第十四章 連鎖する災厄(後編)
四条にある中納言の屋敷。今宵迎える"婿"のために屋敷を美々しく飾りたててはいるものの、控える女房達の顔色はどうも冴えず、小声でささやきあっている。
「……いくらなんでもねぇ、どうしてあんな方を姫様の婿に迎えるのか」
「前々から色好みで有名でしたし」
「どころか、若く美しいと評判の娘がいる、身分の低い市井の家などには、取り巻きの乱暴者達をけしかけ、強引に押し入って、ひどいことをした――なんて、まことしやかな噂もありましてよ」
「まあ、そんな夜盗のようなまねをなさったとまで囁かれるなんて……恐ろしい」
女房たちの囁きは、飾られた花よりも冷たく、屋敷の隅々にまで満ちていた。
今夜、屋敷に迎える婿とは、二条藤家の左大臣の末の息子。そう、六条の葎屋敷にはいって、末摘花のような醜女に化けた薫に撃退された、あの公達だ。
とんだ醜女だったと言いふらしたのはいいが、その姫が三条院に后として迎えられたうえに、「あのときは鼻に紅をつけて、屋敷に押し入ってきた無礼者を撃退したのだ」と……今度は彼自身が大恥をかく形になった。
「そもそも、位はあれど内裏になんの官職もないような、没落した家の若君をお迎えになるなんて」
二条藤家は望月の変によって没落している。当然、かつて内裏にて肩で風を切っていた元大臣の息子達もまた、位こそそのままながら、その官職に関しては、ほとんど名ばかりのものに追いやられているのだ。
「……いくら姫様が内裏にて、とんでもない大事に巻き込まれたとはいえ、そんな婿君を迎えるなんて、逆に恥の上塗りですわ」
とんでもない大事とは……婿を迎える姫は、あの内侍。管弦の夜に桐壺は三条院の床にて肌も露わな姿で騒動を起こした、中納言の一の姫の内侍である。
すでに内侍の職は返上し、しばらくは宇治の別荘にて静養していたのが、都に戻ったとたん、父である中納言がこの婿取りを決めてしまったのだ。
「姫君は当然嫌だと泣かれて、母君である北の方様も、さすがに評判の悪いあのような若君など! と大反対されたそうですが、殿が押し切られて……」
「それがどうやら、左大臣様からの口利きで、若君を婿にとられたならば、その婿殿を中将に取り立てられるというお話で……」
「まあ、それで殿はそのお話に乗られたのですね」
放蕩者で有名な、今は凋落した二条藤家の末の息子と、宮中で肌をさらして大恥をかいた姫との取り合わせだ。しばらくは都中の噂になるだろう。
しかし「今さら、これ以上の恥もあるまい」というのが中納言家の現実でもあった。娘に婿が来て、その婿が中将になる――それだけでも、辛うじての体面が保てればよい。
夜陰に紛れてやってきた婿は、作法通りに姫君の寝所にはいった。
きゃあああああああああああああああ!!
屋敷が一瞬震えたか? と思われるほどの悲鳴があがる。
絹を裂くような叫び声に、なにごとか!? と家人が寝所へと飛び込んだ。
そこには床にへたり込む姫と、輝く金色の瞳を爛々と光らせた男が立っていた。その直衣には、点々と赤いものが飛び散っている。触れれば斬れそうに美しい白い面にさえ、暗がりでは血とも影ともつかぬものが見えた。
血か、影か、噂が作った"鬼"か――誰も判断できなかった。
姫が傷つけられたのか!? と家人が慌てて確認すれば、姫はガタガタと震えてはいるが、衣に毛筋一つの乱れもなく、どこにも血が流れたあとはない。
震え方だけは、まるで胸元から血を噴いたかのように激しかったが、そこにあるのは、目に見えぬ恐怖だけであった。
その姫が「鬼じゃ!」と叫ぶ。
「三条院様が、鬼が、どうして、こ、ここに……!」
その姫の言葉に、ここに立つ男がまさかの三条院様かと、人々は息をのんで身構えたが。
男はくるりと背を向け、几帳に御簾を跳ねとばすように外へと出て行った。慌てて勇気ある男の者が三人ほど、あとを追い掛けたが、庭に出た影は化鳥のように飛んで、築地塀の向こうに消えた。とても人とは思えぬ素早い動きで。
「確かに、あれは鬼だ……」と一人がつぶやくのに、あとの二人もおびえたようにうなずいた。
こうして一夜の騒ぎは、"鬼を見た"という新たな噂として、また一つ都に積み重なっていく。
妻問いに来るはずだった、二条藤家の先の左大臣家、その末の息子であるが。
翌朝、不自然に大路の真ん中に停まっていた牛車。その中で、父親と同じく、無惨な姿で見つかった。
「望月の三入道と同じ報いを受けたのだ」と、誰かが小声でつぶやき、それはすぐに人々の口の端にのぼった。
不条理な死ではあったが、元々は父親の権力を意に借りての放蕩三昧で、泣かされた娘や親は数知れず。誰もその死に同情はしなかったどころか、「罰が当たったのだ」とささやく者さえあった。
中納言家の内侍にしても、その才気と容色がそこそこということで、まだ婿取り前だというのに、実のところ様々な宮廷人と浮き名を流してはいたのだ。
それが三条院の閨まで自ら忍びこんだあげくの、あの大事件のうえに、こたびの禍々しい騒ぎである。
鬼憑きの姫だと人々に囁かれ、もうこれ以上の恥はかけぬと、若き身ではあるが彼女は尼となった。さすがの父親、中納言も、今度ばかりは止めることはなかった。




