第98話 記録庫に残された影 ― 小さな違和感
記録庫の扉が静かに閉まり、
薄暗い空気がロザリンの頬を撫でた。
古い紙の匂い。
積み上げられた記録の棚。
静寂。
ロザリンは深く息を吸い、
父王の診療記録がある棚へ向かった。
ロウは扉の前に立ち、外の気配を探りながら
ロザリンを見守っている。
ロザリンは一冊の厚い記録を手に取った。
(……これが……お父様の……)
震える指でページをめくる。
最初の数ページは、
父王がまだ元気だった頃の診療記録。
「……普通の記録……
特に異常はないわ……」
だが──
ページを進めるにつれ、
ロザリンの眉がわずかに寄った。
「……おかしいわ……」
ロウが静かに近づく。
「姫様……何か?」
ロザリンは記録を指差した。
「……ここ。
お父様が倒れた日の記録……
“症状の詳細は別紙に記載”って書いてあるのに……」
ロウは記録を覗き込む。
「……別紙が……ない?」
ロザリンは頷いた。
「ええ。
本来ならここに綴じられているはずなのに……
紙が一枚……抜かれている。」
ロウの瞳が鋭く光る。
(……誰かが……意図的に……)
ロザリンはさらにページをめくった。
そして──
もう一つの違和感に気づく。
「……ロウ。
この記録……
筆跡が途中で変わっているわ。」
ロウは息を呑んだ。
「……宰相の筆跡ではありません。」
ロザリンは首を振る。
「ええ……でも……
“誰かが書き換えた”ように見えるの。」
ロウは静かに言った。
「……姫様。
この記録……“触られています”。
最近です。」
ロザリンの胸が冷たくなる。
(……誰かが……
お父様の記録を……隠そうとしている……?)
ロザリンは棚の奥に目を向けた。
「……ロウ。
お父様の“魔力診断”の記録……
ここにあるはずなのに……」
ロウは棚を確認し、静かに言った。
「……ありませんね」
ロザリンは息を呑んだ。
「……どうして……
どうして“魔力診断”だけが……?」
ロウは言葉を選びながら答えた。
「……魔力に関する記録は……
“最も隠されやすい”ものです。」
ロザリンは拳を握りしめた。
(……誰かが……
お父様の魔力に何かをした……
その証拠を……消した……)
胸の奥が痛む。
でも、その痛みはもう恐れではなかった。
廊下の角の影で、
ひとりの兵が息を潜めていた。
(……殿下が……
記録庫に……?
これは……宰相閣下に……)
兵は静かにその場を離れた。
その足音は小さかったが、
確かに“影”が動き出していた。
ロザリンは記録を胸に抱きしめ、
ロウを見上げた。
「……ロウ。
私は……もっと知りたい。
お父様に何が起きたのか……
誰が……何をしたのか……」
ロウはロザリンの手を取り、
静かに頷いた。
「……姫様。
私は……どこまでもお供します。」
ロザリンはその手を握り返した。
だがロウの胸の奥には、
別の痛みが静かに揺れていた。
(……姫様……
あなたが真実に近づくほど……
私の“過去”も……隠しきれなくなる……)
ロウはその思いを胸に押し込み、
ロザリンの手を離さなかった。




