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赤ずきん姫とオオカミ騎士~姫に触れられるのは、ただひとりのオオカミだけ~  作者: 月乃雫


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第85話 影 ― 宰相の気配

記録庫の扉がゆっくり閉まる音がして、静寂が戻った。




棚の影に身を潜めていたロザリンは、胸に手を当てて小さく息を吐いた。




ロウは耳を澄ませたまま、


気配が完全に遠ざかったのを確認してからロザリンの方へ向き直った。




「……もう大丈夫です。」




ロザリンは頷いたが、胸の奥の緊張はまだ解けていなかった。




(……誰だったの…あの足音……)




ロウはロザリンの不安を察したように、声を落とした。




「姫様。


記録庫に来るのは本来、管理官だけですが今の足音は……」




ロザリンは息を呑んだ。




「……じゃあ……宰相の……?」




ロウは即答しなかった。慎重に言葉を選ぶ。




「断定はできません。


ですが……宰相の部下が


“記録庫を見張っている”可能性はあります。」




ロザリンの胸がざわついた。




(……どうして……記録庫を……?)




ロウは棚の奥へ歩き、“王族婚姻”と書かれた区画の前で立ち止まった。




「姫様。


宰相が姫様の婚姻を急がせている理由……


その“根拠”がここにあるはずです。」




ロザリンはゆっくりと近づいた。




棚の前に立つと、空気がひんやりと変わる。




ロウが一冊の帳簿を取り出し、


慎重に開いた。




古い紙が擦れる音が、記録庫の静けさに響く。




ロウはページをめくり、ある箇所で指を止めた。




「……姫様。ここです。」




ロザリンは覗き込む。




そこには──




“ロザリン姫の婚姻は、王の意思により速やかに進めるものとする”




という文言が記されていた。




ロザリンは眉を寄せた。




「……お父様が……こんなこと……言うはずないわ。」




ロウは静かに頷き、署名の部分を指した。




「……姫様。この署名……少し……不自然です。」




ロザリンは目を凝らした。




「……不自然……?」




ロウは筆跡をなぞりながら説明した。




「王の署名に似せていますが……線の“入り”と“抜き”が違います。王はもっと……力強く、


迷いのない筆跡をされます。」




ロザリンの胸が強く締めつけられた。




ロウは声を落とした。




「……宰相が書いたとは言い切れません。


ですが……“王の意思を装った文書”である可能性は高いです。」




「……どうして……こんなことを……」




ロウはロザリンの横顔を見つめ、静かに言った。




「姫様の婚姻を急がせるため……かもしれません。」




ロザリンは息を呑んだ。




そのとき──




ロウがふと、


帳簿の端に挟まれた紙片に気づいた。




「……姫様。これを。」




ロザリンは受け取り、紙片を広げた。




そこには、


宰相の筆跡で短く書かれていた。




“婚姻の件、王の署名は近日中に整える。”




ロザリンは凍りついた。




「……“整える”……?」




ロウは低く呟いた。




「……本来、“整える”という表現は使いません。署名は“いただく”ものです。」




ロザリンの手が震えた。




「……つまり……宰相は……お父様の署名を……“用意する”つもりだったの……?」




ロウはロザリンの震えに気づき、そっと声を落とした。




「……姫様。まだ断定はできません。ですが……宰相が“何かを進めている”のは確かです。」




ロザリンは唇を噛んだ。




「……ロウ。


私……真実を知りたい。お父様の意思も……宰相の動きも……全部。」




ロウは深く頷いた。




「……姫様と共に。必ず。」




その瞬間──




また、廊下の向こうで足音がした。




ロザリンとロウは顔を見合わせる。




ロウが小声で囁いた。




「……さっきより近い。


誰かが……戻ってきます。」




ロザリンの心臓が跳ねた。




ロウはロザリンの手を取り、棚の奥へと導いた。




「……姫様。お静かに。」




ロザリンは頷き、ロウの背に身を寄せる。




扉が開く音がした。




「……誰か入った形跡があるな。」




男の低い声が響く。




ロザリンは息を止めた。




ロウはそっとロザリンの手を握り、微かに囁いた。




「……大丈夫です。僕が必ず守ります。」




ロザリンは小さく頷いた。




(……ロウ……あなたがいるから……私は……怖くない……)




記録庫の影の中で、宰相の影が静かに、


しかし確実に迫っていた。



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