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赤ずきん姫とオオカミ騎士~姫に触れられるのは、ただひとりのオオカミだけ~  作者: 月乃雫


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第80話 「告白前夜」



ロウが復帰してから、


ロザリンの周囲の空気は少しだけ変わった。




廊下ですれ違う時、


ロザリンは以前よりも自然に、


ロウへ視線を向けるようになった。




ロウもまた、その視線に気づくたび、


胸の奥が静かに熱を帯びる。




そんな変化を、見逃すはずのない男がいた。




ヴァルガ宰相。






午後、


執務室の扉がノックされた。




「姫様。ヴァルガ宰相がお見えです。」




侍女の声に、


ロザリンは一瞬だけ眉を寄せた。




「……通して。」




ロウはロザリンの背後に控えたまま、


宰相の足音を聞く。




扉が開き、


ヴァルガ宰相が恭しく頭を下げる。




「姫様。政務の件でご報告がございます。」




ロザリンは静かに頷いた。




「聞きましょう。」




宰相は、まるで何でもないことを


告げるような口調で言った。




「――姫様のご婚約につきまして。


日取りが決まりました。」




ロザリンの指が、


机の上でわずかに止まる。




ロウの心臓が跳ねた。




「……日取り?」




ロザリンの声は落ち着いていた。




だが、その奥にある揺れをロウは感じ取る。




宰相は淡々と続けた。




「一週間後でございます。」




空気が変わった。




執務室の温度が一瞬で冷えたように感じた。




ロザリンは、




ほんのわずかに目を見開いた。




「……急すぎませんか。」




「政情が不安定でして。


姫様のご婚姻は、国に安定をもたらします。」




ロザリンは何も言わない。




ただ、机の端を指先で押さえた。




ロウはその指の震えを見逃さなかった。




宰相は続ける。




「姫様には、国のためにご決断いただきたく。」




ロザリンはゆっくりと息を吸い、




静かに言った。




「……分かりました。


考えておきます。」




宰相は満足げに頭を下げ、


部屋を出ていった。




扉が閉まる音が、


やけに重く響いた。






静寂が落ちる。




ロザリンは机に置いた手をそっと引き寄せ、


胸の前で組んだ。




ロウは一歩前に出る。




「……姫様。」




ロザリンは顔を上げた。




その瞳は、


強さと迷いが入り混じった色をしていた。




「……ロウ。」




呼ばれた声は、


いつもより少しだけ弱かった。




ロウは言葉を探す。




だが、何を言っても軽くなる気がして、


口を閉じた。




ロザリンは視線を落とし、


小さく息を吐いた。




「……一週間後、ですって。」




その言い方は、


“受け入れていない”と


はっきり伝わる響きだった。




ロウの胸が痛む。




ロザリンは続ける。




「……私の気持ちなんて、


誰も聞かないのね。」




その一言が、


ロウの心臓を掴んだ。




ロザリンは言いかけて、


唇を閉じた。




「……ロウ、あなたは……」




ロウは息を呑む。




ロザリンは首を振った。




「……いいわ。今は言わない。」




その“今は”が、


ロウの胸に深く刺さる。






夜の場面


ロザリンは扉に手をかけたが、


開けずにロウを振り返った。




「……ロウ。」




「はい。」




ロザリンは、


言葉を探すように一度視線を落とした。




「……今日のこと、


……その……」




言いかけて、唇を閉じる。




ロウは待つ。


急かさない。




ロザリンは小さく首を振った。




「……いいわ。


もう休む。」




その“いいわ”の奥に、


言えなかった何かが確かにあった。




ロザリンは扉を開け、


入る直前にもう一度だけ振り返る。




その瞳の揺れが、


ロウの胸を強く締めつけた。




扉が閉まる。




ロウはその場に立ち尽くす。




(……姫様……あれは……)




胸の奥で、


静かに、しかし確かに。




ロウの中で何かが決まった。

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