第84話 記録庫へ ― 静かな潜入
記録庫の前の廊下は、朝の光が差し込んでいるのに、 どこかひんやりとしていた。
記録庫の扉は重厚で、 普段は管理官しか触れない場所だった。
ロザリンは思わず息を呑む。
「……ここが……」
ロウは鍵穴を確認し、小さく頷いた。
「……ロウ。本当に……今なら入れるの?」
「管理官は朝の点検で席を外しています。
宰相も執務室にいる時間です。今なら……入れます。」
ロザリンは胸の奥が少しだけ緊張で締めつけられた。
(……こんなこと、ロウがいなければ絶対にできなかった……)
ロウはロザリンの不安を察したように、そっと声を落とした。
「……姫様。 大丈夫です。私がそばにいます。」
ロザリンは静かに頷いた。
「……ええ。」
ロウが扉を押し開ける。
薄暗い室内には、
古い紙とインクの匂いが漂っていた。
棚がいくつも並び、
王国の歴史が静かに眠っている。
ロザリンは思わず息を呑んだ。
「……こんな場所、初めて入ったわ。」
ロウは小さく微笑んだ。
「王宮の記録はすべてここにあります。姫様の婚姻に関する文書も…… おそらく。」
ロザリンは棚に近づき、 指先で背表紙をなぞった。
(……ここに、 私の未来を縛る何かがあるの……?)
ロウは棚の分類札を見ながら言った。
「“王族の婚姻・継承”の区画は…… この奥です。」
ロザリンは頷き、ロウの後ろを歩く。
棚の間を進むたびに、空気がひんやりと変わる。
ロザリンはふと、ロウの背中に視線を落とした。
(……ロウと一緒に歩くと、 不思議と怖くない……)
ロウが振り返り、小さく微笑む。
「……姫様。 足元にお気をつけください。」
ロザリンは胸が温かくなるのを感じた。
「……ありがとう。」
二人はさらに奥へ進む。
記録庫の静けさが、二人の距離をゆっくりと近づけていく。
ロウが立ち止まった。
「……姫様。この棚です。」
ロザリンは息を呑んだ。
(……ここに…… 私の結婚の“根拠”が……)
ロウは棚に手を伸ばし、一冊の分厚い帳簿を取り出した。
その瞬間── 廊下の向こうで、微かな足音がした。
ロザリンは思わずロウを見る。
ロウはすぐに気づき、小声で囁いた。
「……誰か来ます。 棚の影へ。」
ロザリンはロウに導かれ、棚の陰に身を潜めた。
二人の肩が触れそうなほど近い。
ロザリンの心臓が跳ねる。
(……ロウ…… こんなに近い……)
ロウはロザリンの耳元で、息を殺すように囁いた。
「……大丈夫です。私が守ります。」
ロザリンは胸の奥がじんわりと熱くなる。
記録庫の扉が、ゆっくりと開く音がした。




