第4話 連続骨盗難事件(被害者一名・一本)
「連続骨盗難事件だ!」
ギルドの扉を開けた瞬間、その声が飛び込んできた。
「モンスター社会を震撼させる骨抜き事件! 犯人はいまだ逃走中! 次に狙われるのは君の骨かもしれない!」
ギルドの真ん中で、テーブルの上に立ち上がって叫んでいるのは、ゴブリンだった。
小柄な身体。大きな耳。ぎらぎらした目。手には丸めた紙束を握りしめて、それを指揮棒のように振り回している。
周りのギルド員たちは、半信半疑の顔でそれを眺めていた。
俺は、扉の前で止まった。
「……何?」
◇
ゴブリンは、俺を見つけた瞬間に目を輝かせた。
テーブルから飛び降り、人波をかき分け、一直線に俺のところへ走ってくる。そして、がしっと肩を組んできた。
「来たな! 被害者第一号!」
「は?」
「皆さん、ご覧ください! こちらが連続骨盗難事件の、記念すべき被害者第一号です!」
ギルド中の視線が、一斉に俺に集まった。
俺は慌てて左胸を両手で隠した。
「ちょ、ちょっと、やめ……!」
「ほら、胸見せて、胸! 一本ないんだろ! 証拠になるから!」
「見せない!」
ゴブリンが俺の腕を引っぺがそうとする。俺は必死で抵抗する。骨と骨がぶつかって、カタカタカタと派手な音がした。
どこで聞きつけたんだ、と思った。昨日、ゾンビの店に行ったばかりなのに。
「そ、そもそも、連続じゃない!」
「ん?」
「俺一人だ! 被害者は俺一人!」
「だから第一号だろ?」
「第一号で最後だ!」
「まだ分からんだろ!」
「分かる!」
「第一号ってことは、第二号がいるかもしれないってことだ!」
「いない!」
「いるかもしれない!」
「一本だけだ! 盗まれたのは一本だけ!」
「最初はみんなそう言うんだよ!」
何がだ。
ゴブリンはまったく聞いていなかった。俺の訂正は、ゴブリンの耳に入る前にどこかへ蒸発しているらしかった。
◇
ゴブリンは、急に声をひそめて、俺の耳元に顔を寄せてきた。
「なあ、お前さ」
「……なに」
「コボルトさんのこと、好きなんだろ」
俺の顎が、カタン、と落ちた。
「な、なん、な」
「見りゃ分かるって。いつもコボルトさんに声掛けられるたびに骨が全部鳴ってるじゃん」
そんなに鳴ってたのか。
ゴブリンは、心底楽しそうににやりと笑った。
「好きな女に告白する前に骨抜きにされるとはな!」
「その言い方やめろ!」
骨抜き、の意味が違う。いや、物理的には合っているのか。合っているから余計に嫌だ。
ゴブリンはげらげら笑いながら、また人混みの中へ戻っていった。
「連続骨盗難事件! 夜道に潜む骨狩り! 恋と骨のミステリー!」
恋は関係ない。たぶん。
◇
昼になる頃には、噂は町中に広がっていた。
しかも、広がるたびに形を変えていた。
「聞いた? 夜道で寝ると、骨を抜かれるんだって」
「骨狩りが出たらしいわよ」
「街道で一晩に何十本も抜かれたって」
「何十本も!?」
抜かれていない。一本だ。
昼飯を食べにデュラハンさんと町に出た俺は、通りの光景を見て立ち尽くした。
骨のあるモンスターたちが、道の真ん中で、自分の身体をぺたぺた確認していた。
腕を触る。脚を触る。胸を押さえる。肩を回す。隣の者と見せ合って、「ある?」「ある」と頷き合っている。
それだけならまだ分かる。
どう見ても骨のない、ぷるぷるした種族まで、自分の身体を確認していた。
「……あいつ、骨ないよな」
デュラハンさんが呟いた。
「ないね」
「念のため、なんだろうな」
町中が、骨の点検をしていた。
実際に骨を盗まれた者は、俺の他に一人もいなかった。当たり前だ。
◇
午後。
ゴブリンが勝手にギルドの掲示板に「情報求む! 連続骨盗難事件について知っていることがあれば何でも!」という紙を貼ったせいで、ギルドの休憩所には証言者の列ができていた。
