「それで、何て答えたんですか」


「普通のことよ」


 サキュバスさんは肩をすくめた。


「相手が好きなものを贈れば? って」


「……それだけ?」


「それだけ。それ以上でも以下でもないわ。骨の話なんて、一言もしてないわよ」


 当然だ。


 相手が好きなものを贈れば喜ぶ。誰だってそう答える。ごく普通の、まっとうな助言だ。


 でも。


 サキュバスさんは、俺の左胸を見た。空いているところを。


 それから、俺の顔を見た。


「……まさか」


 サキュバスさんの笑みが、少しだけ固まった。


◇


 俺の頭の中で、ばらばらだったものが一つずつ繋がっていく。


 事件の翌朝。


 骨のようなものを、大事そうに抱えて。


 跳ねるような足取りで。鼻歌を歌いながら。


 嬉しそうに。


 その少し前に、好きな相手への贈り物を探していた奴がいる。


 相手が好きなものを贈ればいい、と言われた奴がいる。


 ――俺の肋骨は、売られたんじゃない。捨てられたんでもない。


 誰かへの、贈り物にされたのかもしれない。


「スケルトン」


 デュラハンさんが、低い声で俺を呼んだ。


 分かっている。


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


 サキュバスさんの部屋の窓から、夕方の光が差し込んでいる。その光が、胸の隙間を通って、床に細い影を落としていた。


 肋骨の影の中に、一本分だけ、光の筋がある。


「俺の肋骨を持って、嬉しそうに歩いていた奴がいる」


 自分の声が、静かだった。


「その直前に、好きな相手への贈り物を探していた奴がいる」


 少し、間があった。


 サキュバスさんも、デュラハンさんも、何も言わなかった。


「……タコ男」


 その名前を口にした瞬間、胸の隙間を、冷たい風が抜けていった気がした。


スケルトンです。

10月16日より『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』を毎日連載されるようです。


先行公開中の読み切り版はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n3320mv/


そんなことより私の骨を先に・・・

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タコ、、、
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