第2話 誰かが、折った
町に戻ったのは昼過ぎだった。
ギルドの受付に籠を下ろすと、受付の人が目を丸くした。
「わあ、すごい量ですね。それにこれ、だいぶ遠くでしか採れない種類じゃないですか?」
「あ、はい……ちょっと、遠くまで行ってしまって」
「報酬、いつもより多めになりますよ。お疲れさまでした!」
ずしりと重い報酬袋を受け取る。いつもの倍近くある。
嬉しくない。
まったく嬉しくない。
「……あの、スケルトンさん? 胸、どうかしました?」
「えっ」
気づくと俺は、報酬袋を左胸に押し当てていた。枝を隠すように。
「な、なんでもないです。なんでもないです」
俺は袋を抱えたまま、受付から逃げるように離れた。
言えない。肋骨が一本なくなりました、なんて、こんなところで言えない。
◇
ギルドの休憩所の奥、窓際の長椅子に、見慣れた鎧姿があった。
デュラハンさんだ。
同じギルドの仲間で、俺が一番気安く話せる友人。依頼で何度も一緒になって、そのうち仕事帰りに飯を食うようになって、気がつけば何でも話せる仲になっていた。
デュラハンさんは、自分の首を外してテーブルの上に置き、首の付け根を手で揉んでいた。
「おう、スケルトン。どうした、そんな顔して」
テーブルの上の頭が言った。
「……顔、分かる?」
「分かる。骨のくせに、今にも泣きそうな顔してる」
俺は向かいに座った。座ったものの、何から言えばいいのか分からない。そして涙は出ない。骸骨なので……
報酬袋を膝の上に置く。どかす。また置く。
「なんだよ。言ってみろ」
「……肋骨が」
「肋骨が?」
「……一本、なくなった」
デュラハンさんの頭が、テーブルの上で少しだけ傾いた。
「一本?」
「一本」
デュラハンさんは少し考えた。そして言った。
「……肋骨一本だろ?」
俺は固まった。
デュラハンさんは悪気のない様子で、テーブルの上の自分の頭をひょいと持ち上げてみせた。
「俺なんて首ごと取れるぞ。ほら」
「一緒にするな!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
休憩所にいた何人かがこっちを見た。俺は慌てて身を縮めた。でも、言葉は止まらなかった。
「デュラハンさんの首は、取れても戻るだろ。くっつくだろ。俺のは違うんだ。一本くらい、じゃないんだ。それにデュラハンさんは妖精だ。アンデットでは無い……」
「お、おう」
「俺はアンデットなんだ。骨は、全部揃って、俺なんだ。コレはアンデットにとってのステータスなんだ。」
声が少しだけ震えた。
「一本でも欠けたら、それはもう、俺じゃないみたいな……そういう感じなんだ。分かんないかもしれないけど」
デュラハンさんは、しばらく黙っていた。
それから、手に持っていた自分の頭を、膝の上にきちんと置き直した。姿勢良く。真正面を向けて。
「……悪かった。ちゃんと聞く」
しかし、その前に……
「枝を抜け」
こういうところが、デュラハンさんの良いところだと思う。
◇
俺は昨日のことを全部話した。薬草採取で遠くまで行ったこと。帰り道でへとへとになって、道端で眠ってしまったこと。朝起きたら、一本足りなかったこと。
「で、それ、そのうち生えてくるんじゃないのか?」
「生えない!」
「生えないのか」
「骨は植物じゃない!」
デュラハンさんの膝の上の頭が、なるほど、という顔をした。
「スケルトンの骨は、小さい傷なら治るんだ。ほら」
俺は右手の人差し指を見せた。昨日ひびが入ったところは、もうほとんど戻っている。目を凝らしてやっと、細い線が分かるくらいだ。
「昨日、岩場で転んでひびが入った。でも、もうこれくらいだ。明日にはたぶん消えてる。ちょっと欠けたり、先っぽが折れたりするくらいなら、時間が経てば元に戻る」
「便利だな」
「でも」
俺は左胸の、空いているところを指した。
「骨一本を根元から全部なくしたら、もう戻らない。二度と生えてこない。ずっと、このまま」
デュラハンさんは、しばらく俺の胸を見ていた。
「……それは確かに困るな」
ようやく、伝わった気がした。
◇
「ちょっと見せてみろ」
デュラハンさんはそう言うと、膝の上の頭を両手で持ち上げ、俺の胸の高さまで持ってきた。
そして、ぐいっと近づけた。
生首が、俺の肋骨の隙間を至近距離で覗き込んでいる。
休憩所の誰かが、ひっ、と小さく声を上げた。気持ちは分かる。外から見たら、たぶん相当異様な光景だ。
「……動くなよ」
「動いてない」
「顎がカタカタ言ってる」
「緊張してるんだよ」
デュラハンさんの頭が、ゆっくりと角度を変えながら、肋骨が一本なくなったあたりを観察する。根元。背骨とつながっていたはずの部分。
しばらく、デュラハンさんは何も言わなかった。
「……転んだ時に、どっかぶつけたとかは?」
「ぶつけたのは指だけだ。胸は何も」
「寝てる間に寝返り打って、石に当たったとか」
「そんなので、一本だけ根元から取れる?」
「……取れないな」
膝の上に戻されるはずの頭が、戻ってこない。
デュラハンさんは、俺の胸の前に頭を構えたまま、断面のあたりをじっと見つめていた。さっきまでの気の抜けた表情が、少しずつ消えていく。
「スケルトン」
「うん」
「骨ってのは、自然に外れる時はこんな折れ方しないよな」
「……どういうこと?」
デュラハンさんはようやく自分の頭を首の上に戻した。かちり、と小さな音がした。
そして、真顔で俺を見た。
◇
休憩所のざわめきが、少し遠くなった気がした。
「根元から、力を掛けて折ってる」
デュラハンさんの声は低かった。
「これ、自然に取れたんじゃないぞ」
「……え?」
「転んで取れたんでも、ぶつけて取れたんでもない。誰かが、こう……掴んで、ぽきっと」
ぽきっ。
その音を、俺は聞いていない。聞いていないはずなのに、なぜか頭蓋骨の奥で、乾いた音がしたような気がした。
ふと見ると、なぜかデュラハンさんの手には、反対側の対になる肋骨が一本握られていた。
昨日の夜を思い出す。
道端の草地。少しだけ、のつもりで倒した背中。普段なら誰かが近づけば起きる。身体に触られれば絶対に起きる。
でも昨日は、起きなかった。
朝まで、一度も。
あの夜、俺が眠っている間に、誰かが俺の胸に手を掛けた。
そして、一本。
「……誰かが、折った?」
自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。
デュラハンさんは、何も言わずに頷いた。
俺は胸の空白に手を当てた。
なくしたんじゃない。
取られたんだ。
膝の上の報酬袋が、ずり落ちて床に転がった。中の硬貨が、ちゃりん、と鳴った。
俺は、それを拾う気になれなかった。
「……探す」
「ん?」
「探す。俺の肋骨。誰が折ったのか。どこに持っていったのか」
デュラハンさんは少しだけ目を細めて、それから、ぽんと俺の肩を叩いた。
「付き合うよ」
告白予定日まで、あと六日。
俺の肋骨を探す日々が、始まった。
「……その前に」
「ん?」
「俺の肋骨、返してくれ」
残酷描写:骨折られました。




