第5話 相手が好きなものを
「骨、大事にしてくださいね」
朝、ギルドへ向かう途中で、すれ違った見知らぬ住人にそう声を掛けられた。
「……はい。ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
十歩も歩かないうちに、また別の住人から。
「夜道で寝ちゃ駄目よ。骨、抜かれるから」
「……はい。気をつけます」
もう抜かれている。
ゴブリンの作った噂は、一晩経っても町に居座っていた。むしろ育っていた。広場のほうからは、今日もゴブリンの声が聞こえてくる。「号外! 号外! 骨格犯罪の闇!」
俺はそっちを見ないようにして、足早にギルドへ向かった。
◇
休憩所の隅のテーブルで、デュラハンさんと向かい合う。
昨日の証言を、もう一度整理することにした。
「時間と場所は合ってる」
デュラハンさんが指を折る。
「骨みたいなものを持ってた」
「うん」
「大事そうに抱えてた」
「うん」
「嬉しそうだった。足取りが軽かった」
「うん」
「鼻歌」
「……うん」
並べてみると、改めて変だった。
俺の頭に、嫌な想像が浮かぶ。
「……売られた、とか」
「売られた?」
「どこかで、誰かに。お金にするために」
デュラハンさんは、真顔で首を傾げた。
「骨なんか売れるのか?」
「……知らない」
「知らないのか」
「聞いたことない」
骨を売り買いする店なんて、この町で見たことがない。スケルトンの骨が高く売れるなんて話も、聞いたことがない。俺が不安で勝手に想像しているだけだ。
それに、と俺は思う。
「もし売るつもりだったら……あんなふうに、嬉しそうに持って帰るかな」
「どうだろうな。金になると思って喜んでたのかもしれない」
「でも、大事そうに、両手で抱えてたって」
売り物を、そんなふうに抱えるだろうか。
「何かに加工するとか」
「加工するのに、鼻歌歌いながら?」
「……歌うやつもいるかもしれない」
「捨てるためなら、わざわざ町まで持って帰らないよな」
「街道の脇にでも捨てればいいもんな」
「盗んだものを隠すつもりなら、もっとこそこそするはずだし」
どれも、しっくり来ない。
逃げるようにではなく。隠すようにでもなく。嬉しそうに。
俺は、ぽつりと言った。
「……自分で、欲しかった?」
デュラハンさんが、俺を見た。
「骨を?」
「骨を」
二人とも黙った。
休憩所の喧騒の中で、俺たちのテーブルだけが妙に静かになった。
自分で欲しかった。俺の肋骨を。何のために。
……分からない。
「自分で使うんじゃないなら」
デュラハンさんが、ゆっくりと言った。
「誰かに渡す、とか?」
「渡す?」
「土産とか。贈り物とか」
贈り物。
その言葉が、テーブルの上にころんと落ちた。
大事そうに抱えて。嬉しそうに。鼻歌を歌いながら。
誰かにあげるものを手に入れた時、人はそういう顔をするのかもしれない。
「……誰かに骨を贈るのか?」
自分で言い出しておいて、デュラハンさんは真顔で首を傾げすぎて、頭が肩からずり落ちかけた。慌てて両手で押さえている。
俺も分からなかった。
でも、他のどの想像よりも、それが一番、あの証言に合っている気がした。
◇
最近、誰かに贈り物をしようとしている奴はいないか。
浮かれている奴はいないか。
俺たちは、聞き込みを始めた。
ギルドの受付。市場の店主たち。昨日証言をくれた住人たち。
「贈り物? さあねえ」
「浮かれてるやつなら、いつもあのゴブリンが浮かれてるけど」
あれは違う。
「最近、誰かに何かあげたいって話? うーん」
手掛かりはなかなか見つからなかった。
何軒目かの店で、店番をしていた住人が、ふと思い出したように言った。
「そういう話なら、サキュバスさんに聞いてみたら?」
「サキュバスさん?」
「恋愛相談とか、よく受けてるのよ。誰が誰を好きだとか、誰に何をあげようとしてるとか、そういうことならあの人が一番詳しいと思うわ」
