第91話 早朝の影 ― 父王の部屋へ
まだ夜が明けきらない王宮は、
深い青の静寂に包まれていた。
鳥の声もなく、人の気配もない。
冷たい空気だけが肌を撫でていく。
ロザリンは外套を羽織り、そっと部屋の扉を開けた。
ロザリンが出てきた瞬間、ロウは頭を下げた。
「……おはようございます、姫様。」
ロザリンは頷いた。
「……行きましょう、ロウ。」
ロウは短く答えた。
「はい。」
二人は歩き出す。
足音はほとんど響かない。
王宮の早朝は、
まるで時間が止まったように静かだった。
ロウは前を歩きながら、
時折、廊下の角を確認する。
その動きは自然で、無駄がない。
ロザリンはその背中を見つめながら、
胸の奥に静かな決意を抱いた。
(……お父様……
今、会いに行きます……)
ロウが小声で囁く。
「……姫様。この先の角に監視が一人います。
ですが、今は交代の時間。
視線が外れます。」
ロザリンは息を呑んだ。
「……そんなことまで……分かるの?」
ロウは振り返らずに答えた。
「毎朝、同じ時間に巡回しています。
姫様をお守りするために、覚えました。」
ロザリンの胸が熱くなる。
階段の前で、ロウが立ち止まった。
「……ここから先は、
宰相の監視が強くなります。」
ロザリンは階段を見上げた。
父王の部屋は、この階段の先にある。
(……お父様……本当に……
禁忌の魔術で……?)
胸が痛む。
ロウはロザリンの横顔を見つめ、
静かに言った。
「……姫様。
怖い時は、私の後ろに。」
ロザリンは首を振った。
「……ロウありがとう。
でも、今度は……私が前に進むわ。」
ロウの瞳がわずかに揺れた。
ロザリンは階段を一段上がる。
その背中は、昨日までとは違っていた。
迷いではなく、恐れでもなく──
決意の背中。
ロウはその後ろ姿を見つめ、
静かに息を吸った。
(……姫様……あなたは……)
そして、ロウも階段を上がる。
二人の足音は、
早朝の静寂に溶けていく。
扉の前に立った瞬間、
ロザリンの心臓が強く脈打った。
(……お父様……
本当に……会えるの……?)
ロウは扉の前に立ち、耳を澄ませた。
「……中に人の気配はありません。
宰相もまだ来ていません。」
ロザリンは深く息を吸った。
震える手を、そっと扉に伸ばす。
ロウはその手を止めなかった。
ただ、静かに見守った。
ロザリンは扉に触れ、小さく呟いた。
「……お父様……ロザリンです……
今……会いに来ました……」
そして──
扉を押し開けた。