「被害者なんだから、お前が聞かなきゃ駄目だろ」
とゴブリンに押し切られて、俺とデュラハンさんは長机の前に並んで座らされていた。ゴブリンは横で、やたら張り切って記録係をしている。
最初の証言者が座った。
「あの、昨日の夜に作ったスープの骨が、朝になったらなくなってたんです」
「……スープ、食べました?」
「食べました」
「骨も?」
「……あ、食べたかもしれません」
次。
「うちの犬が、庭に骨を埋めてるのを見ました」
「それは」
「普通の犬です。普通の骨です。うちで買ったやつです」
次。
「昨日の夕方、骨の形の雲を見ました」
「…………」
「すごく骨っぽかったです」
関係ない。
俺は、一つ一つ真面目に聞いた。聞いて、頷いて、お礼を言った。せっかく来てくれたのだから、無下にはできない。
横でデュラハンさんが、証言を「関係あり」「関係なし」の山に分けていく。「関係あり」の山は、いつまで経っても空のままだった。
そしてゴブリンは、
「スープの骨! これは事件の広がりを示している!」
「示してない」
「犬が骨を埋めた! 共犯の可能性!」
「普通の犬だって言ってただろ」
「骨の形の雲! 天も事件を嘆いている!」
「嘆いてない」
無関係な証言ほど、ゴブリンは嬉しそうに記録していった。
手元のメモの見出しは、気づけば「連続骨盗難事件」から「モンスター社会を揺るがす骨格犯罪」になり、「骨抜き事件・闇夜の真実」になり、今は「白骨の涙」になっていた。
毎回変わる。
◇
夕方近く。証言者の列もようやく途切れかけた頃、一人の住人がおずおずと座った。
町外れに住んでいて、朝早くから畑に出るのだという。
「あの、関係あるか分からないんですけど」
「どうぞ」
俺はもう、期待していなかった。
「一昨日の朝なんですけど。まだ薄暗い時間に畑に出たら、街道のほうから町に入ってくる人がいたんです」
俺の指が、止まった。
「一昨日の、朝」
俺が眠り込んだ夜の、翌朝。俺がまだ街道の草地で寝ていた頃だ。
「手に、白い棒みたいなものを持ってたんです。こう、細長くて、ちょっと曲がってて」
住人は、両手で空中に形を描いてみせた。
ちょうど、肋骨一本くらいの大きさだった。
「骨みたいに見えました。暗かったので、はっきりとは分からないんですけど」
「……どんな人でしたか」
「それが、人までは分からなくて。朝靄が出てて、遠かったし」
デュラハンさんが、ペンを置いた。
ゴブリンが、今日初めて黙った。
「ただ」
住人は、少し首を傾げた。
「その白いのを、すごく大事そうに抱えてたんです。両手で、胸のところに」
「大事そうに」
「それに、なんだか足取りが軽くて。跳ねるみたいに歩いてて」
住人は、思い出すように目を細めた。
「鼻歌まで歌ってた気がします」
◇
騒ぎがようやく収まったのは、日が傾いてからだった。
ゴブリンは「明日は号外を出す!」と叫びながら去っていった。デュラハンさんは、証言の山を片付けている。
俺は一人で、ギルドの外の階段に座っていた。
夕焼けが、町の屋根を赤く染めている。
住人の言葉が、頭の中で繰り返されていた。
白い、骨のようなもの。
大事そうに、両手で、胸のところに抱えて。
跳ねるみたいな足取りで。
鼻歌を歌いながら。
時間も場所も合う。あれは、たぶん、俺の肋骨だ。
俺の肋骨を持った誰かが、朝靄の中を町へ歩いていった。
逃げるようにではなく。
隠すようにでもなく。
――嬉しそうに。
胸の隙間を、夕方の風が通り抜けていった。
俺は、空いたところにそっと手を当てた。
「……なんで?」
俺の骨は、誰かをそんなに嬉しくさせたんだろうか。
答えは、夕焼けのどこにもなかった。




