第90話 決意 ― 父の元へ
部屋に戻ったロザリンは、
扉が閉まった瞬間、その場に立ち尽くした。
胸の奥がざわついている。
息が浅い。手が冷たい。
思考がまとまらない。
でも、逃げることもできない。
ロザリンはゆっくりと椅子に腰を下ろし、
震える指先を見つめた。
(……お父様……
どれほど苦しかったの……?)
胸が痛む。
その痛みは、
恐怖でも怒りでもなく──
悔しさ だった。
(……私は……何も知らなかった……)
ロザリンは目を閉じ、深く息を吸った。
その時、
扉の外に気配がした。
「……姫様。」
ロウの声。
ロザリンは振り返る。
ロウは扉の前に立ち、静かに頭を下げた。
「……お部屋までお送りしましたので、
私はこれで。」
ロザリンは思わず呼び止めた。
「……ロウ。」
ロウは足を止める。
ロザリンは言葉を探し、
胸に手を当てた。
「……ロウ……あなたは何かを知っているのね。
でも……今は聞かない。
聞いたら……
あなたが苦しむ気がするから。」
ロウの瞳がわずかに揺れた。
ロザリンは続けた。
「でも……お父様のことは……
私が知るべきことよね。」
ロウは静かに頷いた。
「……はい。」
ロザリンは立ち上がり、
窓の外の空を見つめた。
夕陽が沈みかけ、
王宮の影が長く伸びている。
(……お父様は……
今もあの部屋で……一人で……)
胸が締めつけられる。
ロザリンは振り返り、
ロウをまっすぐ見つめた。
「……ロウ。
私……お父様のところへ行くわ。」
ロウの表情がわずかに変わる。
「……姫様。
今は危険です。宰相の目があります。」
ロザリンは首を振った。
「……分かってる。
でも……宰相が何をしているのか、お父様がどんな状態なのか……
“自分の目で”確かめたいの。」
ロウは沈黙した。
ロザリンは一歩近づいた。
「ロウ。
私は……
前に進みたいの。」
ロウはゆっくりと息を吸い、
静かに言った。
「……姫様の決意が揺らがないのなら……
私はお供します。」
ロザリンの胸が熱くなる。
「……ロウ……
あなたがいてくれるから……
私は進める……」
ロザリンはロウの手を握った。
「……ありがとう。
ロウ。」
ロウは静かに頷いた。
「……姫様。
今夜は動けません。宰相の監視が強い。
ですが……
明日の早朝なら……
隙があります。」
ロザリンは息を呑んだ。
「……明日の朝……?」
ロウは短く答えた。
「はい。
姫様を……
お父上の元へお連れします。」
ロザリンの胸に、静かな決意が灯った。
(……お父様。
待っていてください……
必ず……会いに行きます……)
その夜、
ロザリンは眠れなかった。
でも──
心は揺れていなかった。