俺とデュラハンさんは、顔を見合わせた。
◇
サキュバスさんの家は、町の東側の静かな通りにあった。
扉を叩くと、すぐに開いた。
「はぁい」
艶のある黒髪に、小さな角。背中には折りたたまれた翼。ゆったりとした仕草で扉に寄りかかって、サキュバスさんは俺たちを見た。
正確には、俺を見た。
俺を見て、少しだけ目を細めた。
「あら」
「は、はじめまして、あの」
「あなたも恋してる顔ね」
俺の全身の骨が、一斉にカタカタ鳴った。
「し、してません」
カタカタカタカタ。
「してません」
カタカタカタカタカタ。
「骨なのに分かりやすいわね」
サキュバスさんは、くすっと笑った。
横でデュラハンさんが「そうなのか?」という顔をしていた。デュラハンさんは俺の片思いを知っているはずなのに、恋愛の話になると、こういう反応しかできないらしい。
「まあいいわ。どうぞ、入って」
◇
俺は事情を話した。
肋骨が一本、誰かに折られて持ち去られたこと。事件の翌朝、骨のようなものを大事そうに抱えて、嬉しそうに町へ入っていった人物がいたこと。もしかしたら、誰かへの贈り物にされたのかもしれないこと。
サキュバスさんは、頬杖をついて聞いていた。
「骨を大事そうに抱えて、嬉しそうに……ねえ」
しばらく、何かを思い出すように宙を見ていた。
そして、ぽんと手を打った。
「そういえば、最近タコ男くんが来たわ」
「タコ男?」
「ええ。好きな相手へ、何を贈れば喜ぶと思うって。ずいぶん真剣な顔でね」
俺は身を乗り出した。
「誰に? その、好きな相手って」
「そこまでは言わないわよ」
サキュバスさんは、人差し指を唇に当てた。
「恋の相談はね、言える範囲だけ。相手の名前まで話しちゃったら、誰も私に相談しに来なくなるでしょう?」
「……そう、ですよね」
俺は引き下がった。強くは言えない。いつものことだ。
「それで、何て答えたんですか」
「普通のことよ」
サキュバスさんは肩をすくめた。
「相手が好きなものを贈れば? って」
「……それだけ?」
「それだけ。それ以上でも以下でもないわ。骨の話なんて、一言もしてないわよ」
当然だ。
相手が好きなものを贈れば喜ぶ。誰だってそう答える。ごく普通の、まっとうな助言だ。
でも。
サキュバスさんは、俺の左胸を見た。空いているところを。
それから、俺の顔を見た。
「……まさか」
サキュバスさんの笑みが、少しだけ固まった。
◇
俺の頭の中で、ばらばらだったものが一つずつ繋がっていく。
事件の翌朝。
骨のようなものを、大事そうに抱えて。
跳ねるような足取りで。鼻歌を歌いながら。
嬉しそうに。
その少し前に、好きな相手への贈り物を探していた奴がいる。
相手が好きなものを贈ればいい、と言われた奴がいる。
――俺の肋骨は、売られたんじゃない。捨てられたんでもない。
誰かへの、贈り物にされたのかもしれない。
「スケルトン」
デュラハンさんが、低い声で俺を呼んだ。
分かっている。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
サキュバスさんの部屋の窓から、夕方の光が差し込んでいる。その光が、胸の隙間を通って、床に細い影を落としていた。
肋骨の影の中に、一本分だけ、光の筋がある。
「俺の肋骨を持って、嬉しそうに歩いていた奴がいる」
自分の声が、静かだった。
「その直前に、好きな相手への贈り物を探していた奴がいる」
少し、間があった。
サキュバスさんも、デュラハンさんも、何も言わなかった。
「……タコ男」
その名前を口にした瞬間、胸の隙間を、冷たい風が抜けていった気がした。
スケルトンです。
10月16日より『妄想の歌姫を紹介しろと迫られても困る』を毎日連載されるようです。
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そんなことより私の骨を先に・・・




