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愛と悲しみのスケルトン  作者: kawauso2017
第1部

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2/13

第2話 誰かが、折った

 町に戻ったのは昼過ぎだった。


 ギルドの受付に籠を下ろすと、受付の人が目を丸くした。


「わあ、すごい量ですね。それにこれ、だいぶ遠くでしか採れない種類じゃないですか?」


「あ、はい……ちょっと、遠くまで行ってしまって」


「報酬、いつもより多めになりますよ。お疲れさまでした!」


 ずしりと重い報酬袋を受け取る。いつもの倍近くある。


 嬉しくない。


 まったく嬉しくない。


「……あの、スケルトンさん? 胸、どうかしました?」


「えっ」


 気づくと俺は、報酬袋を左胸に押し当てていた。枝を隠すように。


「な、なんでもないです。なんでもないです」


 俺は袋を抱えたまま、受付から逃げるように離れた。


 言えない。肋骨が一本なくなりました、なんて、こんなところで言えない。


◇


 ギルドの休憩所の奥、窓際の長椅子に、見慣れた鎧姿があった。


 デュラハンさんだ。


 同じギルドの仲間で、俺が一番気安く話せる友人。依頼で何度も一緒になって、そのうち仕事帰りに飯を食うようになって、気がつけば何でも話せる仲になっていた。


 デュラハンさんは、自分の首を外してテーブルの上に置き、首の付け根を手で揉んでいた。


「おう、スケルトン。どうした、そんな顔して」


 テーブルの上の頭が言った。


「……顔、分かる?」


「分かる。骨のくせに、今にも泣きそうな顔してる」


 俺は向かいに座った。座ったものの、何から言えばいいのか分からない。そして涙は出ない。骸骨なので……


 報酬袋を膝の上に置く。どかす。また置く。


「なんだよ。言ってみろ」


「……肋骨が」


「肋骨が?」


「……一本、なくなった」


 デュラハンさんの頭が、テーブルの上で少しだけ傾いた。


「一本?」


「一本」


 デュラハンさんは少し考えた。そして言った。


「……肋骨一本だろ?」


 俺は固まった。


 デュラハンさんは悪気のない様子で、テーブルの上の自分の頭をひょいと持ち上げてみせた。


「俺なんて首ごと取れるぞ。ほら」


「一緒にするな!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出た。


 休憩所にいた何人かがこっちを見た。俺は慌てて身を縮めた。でも、言葉は止まらなかった。


「デュラハンさんの首は、取れても戻るだろ。くっつくだろ。俺のは違うんだ。一本くらい、じゃないんだ。それにデュラハンさんは妖精だ。アンデットでは無い……」


「お、おう」


「俺はアンデットなんだ。骨は、全部揃って、俺なんだ。コレはアンデットにとってのステータスなんだ。」


 声が少しだけ震えた。


「一本でも欠けたら、それはもう、俺じゃないみたいな……そういう感じなんだ。分かんないかもしれないけど」


 デュラハンさんは、しばらく黙っていた。


 それから、手に持っていた自分の頭を、膝の上にきちんと置き直した。姿勢良く。真正面を向けて。


「……悪かった。ちゃんと聞く」


しかし、その前に……


「枝を抜け」


 こういうところが、デュラハンさんの良いところだと思う。


◇


 俺は昨日のことを全部話した。薬草採取で遠くまで行ったこと。帰り道でへとへとになって、道端で眠ってしまったこと。朝起きたら、一本足りなかったこと。


「で、それ、そのうち生えてくるんじゃないのか?」


「生えない!」


「生えないのか」


「骨は植物じゃない!」


 デュラハンさんの膝の上の頭が、なるほど、という顔をした。


「スケルトンの骨は、小さい傷なら治るんだ。ほら」


 俺は右手の人差し指を見せた。昨日ひびが入ったところは、もうほとんど戻っている。目を凝らしてやっと、細い線が分かるくらいだ。


「昨日、岩場で転んでひびが入った。でも、もうこれくらいだ。明日にはたぶん消えてる。ちょっと欠けたり、先っぽが折れたりするくらいなら、時間が経てば元に戻る」


「便利だな」


「でも」


 俺は左胸の、空いているところを指した。


「骨一本を根元から全部なくしたら、もう戻らない。二度と生えてこない。ずっと、このまま」


 デュラハンさんは、しばらく俺の胸を見ていた。


「……それは確かに困るな」


 ようやく、伝わった気がした。


◇


「ちょっと見せてみろ」


 デュラハンさんはそう言うと、膝の上の頭を両手で持ち上げ、俺の胸の高さまで持ってきた。


 そして、ぐいっと近づけた。


 生首が、俺の肋骨の隙間を至近距離で覗き込んでいる。


 休憩所の誰かが、ひっ、と小さく声を上げた。気持ちは分かる。外から見たら、たぶん相当異様な光景だ。


「……動くなよ」


「動いてない」


「顎がカタカタ言ってる」


「緊張してるんだよ」


 デュラハンさんの頭が、ゆっくりと角度を変えながら、肋骨が一本なくなったあたりを観察する。根元。背骨とつながっていたはずの部分。


 しばらく、デュラハンさんは何も言わなかった。


「……転んだ時に、どっかぶつけたとかは?」


「ぶつけたのは指だけだ。胸は何も」


「寝てる間に寝返り打って、石に当たったとか」


「そんなので、一本だけ根元から取れる?」


「……取れないな」


 膝の上に戻されるはずの頭が、戻ってこない。


 デュラハンさんは、俺の胸の前に頭を構えたまま、断面のあたりをじっと見つめていた。さっきまでの気の抜けた表情が、少しずつ消えていく。


「スケルトン」


「うん」


「骨ってのは、自然に外れる時はこんな折れ方しないよな」


「……どういうこと?」


 デュラハンさんはようやく自分の頭を首の上に戻した。かちり、と小さな音がした。


 そして、真顔で俺を見た。


◇


 休憩所のざわめきが、少し遠くなった気がした。


「根元から、力を掛けて折ってる」


 デュラハンさんの声は低かった。


「これ、自然に取れたんじゃないぞ」


「……え?」


「転んで取れたんでも、ぶつけて取れたんでもない。誰かが、こう……掴んで、ぽきっと」


 ぽきっ。


 その音を、俺は聞いていない。聞いていないはずなのに、なぜか頭蓋骨の奥で、乾いた音がしたような気がした。


ふと見ると、なぜかデュラハンさんの手には、反対側の対になる肋骨が一本握られていた。


 昨日の夜を思い出す。


 道端の草地。少しだけ、のつもりで倒した背中。普段なら誰かが近づけば起きる。身体に触られれば絶対に起きる。


 でも昨日は、起きなかった。


 朝まで、一度も。


 あの夜、俺が眠っている間に、誰かが俺の胸に手を掛けた。


 そして、一本。


「……誰かが、折った?」


 自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。


 デュラハンさんは、何も言わずに頷いた。


 俺は胸の空白に手を当てた。


 なくしたんじゃない。


 取られたんだ。


 膝の上の報酬袋が、ずり落ちて床に転がった。中の硬貨が、ちゃりん、と鳴った。


 俺は、それを拾う気になれなかった。


「……探す」


「ん?」


「探す。俺の肋骨。誰が折ったのか。どこに持っていったのか」


 デュラハンさんは少しだけ目を細めて、それから、ぽんと俺の肩を叩いた。


「付き合うよ」


 告白予定日まで、あと六日。


 俺の肋骨を探す日々が、始まった。


「……その前に」


「ん?」


「俺の肋骨、返してくれ」


残酷描写:骨折られました。

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