第96話 さざめく宮廷 ― 広がる噂と、忍び寄る影
朝の光が王宮の回廊に差し込む頃。
侍女たちの間に、小さなさざめきが広がっていた。
「……聞いた?王女殿下、昨夜は部屋に戻られなかったとか……」
「え……本当?そんなこと、今まで一度も……」
「それに……今朝も早くから動かれていたらしいわ。」
「宰相閣下が……“姫の行動を注意深く見ておけ”って……」
声は小さい。けれど、確実に広がっていく。
ロザリンの名が、王宮のあちこちで囁かれ始めていた。
ロザリンは窓辺に立ち、胸の奥のざわつきを抑えようとしていた。
(……お父様のこと……宰相の動き……そして……王宮の空気まで……変わってきている……)
ロウがそっと近づき、
ロザリンの肩に手を置いた。
「……姫様。外が騒がしくなっています。お気をつけください。」
ロザリンはロウの手に触れ、小さく頷いた。
「……ロウ。私のせいで……あなたまで巻き込んでしまっている気がして……」
ロウは首を振り、ロザリンの手を包み込んだ。
「姫様。私は……姫様の恋人です。巻き込まれるのではなく……共に歩むのです。」
ロザリンの胸が温かくなる。
(……ロウ……あなたがいてくれるから……私は前に進める……)
だがその温もりの裏で、
確かに“影”が動いていた。
侍従長が、宰相ヴァルガのもとへ駆け込んだ。
「宰相閣下。王女殿下の周囲で……噂が広がり始めております。」
ヴァルガは書類から目を離さずに言った。
「……どんな噂だ?」
「昨夜、部屋を離れられたこと。
今朝も早くから動かれていたこと。そして……姫が“何かを探している”のではないかと……」
ヴァルガの指が止まる。
「……なるほど。」
侍従長は続けた。
「さらに……殿下の護衛であるロウ殿が、
最近“姫様と行動を共にしすぎている”と……一部の者が不審に思っているようで……」
ヴァルガはゆっくりと顔を上げた。
「……あの二人は、随分と親しいようだな。
行動を共にするときの姿は……騎士と姫よりも、
“恋仲のようにも見える”。」
侍従長は息を呑む。
ヴァルガは微笑んだ。
その笑みは、優しさの欠片もない。
「だが……“親しい関係だからこそ”隠しやすいこともある。」
侍従長は背筋を伸ばした。
「……どういたしましょうか。」
ヴァルガは窓の外を見つめた。
「しばらく……ロザリン姫の周囲を
“静かに”見張れ。
騒ぎ立てるな。ロザリン姫は敏い。」
「はっ……!」
ヴァルガは小さく呟いた。
「……ロザリン殿下。あなたは……どこまで知るつもりだ?」
その声は、甘く、冷たく、そして底知れなかった。
ロザリンはロウの胸に額を寄せ、小さく息を吐いた。
「……ロウ。王宮の空気が……変わってきているわ。」
ロウはロザリンの背に手を回し、静かに抱き寄せた。
「大丈夫です。姫様は……私が守ります。」
ロザリンはその言葉に、
胸が少しだけ軽くなる。
でも──その外では、確かに“影”が動き始めていた。




