第79話 静かな日常の揺れ
朝の城は、 いつもと同じように静かだった。
身体は問題なく動く。
足取りも自然だ。
(……今日も、姫様を守れる。)
その事実が、 胸の奥に静かに広がっていく。
ロザリンの部屋の前に立つと、
扉の向こうから気配がした。
扉が開く。
ロザリンが姿を見せる。
その瞬間、 ロザリンの視線がロウに触れ、
ほんの一拍だけ止まった。
「……おはよう、ロウ。」
声はいつも通りなのに、 どこか柔らかい。
ロウは胸に手を当て、 静かに頭を下げた。
「おはようございます、姫様。」
ロザリンは、 その姿勢を見つめる時間が
以前よりも長くなった。
言葉にはしない。
でも、その視線の奥にあるものは
隠しきれていなかった。
気づいたロウが顔を上げると、
ロザリンは慌てたように視線を逸らした。
ロウの胸が、 わずかに熱くなる。
ロザリンが歩き出す。
ロウはその後ろを歩く。
ロザリンの歩幅が小さい。
ロウに合わせているのか、
それとも──
ロウが近くにいることを意識しているのか。
ロザリンは時折、ほんの一瞬だけ振り返る。
視線が合う。
ロザリンはすぐに前を向く。
その仕草が、
昨日よりも“意識している”のが分かる。
(……姫様……)
ロウは目を伏せた。
胸の奥が静かに熱くなる。
数日後。
ロザリンが書類に目を通している時、
書類をロウに手渡した。
その瞬間―
ロザリンの指先が
ロウの手の甲に触れた。
ロザリンは息を呑み、すぐに手を引いた。
「……ごめんなさい……」
ロウは、ロザリンの指先が
わずかに動揺していることに気づく。
謝る必要などないのに、声が少し震えていた。
ロウは静かに首を振る。
「いえ……姫様。」
その声が、
いつもより低くて、ロザリンの胸がまた熱くなる。
二人で城の階段を降りる途中、
ロザリンの足元がわずかに滑った。
ロウは反射的に手を伸ばし、ロザリンの肩を支えた。
触れた。
確かに触れた。
ロザリンの呼吸が止まる。
ロウの手は、すぐに離れた。
「……申し訳ありません、姫様。
驚かせてしまいました。」
ロザリンは首を振る。
「……ううん…… ありがとう……ロウ。」
声が、いつもより少しだけ甘い。
ロウの胸が、静かに熱くなる。
一日の護衛を終え、ロザリンの部屋の前に戻る。
ロザリンは扉の前で立ち止まり、
ロウを見上げた。
昨日よりも、視線が長い。
「……ロウ。 今日……その……」
言葉が続かない。ロウは静かに待つ。
ロザリンは結局、
言葉を選べずに小さく息を吐いた。
「……ありがとう。 本当に……助かったわ。」
ロウは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「姫様のためなら……何度でも。」
ロザリンの胸が、静かに震えた。
扉が閉まる。
ロウはしばらくその場に立ち、 胸の奥の熱を
静かに受け止めていた。




